【栃木】宇都宮・大谷石資料館・地下採石場跡へ行ってきた

栃木県宇都宮市名物である大谷石の歴史や、また大谷石の歴史のあとをめぐる観光について、わかりやすく解説してゆきます!

  1. はじめに:今回は「大谷石」について学んでゆきましょう!
  2. 宇都宮駅をスタート
    1. 栃木県の県庁所在地・宇都宮市
    2. 採石場とは?
      1. かつては特撮ドラマのロケ地にも使われてきた採石場
  3. 関東で使われてきた大谷石
  4. 大谷石の歴史について、より詳しく学ぼう
    1. 加工しやすく、古くから用いられてきた大谷石
    2. なぜ大谷石が用いられてきたのか そのメリット・特徴とは!?
    3. 大谷石が、暖炉などの原料になりやすい理由
    4. 下野国分寺・下野国分尼寺の「礎石」にも用いられてきた大谷石
      1. 礎石を作ることを「定礎」という
    5. 駅のプラットホームにも用いられてきた大谷石
    6. パンなどを焼くための窯・石釜などにも用いられてきた大谷石
    7. 岩盤工学では、実験や検証のための素材としても利用される大谷石
      1. ちなみに「岩盤」とは?
    8. 大谷寺の本尊・千手観音
      1. 「人々の声を聞く」観音さま
  5. 大谷石の採掘方法 伊豆から伝わった技術とは
    1. 「良い石」だけを効率的に掘り出すために考えられた様々な手法
    2. 露出した石をそのまま削って掘り出す「露天掘り」
      1. 実際には、様々な掘り方を駆使して掘り進めて行く
      2. 様々な堀り方を組み合わせる必要性・理由
    3. 「ミソ」とは?大谷石の中に存在する「茶色の斑点」
      1. ミソが少ない「良い地層」だけを掘り当てるのが理想
    4. 明治時代、静岡・伊豆長岡から「垣根掘り」が伝わる
      1. 伊豆からもたらされた技術により、「ミソ無し石」を効率的に掘れるように
      2. 作業の拠点の大きな穴を設ける「坑内掘り」
      3. 機械化される以前に行われていた「つるはし」での作業
      4. 全国各地へ運ばれてきた、掘り出された石
  6. 大谷石採石場跡は、見学がとても面白い

はじめに:今回は「大谷石」について学んでゆきましょう!

今回は栃木県宇都宮市うつのみやしの名物である大谷石おおやいしの歴史をたどる旅に出掛けます。
前回に続いて、栃木県の旅です。

栃木県宇都宮市・大谷石採石場跡より。かつて関東地方の色んな建物に使う石を掘り出していた場所です。

栃木県宇都宮市・大谷石採石場跡より。かつて関東地方の色んな建物に使う石を掘り出していた場所です。

大谷石おおやいしは、栃木県宇都宮市のやや西側にある大谷町おおやまちという地域で昔から採れてきた、また関東地方のあちこちで使われてきた、とても良い石の材料です。

それは宇都宮城東京駅下野国分寺しもつけこくぶんじ、さらには駅のプラットフォーム・石垣・かまなど、本当に色々なものに使われてきた歴史があります。

そんな歴史ある石を掘り出してきた採石場さいせきじょうの跡と、その採石場を元に作られた記念館を見に行こうかと思います。

宇都宮駅をスタート

スタート地点は、東北本線・宇都宮駅うつのみやえき(栃木県宇都宮市)からになります。

栃木県の県庁所在地・宇都宮市

栃木県宇都宮市うつのみやしは、栃木県の県庁所在地であり、また栃木県最大の都市です。

宇都宮市下野国しもつけのくになどについての基本的な知識については、以下の記事でもわかりやすく解説していますので、ご覧ください。

鉄道唱歌 奥州・磐城編 第10番 下野市をゆく 宇都宮まではあと少し

宇都宮市はギョーザの名所でもあり、宇都宮駅の前にあるギョーザの像も、大谷石おおやいしでできています。

宇都宮駅からはバスに乗り、西にある大谷石記念館に向かいます。そして大谷石採石場跡に到着します。

採石場とは?

