道北・宗谷本線の旅1 旭川→比布 旭川駅を出発!道北の旅へ

道北・宗谷本線の旅について、わかりやすく解説してゆきます!
旭川~永山の地理・歴史について、やさしく解説してゆきます!

今回からは、北海道・道北の旅について解説していこうと思います。
宗谷本線そうやほんせんがメインの旅になります。

※ちなみに「道北」とは、厳密な定義はありません(塩狩峠よりも北のエリアのことともいわれます)。
ただ今回では便宜上、北海道のうち旭川から北のエリアを「道北」というもののとします。

  1. 旭川駅を出発! 宗谷本線で稚内へと向かおう
  2. 宗谷本線とは?まずは基本事項から
    1. 明治時代につくられた、樺太(サハリン)を目指していた宗谷本線
      1. 「天塩」とは?
      2. 日露戦争の後、サハリン(樺太)方面への移動需要が増えた
      3. サハリン(樺太)までの、一大鉄道ルートが完成
  3. 宗谷本線の旅 旭川から稚内まで、普通列車で6時間!
    1. 人口減少が深刻な、宗谷本線の沿線
    2. 苦境にあえぐ、宗谷本線 ユニークな秘境駅が盛りだくさん!
    3. 沿線人口減少により、苦境に立たされる宗谷本線
    4. たくさんの秘境駅が存在し、人気な宗谷本線
      1. 例:幌延町の場合
  4. 「旭川」の由来 その由来は忠別川にあり?
  5. 旭川駅を出発!いざ宗谷本線の旅へ
    1. 旭川四条駅
      1. いわゆる「大きな市街地」の景色は、ここで最後に
    2. 石北本線との分岐駅・新旭川駅 (宗谷本線・旭川→比布)
    3. 永山駅に到着 (宗谷本線・旭川→比布)
      1. 明治時代の開拓のヒーロー・永山武四郎の生きた町
      2. アイヌ語由来でない地名・永山
      3. 明治時代、北海道の開拓は急ピッチで進められた
      4. 旭川の開拓の拠点・永山
      5. アイヌ語由来っぽくない北海道の地名
      6. 永山武四郎の、最期の名言
      7. 同じ北海道の偉人・松浦武四郎は完全な別人
  6. 比布駅へ到着
  7. 北海道ならではの「ライダーハウス」
  8. 次回は、塩狩・和寒へ

旭川駅を出発! 宗谷本線で稚内へと向かおう

宗谷本線への入口・旭川駅(北海道旭川市)

旭川駅・南口(北海道旭川市)

スタートは旭川駅あさひかわえき(北海道旭川市)からです。
旭川を出ると宗谷本線そうやほんせんに沿って、北海道の北の果て・稚内わっかない方面へ向かってゆきます。

道北・宗谷本線の旅へ 旭川駅を出発!

旭川駅を出発!

なお、今回のシリーズでは夏と冬の写真がごちゃまぜになっている可能性があり、ご容赦願います。

宗谷本線とは?まずは基本事項から

明治時代につくられた、樺太(サハリン)を目指していた宗谷本線

宗谷本線そうやほんせんは、明治時代には天塩線てしおせんと呼ばれていた区間になります。

「天塩」とは?

天塩てしおとは、北海道北部を表す「天塩国てしおのくに」に由来します。

  1. 明治時代になって蝦夷地えぞちが「北海道」となった時に、
  2. 北海道を便宜的にいくつか細かい「」に分けた際、
  3. 北海道北部のことを「天塩国てしおのくに」と呼んだ

のでした。

他にも明治時代には

  • 石狩国いしかりのくに
  • 胆振国いぶりのくに
  • 北見国きたみのくに
  • 十勝国とかちのくに

などがエリア分けとして作られ、それらの国名は現在の北海道でも使われています。

日露戦争の後、サハリン(樺太)方面への移動需要が増えた

1904年の日露戦争において日本はロシアと戦ったわけですが、これに勝利した日本は南樺太の一部をロシアから割譲してもらい、日本の領土とすることができました。

そして日本は、

  • 現在のロシア領・ユジノサハリンスクを、日本風の地名の豊原とよはらと改め、
  • 樺太南部の北海道・稚内に最も近い港町・コルサホフを、大泊おおどまりと改めた

のでした。

サハリン(樺太)までの、一大鉄道ルートが完成

こうした樺太(サハリン)の主要都市と東京を結ぶため、明治時代の日本は、

東京~青森~津軽海峡~函館~旭川~稚内~宗谷海峡~大泊(サハリン)~豊原(サハリン)

