鉄道唱歌 北陸編 第16番 高崎を出て、安中方面へ 磯部温泉、妙義山

鉄道唱歌 北陸編の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます!
安中(群馬県)の観光・歴史などを、初心者でも楽しめるよう解説してゆきます!

↓まずは原文から!

高崎たかさきいでゝ安中あんなか
つぎは磯部いそべ温泉塲おんせんば 
うしろをゆくは碓氷川うすいがわ 
まへに立てるは妙義山みょうぎさん

さらに読みやすく!

高崎たかさきいでて 安中あんなか
つぎは磯部いそべの 温泉場おんせんば 
うしろをゆくは 碓氷川うすいがわ 
まえに立てるは 妙義山みょうぎさん

さらに読みやすく!

♪たかさきいーでて あんなかのー
♪つーぎはいそべの おんせんばー
♪うしろをゆーくは うすいがわー
♪まーえにたてるは みょうぎさん
(信越本線)
高崎駅→安中駅→磯部駅→松井田駅→横川駅

(バス)
横川駅→軽井沢駅

※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ表記
※横川駅~軽井沢駅は現在は廃止区間のため、路線バスのみ

高崎駅からは、信越本線で安中・横川方面へ

高崎駅たかさきえき(群馬県高崎市)を出ると、ここから先はいよいよ信越本線しんえつほんせんの区間ということになります。


ただ信越本線といっても、高崎から横川駅までの区間であり、非常に短い区間となります。

というのも、横川駅~軽井沢駅までの区間は、現代は廃止されており、路線バスでの移動となります。


また、軽井沢駅~篠ノ井駅しののいえきまではしなの鉄道」という第三セクター線の区間となります。

そのため、横川駅を過ぎたら、長野県の篠ノ井駅しののいえきまでは、信越本線は一時的に分断される、という形になります。

明治時代は、信越本線は本当に新潟まで続く、長大路線だった

しかし、明治時代の信越本線は、はるか新潟県まで続くとても長い路線だったのです。

  • 信→信濃国しなののくに(長野県)
  • 越→越後国えちごのくに(新潟県)

信越本線が廃止されて分断された大きな原因は、やはり北陸新幹線の開業が大きいでしょう。

また高崎駅を出るときは、

  • 両毛線りょうもうせん
  • 上越線じょうえつせん
  • 上越新幹線じょうえつしんかんせん
  • 北陸新幹線ほくりくしんかんせん

などの、数多くの路線と分岐していくことになります。

横川行きの列車(信越本線)

横川行きの列車(信越本線)

安中市へ 温泉マーク発祥の地・磯部駅へ到着

高崎駅を信越本線で西へゆくと、群馬県安中市あんなかしに入ります。

安中市には、

  • 磯部温泉いそべおんせん
  • 妙義山みょうぎさん
  • 碓氷川うすいがわ
  • アプトの道

などの、数多くの観光要素があります。

安中駅(群馬県安中市)

安中駅(群馬県安中市)

磯部駅(群馬県安中市)

磯部駅(群馬県安中市)

磯部温泉いそべおんせんは、日本初の世界温泉マーク発祥の地であるとされています。

後ろには碓氷川が流れ、前方には妙義山が現れる

そしてこの辺りから、碓氷川うすいがわに徐々に沿って走ってゆきます。

また、先方には徐々に妙義山みょうぎさんが出てくることになります。

碓氷川と妙義山(群馬県安中市)

碓氷川と妙義山(群馬県安中市)

碓氷川(群馬県安中市)

碓氷川(群馬県安中市)

温泉で有名な「群馬県」

群馬県は、温泉が特に有名です。

かつて1960年代に「デュークエイシス」というグループによって、「いい湯だな(群馬県バージョン)」という曲が出たのは知られています。

「いい湯だな」の群馬県バージョンで歌われている温泉は、

  • 磯部温泉いそべおんせん
  • 水上温泉みなかみおんせん
  • 万座温泉まんざおんせん
  • 草津温泉くさつおんせん

の4つになります。

その後、ザ・ドリフターズドリフ)によって、全国版としてカバーされています。

  • 登別温泉のぼりべつおんせん(北海道登別市)
  • 草津温泉くさつおんせん(群馬県吾妻郡草津町)
  • 白浜温泉しらはまおんせん(和歌山県西牟婁郡白浜町)
  • 別府温泉べっぷおんせん(大分県別府市)

ヤマトタケルノミコトにゆかりある、吾妻あがつま

ちなみに草津温泉のある吾妻あがつまという地名の由来は、ヤマトタケルノミコトにあるといいます。

ヤマトタケルノミコトは日本神話において、12代天皇の景行天皇けいこうてんのうに命じられて、東国とうごく(主に関東地方のこと)の遠征に出かけました。


このとき、神奈川県の横須賀よこすかから房総半島へ渡るときに、大嵐のために東京湾を渡ることができませんでした。

そこへ、妻であるオトタチバナヒメ(弟橘媛)が、海の水の中へ走ってゆき、自らの命を犠牲にして見事に嵐を止めました。

これが神奈川県横須賀市の走水はしりみずという地名の由来になっています。


また、房総半島の千葉県に無事に上陸したヤマトタケルノミコトは、自らのために犠牲になった妻のことを思い、いつまでもその海から離れませんでした。

そのため、

君(ヤマトタケルノミコト)去らず
 →君去らず→木更津きさらづ
 →千葉県木更津市きさらづし

君(ヤマトタケルノミコト)が妻を思いながらいた海岸(津)
 →君津きみつ
 →千葉県君津市きみつし

のそれぞれ由来になっています。

木更津・君津については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

房総半島一周の旅6 袖ヶ浦・木更津・君津・富津を進む 日本武尊にゆかりある海の地域
千葉県・房総半島の観光・歴史について、わかりやすく解説しています!鉄道の知識のみならず、歴史や旅行を楽しむためのノウハウを、鉄道に詳しくない人でも楽しめるよう解説してゆきます!

前置きが長くなりましたが、その東国遠征を無事に終えたヤマトタケルノミコトが、大和国やまとのくに(現在の奈良県)に戻るときに、群馬県のこの山岳地帯にさしかかりました。

そしてヤマトタケルノミコトは妻のことを思い、

あづまはや!ああ妻よ)」

と叫んだことから、吾妻あがつまという地名の由来になっています。

群馬県の西の端にある「嬬恋つまごい」という地名も、妻を恋しく思うヤマトタケルノミコトの気持ちが由来になっています。


他にも、

  • 静岡県焼津市やいづし
  • 千葉県船橋市ふなばしし
  • 大阪府羽曳野市はびきのし

など、ヤマトタケルノミコトに由来する地名は各地にたくさんあります!
詳しくは、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

鉄道唱歌 東海道編 第22番 焼津はマグロの漁獲量トップクラスの街 日本武尊ゆかりの地
鉄道唱歌 東海道編の歌詞を、わかりやすく解説しています!鉄道の知識のみならず、歴史や旅行を楽しむためのノウハウを、鉄道に詳しくない人でも楽しめるよう解説してゆきます!

徐々に近づく、妙義山

妙義山みょうぎさんはとてもユニークな形をした山であり、

  • 赤城山あかぎさん
  • 榛名山はるなさん

とともに上毛三山じょうもうさんせん、つまり群馬県の三大有名な山と言われています。

次は、妙義山の解説をします!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。
そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。
再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。
何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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