鉄道唱歌 北海道編 南の巻第7番 新函館北斗(本郷)に到着!西へ行けば江差へ

まずは原文から!

馬車の便(べん)ある本郷(ほんごう)の
十四里西に江差(えさし)あり
岩内(いわない)壽都(すっつ)と諸共(もろとも)に 
北海(ほっかい)屈指の良き港

さらに読みやすく!

馬車の便(べん)ある本郷(ほんごう)の
十四里西に江差(えさし)あり
岩内(いわない)寿都(すっつ)と諸共(もろとも)に 
北海(ほっかい)屈指の良き港

さあ、歌ってみよう!

♪ばーしゃのべんある ほんごうのー
♪じゅうよりにしにー えさしありー
♪いわないすっつと もろともにー
♪ほっかいくっしの よきみなとー

(函館本線)
函館駅→桔梗駅→七飯駅→新函館北斗駅→大沼公園駅→駒ヶ岳駅→森駅→八雲駅→国縫駅→長万部駅→黒松内駅→比羅夫駅→倶知安駅→然別駅→余市駅→蘭島駅→塩谷駅→小樽駅

※鉄道唱歌に関係ある主要駅のみ抜粋

七飯駅(ななええき、北海道亀田郡七飯町)から1つ北へ列車が進むと、現在の北海道の鉄道の玄関口の1つであり、北海道新幹線の2022年時点での終着駅でもある、新函館北斗駅(しんはこだてほくとえき、北海道北斗市)に到着します。

新函館北斗駅(北海道北斗市)
新函館北斗駅(北海道北斗市)

歌詞にある「本郷(ほんごう)」とは、新函館北斗駅の開業当初(1902年)の名前であり、また現在の新函館北斗駅の西寄りやや近くにある地名です。

新函館北斗駅は、1902年の開業以来、これまで2回駅名変更しています。

1902年 本郷駅(ほんごうえき)
1942年 渡島大野駅(おしまおおのえき)
2016年 新函館北斗駅(しんはこだてほくとえき)

鉄道唱歌の歌詞から察するに、当時はここから馬車に乗って、14里西の海岸にある江差町(えさしちょう)に向かっていたのかもしれませんね。

江差町(えさしちょう)は、渡島半島(おしまはんとう。函館がある、北海道の南に突き出た半島のこと)の西海岸にある漁港・港町のことです。

現代は鉄道線路が通っていない地域には駅からバスが結構出ていますが、昔は自動車が普及しておらずバスなどもありませんでしたから、線路が通ってない場所へは馬車を利用して移動していたのでしょう。

なお、江差町までの鉄道線路は、2014年までは江差駅~木古内駅間で「江差線(えさしせん)」が出ていました。また、江差線のうち木古内駅~五稜郭駅間は、2016年の北海道新幹線開業に伴い「道南いさりび鉄道」に経営分離されています。

新函館北斗駅(しんはこだてほくとえき、北海道北斗市)は、前述した通り2016年に北海道新幹線が開業したときに、北海道の玄関口の1つとしてできた駅で、それ以前は「渡島大野駅(おしまおおのえき)」という駅名でした。
この渡島大野駅を新幹線に相応しい駅にするために、大々的に綺麗に改造したのが、現在の新函館北斗駅です。なお、よく話の話題に上げられるのですが、新函館北斗駅は函館市ではなく、北斗市に存在します。

ではなぜ、「新函館北斗駅」というやや長い駅名になったのか。新幹線の駅名で、複数の地名が入る場合は、その駅名に決定するまでの様々な事情があるわけですが、この新函館北斗駅もその例外ではないようです。

以下、すべて私の勝手な想像(+私個人が調べた結果)で書いてます。間違っていたら修正しますので、コメント欄で優しくご指摘ください・・。

元々は、ここは「新函館駅」という名称になる予定でした。しかし、この新駅は函館市ではなく、北斗市に存在することになります。当然、北斗市としてはこの駅名では不服で納得いきません。なので、「北斗」の地名が入った駅名を提案することになります。しかし、そうはいっても北海道の南の玄関口の駅として、『函館』のネームバリューはあった方がよいでしょう。
などなど、散々に揉めに揉めた結果、双方が妥協して「函館」と「北斗」の両方が入った「新函館北斗」に落ち着きました。

・・・で合ってますかね?
一応、上記は私個人が様々に調べた結果をまとめた上で記述しています。
誤り等あれば、コメント欄にて優しくご指摘頂ければ幸いです。

しかし、合併や駅名変更といった問題では、名前の付け方で揉めることはしばしばあることです。全国どこでも、ありがちな問題といっていいでしょう。観光客誘致や移住者促進など街の発展のためのも、どうしても自らの自治体名を入れたくなるのは仕方ないことでしょう。

ではなぜ、新函館北斗駅が現在の位置に作られ、函館市街地に作られなかったのか。

北海道新幹線は現在は新函館北斗駅で止まっていますが、2030年頃までには札幌まで延伸しなければなりません。しかし、函館市街地まで新幹線の線路を引くと、大きなカーブ(又は函館駅でスイッチバックなど)となり、スピード重視の新幹線にとっては不利になります。
新幹線はスピードを出すため、カーブが極力ない真っ直ぐな線路が必要です。そのため、札幌方面に向けてなるべく函館市街地へ迂回しないルートが検討された結果、在来線(函館本線)との交差点である渡島大野駅に、新幹線駅(新函館北斗駅)が作られることとなったと思います。そしてその渡島大野駅が北斗市(かつての亀田郡大野町)に存在した結果、上記のような問題に繋がったことと思います。

鉄道唱歌の話題に戻ります。

歌詞に出て来る「岩内(いわない)町」「寿都(すっつ)町」という町も、北海道の西海岸沿いにある漁業で栄えた町ということです。
当時は現在のように長距離トラック輸送が主流でなかったため、港町で釣り上げた大量の魚や沿線の鉱物、木材などを貨物列車などで函館や札幌といった大都市、あるいは本州方面などへ輸送するのはかなり重要なことでした。江差線(えさしせん)はもちろん、後に解説する「岩内線(いわないせん)」や「寿都鉄道(すっつてつどう)」などがその例です。

しかし1960年代頃になると長距離トラックでの輸送が主流になり、貨物列車での輸送はだんだん衰退していきました。
このように、貨物列車需要が下がって廃線になった例は枚挙に暇がないのです。
この影響で、北海道には数多くの廃線跡、廃駅跡が残っているのです。
かつて沿線の多くの海産物や鉱物、木材などを運んだ江差線(木古内駅~江差駅間)、岩内線寿都鉄道は全て現在では廃止となっています。

新函館北斗駅を出ると、勾配のきつい山岳地帯に入っていき、大沼方面に進んでいくことになります。

次は、大沼公園駅に止まります!

注意
この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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