という、(連絡船を挟んだ)一大鉄道ルートを建設したのでした

樺太(サハリン)には、たくさんのエネルギー源や食糧が眠っていたのでした。

そのため、

これから世界相手にどんどん競争していき、追い付き追い越し、日本を発展させてゆくぞ!

という明治時代のイケイケムードだった日本にとっては、こうした鉄道路線の建設はとても重要だったのでした

宗谷本線の旅 旭川から稚内まで、普通列車で6時間!

旭川から宗谷本線で稚内へ行くには、普通列車だと約6時間かかるほか、札幌駅から特急「宗谷」「サロベツ」なども出ています。

人口減少が深刻な、宗谷本線の沿線

宗谷本線がカバーする道北のエリアは、近年は特に人口減少が深刻となっています

中でも人口約620人の音威子府村おといねっぷむらは、北海道で一番人口の少ない村になります。
つまり、音威子府村の人すべてにYouTubeのチャンネルを登録してもらっても、収益化は出来ないという理屈になってしまいます(※)

余談ですが、YouTubeの収益化には、最低でも1,000人の登録者数が必要という、ハードルの高さとなっています。
昔はもっと緩かったのですが、芸能人はじめ近年あまりにもYouTubeに参入してくる人や企業が増えたため、現在は厳しくなっているのです。
YouTuberは収益化のためには、本気で頑張らないといけません。

苦境にあえぐ、宗谷本線 ユニークな秘境駅が盛りだくさん!

話がズレてすみません(←もはやいつものこと)。

宗谷本線を列車で移動すると、(旭川・名寄周辺の都市部を除いては)乗客はほぼ鉄道マニア外国人観光客などで占めており、逆に地元の人々はほぼ乗っていない印象すら受けます。

その理由は、北海道に関わらず日本のほとんどの地方は、鉄道ではなく車がメイン移動手段だからです。

明治時代は、まだ自動車が一般的ではありませんでした
そのため、当時は鉄道が人々のメインの移動手段であり、全国各地に凄まじい数の鉄道路線が存在していました(今は多くが廃止・廃線)。

沿線人口減少により、苦境に立たされる宗谷本線

しかし高度経済成長期になると、一気に自動車が普及してきます。
そうなると、鉄道は次第にお客さんが減るようになってゆき、赤字路線が増えていって廃止に追い込まれてゆくのです。
北海道も、その例外ではありません
むしろ北海道の衰退ぶりの方が「やばい」という印象すらあります。

北海道では若者がみな進学・就職で札幌(または東京)へ引っ越してしまう、「札幌一極集中」が進んでいるからという要因も大きいでしょう。

なので、宗谷本線は地域住民の移動手段としての役割をほぼ果たしているとは言い難い状況にあることから、常に廃止のピンチに陥っている駅があります。

たくさんの秘境駅が存在し、人気な宗谷本線

しかし宗谷本線には、先述の通り「秘境駅」と呼ばれる鉄道マニアにはたまらないユニークでマニアックな駅がたくさんあります。
なので、観光資源として活用するための秘境駅を維持するため、地元の維持費用負担(地元の人が駅を清掃することも)で、なんとか廃駅を先延ばしにし、持ちこたえている駅もたくさんあるのです。

例:幌延町の場合

幌延町ほろのべちょうには、

  • なんと物置で出来た駅舎の、糠南駅ぬかなんえき
  • 周りがゴーストタウン(←幌延町公認)で知られる、雄信内駅おのっぷないえき(※)
  • 日本最北の木造駅舎・無人駅の稚内市の抜海駅ばっかいえき(※)

