鉄道唱歌 北海道編 北の巻第15番 夕張川沿いを走る

まずは原文から!

時節は秋よ入日(いりび)さす
夕張川(ゆうばりがわ)の夕げしき
名所は河端(かわばた)瀧の上(たきのうえ) 
また紅葉山(もみじやま)鹿の谷(しかのたに)

さらに読みやすく!

時節は秋よ入日(いりび)さす
夕張川(ゆうばりがわ)の夕げしき
名所は河端(かわばた)瀧の上(たきのうえ) 
また紅葉山(もみじやま)鹿の谷(しかのたに)

さあ、歌ってみよう!

♪じせつはあーきよ いりびさすー
♪ゆうばりがーわの ゆうげしきー
♪めいしょはかわばた たきのうえー
♪またもみじやまー しかのたにー

(石勝線)
追分駅→川端駅→滝ノ上駅→新夕張駅(旧・紅葉山駅)

(夕張支線/2019年廃止)
紅葉山駅→鹿ノ谷駅→夕張駅

※鉄道唱歌に関係ある主要駅のみ表記

前回説明したように、追分駅(おいわけえき)からは石勝線(せきしょうせん)に乗り換え、夕張方面への寄り道というストーリーになります。

石勝線(せきしょうせん)は北海道千歳市の南千歳駅(ちとせえき)を起点とし、追分駅室蘭本線と交差し、さらに東へ向かい新夕張駅(しんゆうばりえき、北海道夕張市紅葉山)・トマム駅(北海道勇払郡占冠村)を経由して新得駅(しんとくえき、北海道上川郡新得町)に至ります。
新得駅から先は根室本線に乗り換え、東へ東へ進むと帯広(おびひろ)を経由して釧路(くしろ)、やがて根室(ねむろ)に至ります。

石勝線は、元々は夕張炭鉱で採れた石炭を運ぶための貨物列車を走らせることを目的として1892年に追分駅~新夕張駅(旧・紅葉山駅)~夕張駅の区間で開業した「夕張線(ゆうばりせん)」を起源とする路線です。
しかし、1960年代以降に炭鉱が衰退してくるとともに需要が減少し、石勝線夕張支線(1981年に新夕張駅~新得駅開業とともに夕張線が石勝線の区間という扱いに変わり、さらに新夕張駅~夕張駅という石勝線の支線扱いとなった区間)は2019年に廃止となりました。

追分駅を出発して東へ進むと、川端駅(かわばたえき、北海道夕張郡由仁町川端)に至ります。川端駅を過ぎると夕張川(ゆうばりがわ)に沿って走ります。

川端駅(北海道夕張郡由仁町川端)
夕張川(画像が超不鮮明ですみません!!)

その夕景色を眺めつつ、滝ノ上駅(たきのうええき、北海道夕張市滝ノ上)を通過し、やがて新夕張駅(しんゆうばりえき、北海道夕張市紅葉山)に至ります。

滝ノ上駅(北海道夕張市滝ノ上)
新夕張駅(北海道夕張市)

新夕張駅は、1892年の開業当初は「紅葉山駅(もみじやまえき)」という駅名でした。

新夕張駅にある、紅葉山駅の駅名標の再現

長年にわたり石炭を運び続けましたが、炭鉱の衰退により、1981年には貨物列車の需要も激減したために貨物扱いが廃止され、お客様のみを乗せる旅客扱い中心の駅として「新夕張駅」に改称されました。

しかし、新夕張駅~夕張駅間の「夕張支線」も、夕張の炭鉱が次々に閉鎖されていき、そこで働いていた人達が夕張市からいなくなると、鉄道の利用者数も激減していきます。やがて夕張支線は2019年に廃止されました。
歌詞に出てくる「鹿ノ谷(しかのたに)駅」も、廃止された夕張支線の駅の1つでした。

新夕張駅ホーム(千歳方面)

次は、夕張市の炭鉱について解説していきます!

注意
この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
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