箱根関所・芦ノ湖などの歴史・観光について、わかりやすく解説してゆきます!歴史・旅行を楽しむためのノウハウを解説してゆきます!
前回に続いて、今回も箱根特集です。

芦ノ湖(あしのこ)(神奈川県足柄下郡箱根町)
前回は「箱根」とはなんぞや?といった基礎基礎や、また鎌倉時代~室町時代の箱根での合戦の歴史などのお話をしました。
今回は、江戸時代以降の箱根の歴史について、どんどん掘り下げていこうかと思います!
江戸時代の箱根
「天下の険(けん)」と呼ばれた、険しい箱根の山道
まだ「新幹線」も「高速道路」も無かった江戸時代、箱根の険しい峠道は江戸~京都の間を移動する旅人たちにとっては、絶対に通らなくてはならない道でした。
もしそれが嫌なら、これまた険しい中山道(なかせんどう)・木曽路(きそじ)を通らなくてはなりませんでした。
木曽路については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

昔の道は、ぬかるんでいた
それも、地面がぬかるんだ薄暗い道を、山賊に襲われるリスクまでをも覚悟しながら峠道を登っていったのです。
- しかも坂道は急で、とてもキツかった
- そのうえ、スマホやGPSなども無い時代だった
ため、もし道に迷ったら遭難のリスクさえありました。
あまりに険しい山道なので、「箱根の山は天下の険(けん)」とも呼ばれたのです。
北の「足柄峠」の方が難易度は低いが、遠回りだった
もちろん、やや難易度が低い「足柄峠(あしがらとうげ)」のルートがやや北にありました。
しかし、こちらはやや大回り・遠回りのルートになりました。
そのため、江戸時代には少しでも距離の短い「箱根峠ルート」がメインであり重視されたのでした。
こちらの箱根ルートの方がショートカットになるからですね。
鉄道も、箱根の険しい道は回避(忌避)した
これはなんとなく、
- 明治時代は、かつての東海道線が現在の御殿場線(ごてんばせん)経由だった
- それが、1934年に「丹那トンネル(たんなトンネル)」が開通してかはら、熱海経由の東海道線がメインになった
というケースと似ていますね(違うかな?)。
御殿場線がかつての東海道線だったエピソードについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。


芦ノ湖(神奈川県足柄下郡箱根町)
箱根関所
江戸時代までの、箱根を行き交う人々を取り締まっていた関所
箱根の山の上にある芦ノ湖(あしのこ)のほとりには、箱根関所(はこねせきしょ)という関所が設けられました。
「関所」とは?
関所(せきしょ)とは、好き勝手に人々を往来させないために、取り締まりや監視を行う場所のことです。
そして箱根関所は、西日本側から江戸へ反乱を企ててくる勢力を防ぐための、幕府防衛のための関所というふうにされました。

箱根関所跡(神奈川県足柄下郡箱根町)
徳川家康が、愛知・静岡から江戸(東京)に移る
戦国時代終わりの1590年に、豊臣秀吉による「小田原攻め」によって後北条氏(ごほうじょうし)が滅亡し、豊臣秀吉は念願の「天下統一」を果たしました。
その後、豊臣秀吉の命令で徳川家康が関東に入ってきました。
徳川家康は、それ以前はどちらかというと静岡県や愛知県東部を拠点に活動していました。
ここで関東の支配を任されたことで、江戸に幕府を築くきっかけとなったのです。
その後、関ヶ原の戦いでの勝利のあとに江戸幕府を開いたのでした。
「入り鉄砲に出女」箱根関所は、鉄砲と大名の妻を取り締まっていた

