【山形・新庄→秋田・大曲】なぜ新幹線は延伸できないのか?について、わかりやすく考察!

山形県・新庄→秋田県・大曲までの険しい山岳区間を、なぜ新幹線は延伸できないのか?について、わかりやすく考察してみました!

  1. はじめに
    1. 新庄(山形)→大曲(秋田) なぜ新幹線は延伸できないのか?
    2. 険しい山岳地帯と国内屈指の豪雪地帯
  2. 新庄から北の奥羽本線(新庄→大曲)
    1. 山形〜秋田は「高速バス」の圧倒的優位か?
    2. 新庄〜院内(→横手・大曲)間の便が少ない、切実な理由
      1. 災害による「非電化(ひでんか)」への変更
      2. ​沿線人口の減少と需要
  3. 新庄→大曲間の新幹線延伸の、高いハードルの数々
    1. ​山形新幹線と秋田新幹線の「線路の幅」
      1. 新幹線用の線路幅に広げてあげないといけない「ミニ新幹線」
      2. 秋田新幹線も「改軌(かいき)」したのか?
      3. 新庄〜大曲間の改軌にかかる費用は?
      4. 交流方式の新幹線に「変電所」はなぜ必要?
      5. 車両のトランスで「数十万ボルト」は落とせないの?
  4. 奥羽本線・新庄→大曲 沿線の地理など
    1. 真室川→院内・湯沢・横手の交通など
      1. 真室川の生徒が湯沢の高校に通うことはないの?
      2. 私立高校なら他県に通えるのか?
    2. 秘境駅・及位駅(奥羽本線・新庄→大曲)
      1. 及位駅で冬に置き去りにされた人がいる?
    3. 湯沢市と「小野小町」の関係 (奥羽本線・新庄→大曲)
    4. 醍醐駅 (奥羽本線・新庄→大曲)
    5. 横手市 (奥羽本線・新庄→大曲)
      1. ​秋田県第2の都市
      2. ​冬の風物詩「かまくら」
    6. 後三年駅と「後三年の役」 (奥羽本線・新庄→大曲)
      1. 戦いがあった場所だから、そのまま駅名になった
      2. 義家は恩賞をもらえなかった?
      3. 自らの「ポケットマネー」で、部下に給料を払った→源氏の人気爆発へ
      4. 東北の「柵」と、アイヌの「チャシ」は似ている?
      5. 義家が自分の財産を分け与えた理由
      6. 義家が「勿来の関」を訪れたのはいつ?
  5. おわりに・まとめ

はじめに

新庄(山形)→大曲(秋田) なぜ新幹線は延伸できないのか?

今回は、

  • 新庄駅しんじょうえき(山形県新庄市)
  • 大曲駅おおまがりえき(秋田県大仙市)

の区間において、なぜ新幹線が延伸できないのかについて考察してみました!

【前提となる基本用語集】

新庄駅しんじょうえき
山形県新庄市にある、山形新幹線の終着駅です。

奥羽本線おううほんせん福島から山形・秋田を経由して、青森までを結ぶ全長約484kmの長い路線です。
山越えや平野など変化に富んだ景色が楽しめ、東北の背骨(せぼね)のように地域を支え続けています。
陸羽東線りくうとうせん陸羽西線りくうさいせんも乗り入れる、山形県北部の交通の要所として賑わっています。

新庄市しんじょうし
山形県北部に位置する、かつての城下町です。
江戸時代から続く「新庄まつり」や、美味しい鳥中華が有名で、人情味あふれる街ですね!

大曲駅おおまがりえき
秋田県大仙市にある、秋田新幹線の停車駅です。
毎年夏に開催される「大曲の花火」の玄関口として、全国から多くの観光客が訪れます。

大仙市だいせんし
秋田県の中東部にある、農業と花火の街です。
日本三大花火の一つが開催されるほか、広大な平野で美味しいお米が作られている豊かな地域です。

山形新幹線やまがたしんかんせん
福島駅から新庄駅までを結ぶ新幹線です。
車窓から見える蔵王ざおうなどの美しい山々や、果樹園かじゅえんの風景が旅の気分を盛り上げますね!