などにはじまる、いくつものユニークな秘境駅の宝庫となっており、マニアにはたまらない路線でもあります

雄信内駅抜海駅は、2025年3月のダイヤ改正をもって、残念ながら廃止となりました。

なので、宗谷本線は、地元の住民の移動手段というよりは、鉄道マニアの秘境駅探訪や、観光客に乗ってもらうたの観光路線としての役割・正確が強いともいえます。

しかし明治時代は、先述の通り、戦争に負けないために樺太(サハリン)の膨大な資源・食糧を運ぶための重要路線だったという歴史もあるのです

「旭川」の由来 その由来は忠別川にあり?

旭川あさひかわの由来は、旭川駅のすぐ裏側を流れる忠別川ちゅうべつがわにあると考えるのが主流です。

東の朝日が昇る方から流れる川」ということで「朝日川→旭川」となったという説など、色々な説があります。

旭川や忠別川については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

鉄道唱歌 北海道編 北の巻第13番 旭川に到着!忠別川の景色
鉄道唱歌 北海道編の歌詞について、わかりやすく解説してゆきます!旭川の観光と歴史について、初心者でも楽しめるよう解説してゆきます!↓まずは原文から!原野げんやの西にしに位くらいして師團しだんおかるゝ旭川あさひかわ離宮りきゅうは美瑛びえい忠別...

旭川駅を出発!いざ宗谷本線の旅へ

旭川四条駅

旭川駅を出ると、市街地を左(北)へ大きくカーブし、すぐに旭川四条駅あさひかわしじょうえきに着きます。

旭川市や札幌市などの北海道の各都市は、明治時代になって急速に発展していった(国の施策で、なかば無理やり開拓・発展させていった)街です。
そのため、京都を参考に街が作られています。
したがって、街が格子状(十字や四角が組合わさった形)になっており、まるで京都のように「~条」というエリア分けになっています。

旭川四条あさひかわしじょうも、京都

  • 四条烏丸しじょうからすま
  • 四条河原町しじょつかわらまち

などのような位置付けだといえるでしょう。

いわゆる「大きな市街地」の景色は、ここで最後に

旭川市は(札幌市に次ぐ)北海道第二の都市であり、「ザ・市街地」といえるような大きな市街地は、ここから先の宗谷本線の道中では、もはや存在しません。
さらには、途中の名寄市なよろしを最後に、稚内市までは「市」も存在しなくなります。

いわゆる「大きな市街地」とはここでしばらくお別れであり、ここから先は広大な原野の中を、ひたすら列車で進んでいくことになります。

石北本線との分岐駅・新旭川駅 (宗谷本線・旭川→比布)

旭川四条駅の次の新旭川駅しんあさひかわえきからは、石北本線せきほくほんせんと分岐してゆきます。

石北本線せきほくほんせんは、はるか東の北見きたみ網走あばしりに至る路線です。

  • 石狩国いしかりのくに
  • 北見国きたみのくに

くにとは、奈良時代の律令制におけるエリア分けですが、北海道に限っては明治時代における暫定的なエリア分けになります。

北海道が日本の一部になったのは、明治時代からでのことです。
そのため、江戸時代までは蝦夷地えぞちといって、まだ日本ではなかったのでした。
そのため、「国」というエリア分けはまだありませんでした

明治時代になってから、「石狩国」「北見国」という名前がつくようになりました。

永山駅に到着 (宗谷本線・旭川→比布)

明治時代の開拓のヒーロー・永山武四郎の生きた町

石北本線と分かれてさらに北上すると、

  • 永山駅ながやまえき(北海道旭川市)
  • 北永山駅きたながやまえき(北海道旭川市)

に着きます。

このあたりから、旭川の市街地からは離れてゆきます。
そして、だんだんと北海道らしい原野の景色が広がってゆくようになります。

旭川駅~永山間駅においては、高校生などの学生さんらか多く、通学需要がとても多い区間なのだという印象をも受けます。
永山駅では、多くの高校生・生徒さんらが降りて(乗って)ゆきます。