箱根関所跡(神奈川県足柄下郡箱根町)
という言葉があります。
昔、箱根関所では
- 江戸に入ってくる「鉄砲」
- 江戸から逃げようとする「人質となっている大名の妻」
を取り締まっていたのでした。
まず関所は、江戸へむやみに鉄砲が入ってくるのを取り締まり、防いでいました。
これは不必要な鉄砲が江戸の町にあふれてしまうことで、治安が乱れてしまうのを防ぐためでした。
なので、江戸に入ってこようとする「入り鉄砲(いりでっぽう)」を防ぐことは、関所の重大任務だったのでした。
「参勤交代」で、大名の妻は人質として江戸に居ることを義務付けられた
また江戸時代には「参勤交代」といって、全国各地の大名は、定期的に地元と江戸(東京)を往復しなければならないという義務がありました。
このとき、大名は自身の奥さんを、人質として預けなければなりませんでした。
なぜ嫁を江戸に預けないといけなかったのか?
その理由として、もし大名が江戸幕府に不満を持って反乱を起こそうとしても、嫁が江戸に人質にとられているために防げるわけですね。
もしその嫁が江戸から逃げると、箱根関所を通ることになるため、ここで「江戸から出ていく女(=大名の妻)」を取り締まっていたいたのですね。

箱根関所跡(神奈川県足柄下郡箱根町)
これがいわゆる、関所で取り締まっていた
というわけです。
江戸幕府は、あの手この手を使って各地の大名が謀反・反乱を起こすことを防いでいたわけです。
明治時代以降の箱根
明治時代になり、箱根関所は廃止に
明治時代がおとずれ、1869年に箱根関所は廃止されました。
そのため、箱根の道は一般人でも自由に往来することが可能となったのでした。
その後、関所の跡地は史跡・観光地として整備され、現代至っています。
2007年に、これまでの歴史的ヒントを参考にして、箱根関所が完全再現
2007年には、
- それまでの文献(たとえば、古い歴史の史料)
- 地面を掘って出てきた昔の証拠
- 発掘作業などで得られた、手がかり・ヒント
などの情報・根拠などを参考にしながら、箱根関所がほぼ完全なかたちで復元されたのでした。
現代おける、箱根の山を越えるためのルートは?
現代では神奈川県~静岡県の移動は
- 「東海道新幹線」
- 「東海道線」
- 「国道246号」
- 「東名高速道路」
などがメインのルートであり、今では箱根峠は神奈川県~静岡県を越えるための主要ルートからは外れてしまっています。
御殿場線・国道246号・東名高速道路は、酒匂川に沿ったルート
御殿場線・国道246号・東名高速道路は、箱根の山の北を流れる酒匂川(さかわがわ)に沿ったルートです。
川が流れている地域には「谷間」「平地」ができるため、そこを線路や道路が通っているわけですね。
こちらは「箱根越え」に比べたら勾配がゆるいため、現代でも主力のルートなわけです。
国道1号は、箱根峠を越えるルート
ちなみに「国道1号」はまさしく箱根峠を通る、険しいルートです。
国道1号は江戸時代までの「東海道」に準拠したルートであるため、険しい箱根峠を通っているというわけですね。
国道1号で神奈川県~静岡県を越えようとすると、やはり勾配やカーブが非常に厳しくなります。
そのため、ドライバーにとってはやや難易度が上がることでしょう。
観光地としての芦ノ湖