秋田新幹線あきたしんかんせん
盛岡駅もりおかえき(岩手県盛岡市)ら秋田駅までを結ぶ新幹線です。
真っ赤な車体が特徴の「こまち」が、険しい山を越えて秋田の街へと連れて行ってくれます。

ミニ新幹線
元々あった在来線の線路の幅を広げて、新幹線が直接乗り入れられるようにした方式です。
山形秋田の新幹線はこの方式なので、町の景色を間近に感じながら走るわけですよ!

新庄大曲も、新幹線が通ることでとても便利になり、街の魅力がさらに広がりました。

新庄市の基本的事項などについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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険しい山岳地帯と国内屈指の豪雪地帯

この区間は、

  • 険しい山岳地帯
  • 国内屈指の豪雪地帯

という、自然の厳しい壁が立ちはだかる場所です。
すなわち、線路の幅を広げる「改軌かいき」や電化の再整備には、天文学的なコスト高い技術力が必要となるのです。

現状の課題を知ることで、車窓から見える険しい峠道や、静かな駅の風景がより深く、意味を持って見えてくるはずですよ。

新庄から北の奥羽本線(新庄→大曲)

山形〜秋田は「高速バス」の圧倒的優位か?

ちなみに山形〜秋田の区間は、​鉄道ファンとしては残念なことではありますが、現状は「高速バスの圧勝」と言わざるを得ません。

まずは、​「直通の有無」についてです。
鉄道の場合は新庄駅で必ず乗り換えが必要ですが、高速バス山形市内から秋田市内まで、乗り換えなしで結んでいます。
​また、高速道路が整備されたことで、バスの方が早く、しかも安く移動できるという現象が起きています。

したがって、鉄道はどちらかというと駅周辺の学生さんの通学や、ゆったり旅を楽しむ方のための手段になっているのが現実ですね。

新庄〜院内(→横手・大曲)間の便が少ない、切実な理由

また、新庄~湯沢の利用者が極端に少ないのは、​険しい地形厳しい気候が最大の理由です。
しかし、それだけではなく「県境」という特有の事情も絡んでいます。

山形県の最北(真室川町まむろがわまち)と秋田県の最南(湯沢市ゆざわし)は、もともと生活圏が分かれています。
したがって、わざわざ県境を越えて日常的に移動する人が非常に少ないのです。

また、後述する通り、公立学校に通う生徒さんたちが、この県境をまたいで通学することは、基本的にないわけです(後ほど、こちらでその理由を解説)。

​また、この区間は、過酷な山岳・豪雪地帯にあります。
この区間の雄勝おがちは、古くから交通の難所でした。
それは、人が住みにくい環境ゆえに沿線人口が希薄きはくであり、採算が取れないため、本数も減ってしまうという悪循環に陥っています。

災害による「非電化(ひでんか)」への変更

実は、2024年7月の大雨による被害で、この区間はさらに厳しい状況に追い込まれてしまいました。

そのため、​2025年4月から、

  • 新庄駅
  • 院内駅いんないえき(秋田県湯沢市)

の間は運転を再開しましたが、JRは「電化設備(架線など)」を廃止して復旧させる決定を下しました。

​これにより、電気で走れる電車が走れなくなり、基本的にはみんな気動車ディーゼル車)(GV-E400系など)に置き換わりました。
​これは、雪や災害で壊れやすい電線をなくすことで、維持費を減らそうという判断です。

​沿線人口の減少と需要

​悲しいことですが、この県境区間は利用者が非常に少なくなっています。
山形県秋田県県境付近は、移動する人が極端に少ないエリアとなっています。
​そのため、少ない利用者に合わせて、1両や2両の短い編成で、回数を絞って運行せざるを得ないのですね。

​歴史ある「奥羽本線」という大動脈の一部が、電化をやめて本数を減らしていく姿を見るのは、鉄道ファンとしても非常に寂しい気持ちになります。
新庄~大曲間新幹線が繋がればどんなに便利か……という夢と、現実の厳しい採算性のギャップには、胸が締め付けられますね。