アイヌ語由来でない地名・永山

永山ながやまは、アイヌ語由来っぽくない地名ですね。
それもそのはず、明治時代に旭川をはじめとする上川かみかわ地方を開拓するために総指揮を取った、

  • 永山武四郎ながやまたけしろう

という人物に由来しているからです。
地名の命名者は明治天皇であり、かなり名誉なことですね。

明治時代、北海道の開拓は急ピッチで進められた

江戸後期~明治時代は、北海道は常にロシアの南下政策の恐怖にありました。
南下政策とは、ロシアが凍らない港を求めて、暖かい南の地域へ進出していたことをいいます。

ロシアは真冬は-20度は余裕で下回るほどの極寒の地域であり、港が凍ってしまって、軍艦が出せなかったのです。
これだと、もし真冬にロシアが他国から戦争を仕掛けられたとき、軍艦が出せず、ロシアが他国に滅ぼされてしまうこととなってしまいます。

そのため当時のロシアは「不凍港ふとうこう」を求めて南方に進出していたのですが、そのターゲットがまさに日本の北海道になろうとしていたのでした。
明治時代に北海道を急ピッチで開拓・発展させていった理由の一つも、このロシアの南下政策に対抗するためだったのです。

旭川の開拓の拠点・永山

その北海道の中でも特にロシアに近い、旭川(上川盆地)の地域を発展させていくための拠点の一つが、ここ永山にあり、その指揮官が永山武四郎だったのでした。

アイヌ語由来っぽくない北海道の地名

北海道でアイヌ語由来っぽくない地名があったとき、それはだいたい

  • 明治時代の開拓者の名前(例:伊達市など)や、
  • その開拓者の出身地(例:北広島市など)

に由来していることが多いです。

もちろん、アイヌ語を日本語に直訳したパターン(例:大沼、森町、砂川市など)など、様々な地名のパターンがあります。
これらは覚えておくとよいでしょう。

永山武四郎の、最期の名言

そして永山武四郎は、死ぬ間際に遺言として、

私の亡き骸は、必ず北海道に葬ってくれたまえ。
必ず北海道を、ロシアから守って見せよう。

と言い残して、彼が亡きあとは札幌市の墓地に埋葬されました。
かなりの北海道を守る使命感が伝わってきますね。

同じ北海道の偉人・松浦武四郎は完全な別人

また、永山武四郎は、後の回で紹介する、「北海道」という地名の命名者である松浦武四郎まつうらたけしろうとは、名前は同じですが全くの別人です。

明治時代には、「武四郎」という名前の人物は多かったのでした。

松浦武四郎については、後の回(以下の記事)において、改めて解説しています!

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比布駅へ到着

やがて、

  • 比布駅ぴっぷえき(北海道上川郡比布町)

に着きます。

宗谷本線・比布駅(北海道上川郡比布町)

比布駅(北海道上川郡比布町)

比布駅ぴっぷえきには、かつて1泊300円の「ブンブンハウス」という宿泊施設があったのですが、現在は廃止されています。

北海道ならではの「ライダーハウス」

北海道では「ライダーハウス」と呼ばれる宿泊施設が多く存在します。

ライダーハウスとは、バイクで北海道を縦横無尽に駆け回る人達のために用意された、格安の宿泊施設です。
値段は無料から2,000円程度と、ネカフェよりも安くなっています。

しかし、他のライダーとの共同生活のため、他の客との「挨拶」や「簡易なコミュニケーション」が求められますし、またみんなで快適に生活するための、様々なルールが存在します。
私のような陰キャには、合わない施設となるでしょう(^^;

逆に、「林間学校」や「修学旅行」「合宿」などが好きで、人と楽しくワイワイするのが好きな人にとっては楽しい施設といえるでしょう。

次回は、塩狩・和寒へ

次回は、

  • 塩狩しおかり
  • 和寒わっさむ

方面へ向かってゆきます!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「旅行初心者に教える」ことを目的として書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

この記事が良いと思った方は、よかったら次の記事・前回の記事も見てくださいね!

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