芦ノ湖(神奈川県足柄下郡箱根町)
芦ノ湖(あしのこ)は、湖畔・湖の周りに多くの観光名所やリゾート施設が存在しているという、素晴らしい観光地になります。
また、富士山までもが眺められる景勝地としても知られています。
芦ノ湖クルーズ船として、海賊船も運行されています。
ジョン・レノンも泊まったことで知られる富士屋ホテルもあります。
富士屋ホテルは、明治時代から長く続く老舗(しにせ)ホテルでもあります。
箱根山戦争とは
戦後には、西武グループと小田急グループが、箱根の観光客をお互いに奪うために、お互いに膨大な資金を投入して競いあっていくという「箱根山戦争」も起きました。
戦後になり、箱根への旅行がブームに
戦後になって日本が復興してゆき、徐々に日本の経済が持ち直して豊かな人が増えてきだすと、箱根に旅行したいという人が増えてきます。
そうなると、箱根にお客様を運ぶための交通機関を運営する西武グループと小田急グループが、鉄道とバスとの間で、移動手段でお客様の取り合い・シェア争いを起したのでした。
- 西武グループは「バス」で、
- 小田急グループは「箱根登山鉄道」で、
などでお互いに対抗しあったのです。
西武グループと小田急グループで、お客様の取り合い合戦
このように、もはや「ここはウチの領域だ!」といった具合の陣取り合戦が勃発してしまったのでした。
- しかも、裁判に発展したり、
- 各行政機関や各自治体をも巻き込んだ争いになる
など、国家まるごと巻き込んだ争いになったのです。
この「箱根山戦争」は20年にもわたって続き、当時大きな話題となり、書籍化までされました。
箱根駅伝の、往路のゴール地点・芦ノ湖
芦ノ湖は、毎年お正月に開催される箱根駅伝における往路(=東京から箱根へむかって走る、1区から5区のコース)のゴールです。
また、復路(=箱根を下って東京へ戻る、6区から10区までのコース)のスタート地点としても知られており、多くの駅伝ファンや観光客を集めています。
復路は、「真冬の下り坂」がランナーにとってはきつい
復路は、往路で優勝したチームから順番にスタートしてゆきます。
6区は箱根の山を一気に下っていくため、かなり足への負担になります。
ランナーは登りよりもむしろ「下りの方がきつい」と言います。
しかも真冬のお正月の季節なので、低温もありそれはかなり足や体への負担となるでしょう。
芦ノ湖の「水利権」
芦ノ湖(あしのこ)の水利権(すいりけん)は、静岡県にあります。
つまり、神奈川県(箱根町)にあるにもかかわらず、水利権が神奈川県側に無いのです。
「水利権」とは?
水利権(すいりけん)とは 好き勝手に水を使わせないための権利です。
つまり、自分達の水資源や水のキレイさなどを守るための権利のことをいいます。
なぜ「水利権」が必要なのか?
いくら自然の水だからといっても、いずれは町の人々の生活に使われる水です。
なので、好き勝手に
- 「工場の水」
- 「農業用水」
- 「水力発電」
などの目的で大量に水をくみ上げられると、本来に必要な水が不足してしまいます。
また、勝手に水を使われると汚されたりしてしまう可能性があるのです。
なので「水利権」というものが保障されているわけです。
もし水利権を侵すと、刑法123条違反の「水利妨害罪」として罰せられます。
芦ノ湖の水を使う権利は、原則としては「静岡県側」に
芦ノ湖の水は、後述する「深良用水」によって静岡県側に供給されているため、静岡県に水利権があるというわけです。
芦ノ湖は静岡県にほぼ接近しているため、神奈川県よりも静岡県に対する影響力の方が大きいというわけですね。
「深良用水」を通って、静岡県側に水が供給される
さらに具体的にいうと、芦ノ湖の静岡県裾野市(すそのし)にほぼ近い位置にある深良水門(ふからすいもん)から、水が西(裾野市)側へと流れ出てゆきます。
この芦ノ湖の水門から流れ出た水は、さらに深良用水(ふからようすい)という用水路(水が通る経路)を通って、静岡県側に水がどんどん供給されていくのです。
この「深良用水」は、江戸時代に工事によって造られたものです。
芦ノ湖の水は「どちらの県のものか」論争
さらに明治時代の「廃藩置県」のときに、
という議論になり、先述の「深良用水」が静岡県側の領土に組み込まれることになったため、静岡県に水利権があるということに決まりました。
緊急時を除き、神奈川県側は芦ノ湖の水を自由に利用できない
こうした事情のため、神奈川県側では芦ノ湖の水が(緊急の場合を除き)基本的には自由に利用できないのです。
ただし、
- 水不足などによる渇水が起きたとき
- 逆に、湖の水が増えすぎて、減らす必要が生じたとき
などの非常時は、芦ノ湖の水を神奈川県側に利用(緊急放水)できることができるということになっています。
芦ノ湖周辺の建設の権利は、神奈川県側に
一方、芦ノ湖において建設したいといった要望を認める権利である「土木工事許認可権」については、神奈川県側にあります。
このため、芦ノ湖にある水門や、その他の水道管などの施設を維持・管理していくための権利は、神奈川県側が担っているというわけです。
芦ノ湖と火山・カルデラ