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

採石場さいせきじょうとは、かつて石(大谷石)を掘り出していた場所です。
つまり自然に眠る石を、人々の手によって掘り出されていたわけです。

かつては特撮ドラマのロケ地にも使われてきた採石場

採石場は、火薬を使っても問題がなかったことから、かつては特撮ドラマのロケ地にも使われてきました。
「戦隊ヒーロー」などがよく悪の軍団と戦っていた、あの場所ですね。

爆発シーンなどでは本物の火薬を用いるため、使用されてきたわけです。
しかし、近年では爆発シーンはCGによる演出が主となってきたため、採石場での特撮ロケは減少の傾向にあります。

また大谷石記念館の採石場跡はとても壮大なスケールの巨大地下があるため、たくさんのドラマやPVのロケにも使われてきました。

関東で使われてきた大谷石

大谷資料館おおやしりょうかんは、先述の通り栃木県宇都宮市大谷町おおやまちにある、大谷石採石場おおやいしさいせいじょう跡に関する博物館です。

そこでは巨大かつリアルな洞窟が、幻想的な雰囲気のまま存在しています。
ロケ地に使われる理由もわかる気がします。

私が大谷石採石場跡・大谷石記念館にやってきたときは、思った以上にたくさんの観光客の皆さんが来られていてびっくりしました

普通に見るだけでも凄い場所なので、是非とも訪れる価値はあると思います!

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石の歴史について、より詳しく学ぼう

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

それでは、大谷石の歴史について、より深掘りして学んでいきましょう!

加工しやすく、古くから用いられてきた大谷石

大谷石おおやいしは、まず古墳時代には、石棺せっかん(石でできた、人の遺体を納めるための入れ物)に使われる石の材料として使われてきました。

大谷石は柔らかくて加工しやすく、また削ったりといった加工作業がとても簡単にできる石として、歴史的に用いられてきたというわけです。
それは、大谷石は耐火性たいかせいに優れており、ちょっとやそっとじゃ燃えないことから、暖炉やかまの原料として用いられてきたというわけですね。

大谷石は、軽くて軟らかいために加工しやすく、さらに耐火性・防湿性にも優れています。

なぜ大谷石が用いられてきたのか そのメリット・特徴とは!?

大谷石のメリット

  • 切り取りやすい
  • 形を変えやすい
  • 燃えにくい(耐火性
  • 湿気に強い(防湿性)

といったさまざまなメリットがあるのです。
これは大谷石を使って色んなものを作る大工さんたちにとっては、非常にありがたいものだといえます。

これがもしその辺のテキトーな石とかだと、

  • 切り取りにくい
  • 形を変えにくい
  • 燃えやすい(耐火性ゼロ)
  • 湿気に弱い(すぐ腐ったりする)

みたいな石もザラにあったりして、テキトーな石だと建物などには適していないわけです。

また宇都宮市の周辺では、縄文時代の竪穴式住居たてあなしきじゅうきょにおいて、暖炉などの石の原料として使用されてきたことが確認されています。

大谷石が、暖炉などの原料になりやすい理由

ではなぜ、大谷石が暖炉などの原料になりやすいのかというと、それは先述の通り耐火性(燃えにくい)という性質があるからですね。

逆に、もしすぐに燃えて溶けてしまうような石だったら、とても暖炉やかまなどの原料に用いることはできないでしょう。
下手したら大事故にもつながりかねませんからね。

下野国分寺・下野国分尼寺の「礎石」にも用いられてきた大谷石

奈良時代には、大谷石は

  • 下野国分寺しもつけこくぶんじ
  • 下野国分尼寺しもつけこくぶんにじ

礎石そせきとしても使われてきました。

国分寺こくぶんじとは、奈良時代に聖武天皇が国の安全を願って、全国の「国」に対して作らせたお寺です。

下野国しもつけのくにとは、昔の栃木県の呼び方です。

くにとは、奈良時代の律令制におけるエリア分けで、現代でいう「都道府県」のことです。

礎石そせきとは、建物のベースとなる石のことです。
これをしっかり作っておけないと、建物は崩れやすくなってしまいます。

礎石を作ることを「定礎」という

ちなみに礎石を作ることを「定礎ていそ」といいます。
よく建物のベースに、この「定礎」の表記がありますよね。
これは建物の安全を願う、ある意味で「儀式」のようなものでもあるのです。

