鉄道唱歌 北陸編の歌詞について、わかりやすく解説してゆきます!
七尾線の観光・概要などについて、初心者でも楽しめるよう解説してゆきます!
↓まずは原文から!
すぎゆく驛は八九箇所
邑智の潟の青波に
さをさす舟も羨まし
さらに読みやすく!
過ぎゆく駅は 八九箇所
邑智の潟の 青波に
竿さす舟も 羨まし
さあ、歌ってみよう!
♪すぎゆくえきはー はっくかしょ
♪おーちのかーたの あおなみにー
♪さおさすふねもー うらやましー
津幡駅→宇野気駅→羽咋駅→能登二宮駅→七尾駅→和倉温泉駅
※鉄道唱歌に関連する主要駅と、その他主要と思われる駅を筆者の独断と偏見で表記
津幡駅からは七尾線で、七尾方面へ寄り道
倶利伽羅峠を越えて石川県に入ると、今回の鉄道唱歌の旅では、
- 津幡駅(石川県河北郡津幡町)
から
- 七尾駅(石川県七尾市)
に向かって、七尾線の寄り道になります。

七尾線からの宝達山の景色(石川県)
つまり、能登方面の旅となります。
鉄道の無かった昔は、東京(江戸)から能登方面まで来ることは難しかった
まだ鉄道の無かった昔は、東京(江戸)から能登方面まで来られることなんてそう簡単には無かったと思います。
しかし、
という、そんな喜びがこの鉄道唱歌からは感じられます。
江戸から能登までの交通が困難だった理由
まだ鉄道の無かった時代には、東京(江戸)から能登方面への移動は、非常に困難なものでした。
昔は徒歩や馬・船しかなかった
当時は北陸新幹線など存在しませんでしたから、
- 徒歩
- 馬
- 船
などの交通手段しかありませんでした。
そのため、長距離の移動にはとても甚大な時間と労力が非常にかかりました。
こんなに難しいと、そもそも旅行に行きたいとすら思わなかったことでしょう。
江戸から能登へは遠すぎる
特に、江戸から能登半島のような遠くへの移動はあまりにも日数がかかり、数週間かかることも珍しくありませんでした。
今では北陸新幹線で、わずか数時間ですからね・・・
「北陸道」はあったが、険しすぎる道だった
江戸時代には、北陸道という道が一応ありましたが、それでも相当な時間がかかりました。
また、能登半島は、海に囲まれた地形であるため、
- 陸ルートでの移動は、さらに困難だった
- 船(海ルート)での移動も、天候が悪ければ、まともに出航できなかった
- 日本海は、波が高くなることも多かったため、常に危険が伴った
のでした。
以上を踏まえて、まだ鉄道がなかった時代には、東京から能登方面への移動は、
- 時間(何週間もかかる)
- 費用(そのぶん大きな旅費もかかる)
- 安全面(今と違う不安定さ)
などの要因で、大きな制約がありました。
そのため、非常に困難な旅であったと言えるでしょう。
「西周り航路」の拠点にもなった、能登半島
能登半島は、石川県の右上(北東)に突き出た半島であり、また昔はかつて能登国と言われていました。
能登半島は、かつて江戸時代に河村瑞賢というお金持ちの実業家が、「西廻り航路」という海上ルートを整備したときに、その寄り道(寄港先)となりました。
「西廻り航路」とは、
- 秋田県の酒田を出て、
- 能登半島を通り、
- 日本海を反時計回りに大回りし、
- 山口県の下関(関門海峡)から瀬戸内海に入り、
- やがて大坂(大阪)へと至る
という、海上のルートです。
昔は、貨物列車や高速トラック、航空機などが無かったのでした。
そのため、こうした海上輸送が最もたくさんのお米や荷物を運べる手段だったのです。
宝達駅・羽咋駅・能登一宮駅などを過ぎて、七尾駅へ
津幡駅から七尾線に乗って能登方面へ北上すると、途中、
- 宇野気駅(石川県かほく市)
- 宝達駅(石川県羽咋郡宝達志水町)
- 羽咋駅(石川県羽咋市)
- 能登二宮駅(石川県鹿島郡中能登町)
などの駅を過ぎて、やがて七尾駅(石川県七尾市)に至ります。
歌詞には
とありますが、実際にはこれ以上の数の駅があります。
参考までに、現在は
- 津幡駅→七尾駅までは、18駅
であり、約1時間10分程度で着きます。
「かほく」「河北」地域
金沢市の北東には、
- 「かほく」
- 「河北」
という地名が多い印象があります。
金沢城の北東の門には、「河北門」という門があり、金沢城の正門となっています。
また、金沢市の北東には、「河北潟」という大きな湖があります。
津幡駅のある津幡町は、河北郡に属します。
石川県かほく市は、宇野気町や高松町が合併してできた新しい街です。
高松駅
高松駅(石川県かほく市)は、かつての高松町の駅であり、香川県高松市の高松駅と同名です。
七尾線で、駅が見られる箇所はそこまで多くない
歌詞では、
竿さす船もうらやまし」
とあります。
これは遠くの海に、竿をさしながら漕ぐ舟も羨ましいなあという意味です。
しかしながら、七尾線に乗っていてまともに海の見える区間はほぼ存在しません(海岸線からは500m~1kmほど離れている)。
これは現代と登場とで海岸線が異なるのか、それとも作者の大和田建樹さんが
- 宇野気駅
- または、羽咋駅
あたりで途中下車して、海岸線まで海を見に行ったことで感じた景色なのかもしれません。
その時に、
と思ったのかもしれませんね。
窓の右側にそびえる「宝達山」
むしろ特筆すべきは、窓の右側にそびえる
- 宝達山
という山でしょう。
宝達山は、標高637mの能登半島で最も高い山であり、東京スカイツリーの高さ(634m)とほぼ同じになります。

宝達山(標高637m、能登半島最高峰)
宝達山は、能登半島最高峰ともいうこともあり、七尾線の窓の景色からは、本当によく眺められます!
宝達駅付近にある「天井川」
そして、宝達駅の手前には、宝達川という川があります。
こちらは、なんと珍しい天井川の下のトンネルをくぐります。
「天井川」とは?どうやってできる?
天井川とは、高さが天井よりも高くなってしまった川です。
天井川がどうやってできるのかというと、昔、川の氾濫をふせぐために堤防を作ったとき、
- 堤防に挟まれた川の流れの部分に、どんどん砂などが堆積してゆく
- 川そのものの高さが上がっていく
- その結果、天井よりも川の高さが上がってしまう
- 川の下にトンネルまで出来る
このようになった川を、天井川といいます。
土砂がたまって積み重なりやすい川だと、このような天井川となってしまうようです。
次回は、七尾駅へ
やがて能登二宮駅を過ぎて、列車は七尾駅に到着します。
次は、七尾市の解説をします!
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