まずは原文から!
木綿産地(もめんさんち)の松坂(まつさか)は
本居(もとおり)翁(おう)の墳墓(ふんぼ)の地
國學界(こくがくかい)の泰斗(たいと)とて
あふがぬ人はよもあらじ
さらに読みやすく!
木綿産地(もめんさんち)の松坂(まつさか)は
本居(もとおり)翁(おう)の墳墓(ふんぼ)の地
国学界(こくがくかい)の泰斗(たいと)とて
あおがぬ人はよもあらじ
さあ、歌ってみよう!
♪もーめんさんちの まつさかはー
♪もとおりおうのー ふんぼのちー
♪こくがくかーいの たいととてー
♪あおがぬひとはー よもあらじー
(紀勢本線)
亀山駅→一身田駅→津駅→阿漕駅→高茶屋駅→松阪駅→多気駅
(参宮線)
多気駅→田丸駅→宮川駅→伊勢市駅→二見浦駅(→至・鳥羽駅)
松阪駅に到着
高茶屋駅(たかちゃやえき、三重県津市)を過ぎてなおかつ雲出川(くもづかわ)を過ぎてゆきます。
やがて、三重県松阪市(まつさかし)の中心駅・松阪駅(まつさかえき)に到着です。
三井高利・本居宣長の出身地 松阪牛も
三重県松阪市(まつさかし)は、伊勢の豪商・三井高利(みつい たかとし)の出身地であり、国学界で有名な本居宣長(もとおり のりなが)の出身地でもあります。
また、松阪牛(まつさかぎゅう)でも有名ですね。
「まつざか」ではなく、「まつさか」が正しい読みになります。
濁点は付かないので、注意しましょう。
松阪駅は、JR線・近鉄線の「共有スペース」に注意
松阪駅は、近鉄線とJR線の駅はホームが共用スペースのため、JRのきっぷで近鉄の車両に誤乗してしまうリスクがあります。
「青春18きっぷ」などで三重県に土地勘のない・まだ慣れていないユーザーは、特に注意しましょう。
名松線との分岐駅
松坂駅は名松線(めいしょうせん)との分岐点でもあります。
名松線(めいしょうせん)は、元々は松阪から名張(なばり)へ続く予定の路線でした(それが路線名の由来)。
しかし、近鉄大阪線が先に完成して競合となり、勝つのが難しくなったことから途中の伊勢奥津駅(いせおきつえき)までで建設が断念されたのでした。
そして、そのまま名松線の名前だけが残り、現在に至っています。
本居宣長の出身地・松阪市
本居宣長(もとおり のりなが)は、松阪市出身の、江戸時代に国学(こくがく)を研究したり、執筆活動を行っていた人物です。
「国学」とは?
国学(こくがく)とは、簡単に言うと日本の歴史を勉強していこうという学問になります。
昔は現代のように歴史の教科書もネットもありませんでしたから、昔の人々が代々手書きで書いた伝聞情報(ほこりにまみれた漢字だらけの書物)を解読して理解するしかありませんでした。
それこそ、「古事記」や「日本書紀」みたいな古い書物を頼りにするしかありません。
「古事記」こそが、日本の歴史を学ぶのに最適だと判断
そこで、本居宣長は、「古事記」こそが日本の歴史を勉強するに相応しい、ためになる書物と考えました。
しかし、古事記は奈良時代に書かれたとても古い漢字だらけの文字で書かれており、素人が読んでも難しくてわけがわかりません。
古事記をわかりやすく解説した「古事記伝」
本居宣長は、そんな難しい古事記の内容をなんと34年間も研究し続け、69歳のときに「古事記伝(こじきでん)」を研究の成果として完成させました。
「古事記伝(こじきでん)」とは、いわば古事記の注釈本です。
まあ言い換えれば、古事記の内容を江戸時代の当時の人々に向けてわかりやすく解説した書物になります。
例えば、内容だけは詳しく書かれた専門書であっても、専門用語の羅列でわけがわからない(素人には理解できない)場合があります。
そういった書物の内容を研究して理解し、一般向けにわかりやすく解説した書物というイメージになります。
本居宣長のこの功績によって、江戸時代の当時の人々はより日本の歴史に興味を持つようになりました。
国学を継承した、水戸藩
そしてまたこれは、幕末の水戸藩(みとはん。現代の茨城県水戸市)における、幕末の尊王攘夷運動(そんのうじょういうんどう)に影響してきます。
なぜ尊王攘夷運動のときに国学が盛んになったのかというと、当時はペリー提督の黒船来航をきっかけに外国文化が急速に日本に入ってきて、日本の伝統文化が損なわれるどころか、いずれ日本は外国に乗っ取られるのではという社会不安から、いっそ外国を排除して(攘夷)、天皇を中心とした古き良き日本の伝統文化を守ろう(尊王)という機運が高まったからです。
やがてこれらは、水戸藩から生まれた武士の一団が起こした戦いである「天狗党の乱(てんぐとうのらん)」や、福井県敦賀市(つるがし)にて処刑された天狗党のリーダー・武田耕雲斎(たけだこううんさい)の原点ともなるわけです。
詳しくは、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。
三井高利の出身地・松阪市
また、松阪市は三井財閥の起源となる三井高利(みつい たかとし)さんの出身地になります。
伊勢商人・三井高利が成功できた要因
なぜこの三井高利さんをはじめ、伊勢国(いせのくに)において伊勢商人(いせしょうにん)が、商売で大きな利益を上げたのか。
それは、伊勢神宮に参拝の旅に向かった江戸の出身の方々が伊勢商人に多くの情報を持ち込んで、その江戸の偉い金持ちな人達と積極的にコミュニケーションし、商売に有利な情報を仕入れたことか大きいです。
このことが、伊勢商人が繁盛したとことが理由として挙げられます。
現代でも、お客様とのコミュニケーションが上手い人は生き残る
現代でも、営業職ではお客様とのコミュニケーションが上手い人が生き残れます。
逆に、お客様とまともに会話できない人(商品知識がない、お客様が何を求めているのかを把握できていない、見た目がスボラ、ビジネス的な会話の仕方を心得ていないなどの人)は、営業職では干されてしまいます。
営業職は、向き・不向きがはっきり分かれる
どんな職種でもそうですが、営業職も向き不向きがハッキリ分かれる職種です。
また、営業成績など数字にシビアな職種でもありますから、苦手な人はとことん苦労する職種ではないかなと思います。
話がだいぶ逸脱してしまいますが、自分に向いている職種を探すのは難しいことです。
私(筆者)も、社会人なりたての頃は本当に苦労しました。
次は、多気・田丸・伊勢市方面へ
松阪駅を出ると、次は多気(たき)・田丸(たまる)・伊勢市(いせし)方面へ向かいます!
ちゅうい!おわりに
この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
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