駅のプラットホームにも用いられてきた大谷石

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石は、冒頭にも述べたように、

  • 石蔵(※)
  • 駅のプラットホーム
  • 石垣
  • 階段

などにもたくさん利用されてきた歴史があります。

石蔵いしぐら:石で作った蔵のこと。
たくさんの荷物を保管しておくための建物のことです。

また、大谷石は

  • 宇都宮城
  • 下野国分寺
  • 下野国分尼寺

などの建築を行う際にも古くから使われてきたことは、先程も述べた通りです。

パンなどを焼くための窯・石釜などにも用いられてきた大谷石

大谷石耐火性・蓄熱性の高さから、

  • パンなどを焼くためのかま
  • 石釜いしがま

を作るための材料としても用いられてきています。

ここで蓄熱姓ちくねつせいとは
「熱をたくわえておく性能に優れている」
というような意味です。
もしこの蓄熱性がないと、熱がこもりにくい(温まりにくい)ため、料理をするにもマズい釜が出来てしまうでしょう。

岩盤工学では、実験や検証のための素材としても利用される大谷石

また大谷石は、岩盤工学がんばんこうがくの分野においては、実験や検証のための扱いやすい素材として利用されています。
岩盤工学とは、岩や岩盤の固さや、折り曲げやすさ、使い物になるかどうかなどを実験・検証するための学問です。

もしこの学問がないと、どんな岩や岩盤が材料・部材・商品などに適しているのかがわかりません。
なので必要な研究というわけです。

ちなみに「岩盤」とは?

岩盤がんばんとは、地底に眠っているとても固い岩の層のことです。
比喩的に
「とても固くて手のつけようがないもの」
のことを岩盤といったりします。

例えば、「岩盤のような奴ら」といえば、良くも悪くも

  • 「手に追えない人たち」
  • 「手のつけようのない人たち」

という意味で使われます。

大谷寺の本尊・千手観音

近隣にある大谷寺おおやじの本尊である

  • 千手観音せんじゅかんのん(たくさんの手がある仏さまのことです)

は、平安時代に弘法大師こうほうだいし空海によって作られたものになります。

千手観音せんじゅかんのんとは、「たくさんの手」を持つ観音さま(仏さま)のことです。
なぜたくさんの手があるのかというと
たくさんの人々を苦しみから救ってあげたい
という意味が込められているからです。

「人々の声を聞く」観音さま

ちなみに観音かんのんとは

  • 「人々の声を聞く」
  • 「人々の声に耳を傾ける」

というような意味合いがあります。
つまりまとめると、千手観音は
「たくさんの人々の声を聞き、苦しみから助けてあげる」
という仏様ということになります。

大谷石の採掘方法 伊豆から伝わった技術とは

「良い石」だけを効率的に掘り出すために考えられた様々な手法

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石採石場跡(栃木県宇都宮市)

大谷石は、やみくもに地面や岩盤を掘るだけでは良い石は採れません。
中には「質の悪い石」も含まれているため、それでは売り物になりません。
なので大谷石は、歴史的に様々な採掘方法が考えられてきました。

露出した石をそのまま削って掘り出す「露天掘り」

かつての大谷石は、地表に露出した石をそのまま削って掘り出していくという「露天掘ろてんぼ」という手法が行われてきました。
今でも一部で行われているようです。

しかしこの方法では、後述するようにあまり「良い石」だけを掘り当てる手段としては適していません。
それは大谷石が眠っている地層は、やや複雑な構造をしているからです。

実際には、様々な掘り方を駆使して掘り進めて行く

したがって、掘るときには

  • 地表から下へ下へと掘り進めていく「平場掘ひらばぼ
  • 横へ横へと掘り進めていく「垣根掘かきねぼ

を、それぞれうまく組み合わせて掘ってゆきます。

  • 平場掘ひらばぼ:縦に(下へ下へ)ずっと掘っていく方法
  • 垣根掘かきねぼ:横に掘る方法。明治時代に、静岡県・伊豆長岡いずながおかの職人によつてもたらされました。