芦ノ湖(神奈川県足柄下郡箱根町)
芦ノ湖は、箱根火山の「カルデラ」の一部になります。
「カルデラ」とは?
カルデラとは、スペイン語で「大きな鍋(なべ)」という意味です。
つまり、
- 火山が噴火して、
- 中身が噴き出してしまい、
- 空っぽになってできた、大きな空洞のこと
を、カルデラといいます。
まるで大きな鍋(なべ)の形のようにみえるので、カルデラというわけですね。
「早川」をせき止めて、芦ノ湖ができた
箱根の火山である神山(かみやま:標高1,438m)が、約3,000年前に水蒸気爆発と火砕流を起こしてしまいました。
そのとき、山の一部分が大崩れしてしまったのでした。
そして大噴火が起きたため、たくさんの火山堆積物が降り注いでゆき、より下へと流れてくるようになりました。
そのとき、カルデラの中にあった早川(はやかわ)を、流れてきた火山堆積物が堰(せ)き止めてしまい、水がたまって芦ノ湖が生まれたのでした。
「早川」とは?
ちなみに早川(はやかわ)とは、箱根登山鉄道の線路に沿って流れる川です。
末は小田原市の東海道線・早川駅(はやかわえき)の近くを通って、相模湾(さがみわん)の海に注ぎます。
箱根神社と、芦ノ湖の九頭竜伝説
箱根神社(はこねじんじゃ)は、九頭竜(くずりゅう)と関連性がある神社です。
「九頭竜」とは?
九頭竜とは、日本の各地・あちこちにその伝説が残る、9つの頭を持った怪物のことです。
それは
- 長野県の戸隠連峰(とがくしれんぽう)
- 石川県の白山(はくさん)
など、たくさんの山々にその伝説が残っています。
箱根の芦ノ湖にも、その九頭竜の伝説が残っているわけです。
万巻上人によって建立された、箱根神社
箱根神社は、奈良時代の757年に、万巻上人(まんがんしょうにん)という僧侶によって建立されました。
伝承(言い伝え)によると、その昔、芦ノ湖に現れて箱根周辺に住んでいた人々を苦しめていた九頭龍を、万巻上人が調伏(=成敗して倒すこと)したのでした。
そして、箱根神社を建てた上で、九頭龍を守護神として祀(まつ)ったのだとされています。
アジサイの花に見守られながら、帰途につく
箱根の観光を終えたら、箱根の山を降りて帰途(きと)につきます。
箱根登山鉄道沿線は、アジサイの花がとてもキレイです。
なぜ箱根に「アジサイ」が多いのか?
ではなぜ、箱根にアジサイが多いのか。
それは、アジサイの根っこを地面に張り巡らせて、地面を強くすることで線路の土砂崩れを防いでいるのだそうです。
これは、アジサイが「根っこを横に強く張る」という性質が注目され、このような施策が行われたとのことです。
箱根登山鉄道が通る早川(はやかわ)の渓谷は、すごく急峻(きゅうしゅん)な地形のため、土砂崩れが多いわけですね。
なのでこうした土砂崩れ対策のために、きれいなアジサイのお花を植えるというのは、昔の人は本当にナイスアイデアだと思いました!
以上:楽しい箱根観光を!
以上、前回と二回に分けて解説してきましたが、いかがだったでしょうか。
箱根の観光を少しでも楽しむために、あなたの何らかの参考になれば幸いです!
今回はここまでです。
お疲れ様でした!
コメント