様々な堀り方を組み合わせる必要性・理由

ではなぜ、これらの堀り方を組み合わせないといけないのか。

それは、大谷石がたくさん眠っている地層は

  • 利用価値の高い石材の層
  • ミソが多くて、使い物にならない石の層

とが、それぞれ交互に積み重なって眠っているからです。

「ミソ」とは?大谷石の中に存在する「茶色の斑点」

ミソ」とは、大谷石の中に存在する「茶色の斑点」のようなものです。
いわば「ほくろ」のようなものです。
この「ミソ」があまりにも多すぎると、黒い点ばかりに見えてしまうため、石としてはあまり見映えがよくありません。

大谷石の地層は、まるでサンドイッチのように、

  • 「ミソの少ない良い地層」
  • 「ミソの多い悪い地層」

が、それぞれ交互に重ねされているというわけです。
そのため「良い地層」に眠っている石だけを掘り出していかなければなりません。

ミソが少ない「良い地層」だけを掘り当てるのが理想

そのため、掘り方によっては、美しい石としてはおおよそ使い物にならない「ミソ」の多い石ばかりが出てきてしまうというわけです。

したがって、できればミソが少なく、使い物になる石だけが眠っている「良い地層」だけを掘り当てたいわけです。

明治時代、静岡・伊豆長岡から「垣根掘り」が伝わる

明治時代に静岡・伊豆長岡から「垣根掘り」が伝わるまでは、ミソの多い石からわざわざミソを取り除いて売っていたのでした。
そのため、この作業はとても手間とコストがかかるものだったといいます。

伊豆長岡いずながおかとは、伊豆半島の真ん中よりやや上にある、静岡県伊豆の国市いずのくにしの地名です。
伊豆でも、昔から「伊豆石いずいし」という高級な石が掘り出されていました。

伊豆からもたらされた技術により、「ミソ無し石」を効率的に掘れるように

すなわち、伊豆から伝わってきたこの技術により、

  1. きれいな石だけが眠っている地層を
  2. 「横へ横へ」と、効率よく掘り出す

ということが可能になったのでした。

作業の拠点の大きな穴を設ける「坑内掘り」

また、穴をさらに掘り進めていく手法として「坑内掘こうないぼ」が使われます。

坑内掘りでは、

  1. まず、採掘の作業をするための大きな穴(空洞)を作って、
  2. そこを拠点に、作業をしていく

というわけです。

すなわち、まるで穴(坑道)をくしのような形に掘っていくというわけです。

機械化される以前に行われていた「つるはし」での作業

大谷石を掘り出す方法が1960年代に機械化される以前は、いわゆる「手掘り時代(手で掘っていた時代)」でした。
そのときは、主に「つるはし」という工具が(岩を切って掘るために)利用されていたのでした。
この方法は、採掘のための方法が機械化された1960年頃まで行われていたのでした。

全国各地へ運ばれてきた、掘り出された石

こうして掘り出され、外に運び出された石は、馬車トロッコなどを用いて、遠くの地域まで運ばれたのでした。
地下のとても深い位置にある採石場からは、現在では機械を使って、石が上に(効率的に)巻き上げられていきます。

すなわち、こうやって掘り出された石を、トラック貨物列車などを使って、全国各地へと運び出されていくというわけです。

大谷石採石場跡は、見学がとても面白い

大谷石採石場跡より(栃木県宇都宮市)

今回も色々と知識的なことをいっぱい書いてきましたが、大谷石採石場跡と大谷石記念館はスケールがとても大きいため、とても楽しむことができます!

大谷石採石場跡より(栃木県宇都宮市)

私はこの後、バスで宇都宮駅まで帰りました。

今回はここまでです!

お疲れ様でした!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「旅行初心者に教える」ことを目的として書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

この記事が良いと思った方は、よかったら次の記事・前回の記事も見てくださいね!

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