新庄→大曲間の新幹線延伸の、高いハードルの数々

​山形新幹線と秋田新幹線の「線路の幅」

​ちなみに、山形新幹線秋田新幹線も、どちらも「標準軌ひょうじゅんき」です。

標準軌ひょうじゅんき:世界の鉄道や、日本の新幹線で使われている、1,435mmの広いレール幅のことです。
コストが高くつきますが、スピードが安定して出やすいメリットがあります。

狭軌きょうき:日本の多くの在来線で使われている、1,067mmの少し狭いレール幅のことです。
スピードは劣りますが、コストが安くなるメリットがあります。

新幹線用の線路幅に広げてあげないといけない「ミニ新幹線」

どちらも「ミニ新幹線」という方式なので、もともとあった在来線の線路の幅を、新幹線と同じ幅に広げてあります。

  • 山形新幹線: 福島駅〜新庄駅が標準軌(1,435mm)
  • 秋田新幹線: 盛岡駅〜秋田駅が標準軌(1,435mm)

​したがって、どちらも新幹線が走るための広い幅になっています。

しかし、「新庄駅〜大曲駅」を含む区間は、新幹線が走らない在来線のままです。
すなわち、ここだけが昔ながらの「狭軌(1,067mm)」のまま残されているため、新幹線が直通できない「陸の孤島」のような状態になっているのです。

秋田新幹線も「改軌(かいき)」したのか?

ちなみに、ミニ新幹線である秋田新幹線も大規模な改軌工事を行いました。

改軌かいき:線路の幅(ゲージ)を作り変えることです。
在来線の狭い幅から、新幹線が走れるような広い幅へ、(あるいはその逆に)変更することをいいます。

かつては「田沢湖線たざわこせん」と「奥羽本線」の一部区間という、普通の在来線狭軌きょうき)だった区間を、新幹線が走れるように作り変えたのです。
​工事は1990年代に行われ、1997年に開業しました。
​この工事中、田沢湖線(盛岡〜大曲)を約1年間も全面運休させて、一気に線路の幅を広げるという、凄まじい工事だったわけですよ!

新庄〜大曲間の改軌にかかる費用は?

新庄駅から大曲駅までの約100km弱を改軌する(レールの幅を新幹線向けに広くする)のにも、やはり膨大な費用がかかります。

正確な最新の試算は公表されていませんが、数千億円規模になるのは間違いありません。
ではなぜそれほど高くなるのか、理由は決して「線路の幅」を広げればいいだけではないのです。

​新庄〜院内間は、現在「非電化(架線がない状態)」になりました。

すなわち、新幹線を走らせるにはもう一度すべての区間に電線を張り直し、巨大な変電所を作る必要があり、これだけで莫大なコストが上乗せされます。
​また、作る時だけでなく、維持するのにもお金がかかります。

利用者が少ない区間でこれだけの投資をするのは、JRにとっても自治体にとっても、非常に勇気がいる決断なのです。

すなわち、

​「線路をちょっと広げるだけじゃないの?

と思われがちですが、実は鉄道を丸ごと作り変えるような大工事になるわけですね。

交流方式の新幹線に「変電所」はなぜ必要?

​車両にトランス(変圧器)を載せているのなら、変電所はいらないのでは?と思うかもしれません。

しかし、それでも新幹線変電所は絶対に必要というわけです。

​まず、電力会社から届く電気は数万〜数十万ボルトという超高圧です。
したがって、そのままでは車両が耐えられないため、変電所でまず25,000V(新幹線の場合)まで落とす必要があります。

​また、車両についているトランスは、25,000Vの電圧を、さらにモーター用の電圧に下げるためにあるものです。
そのため、もし発電所からの電気を直接的に車両で受けようとすると、車両に巨大な変電所を丸ごと載せるのと同じことになってしまい、重すぎて走れなくなってしまうのですね!

車両のトランスで「数十万ボルト」は落とせないの?

​技術的には可能ですが、「重さと安全性」の問題で、現実的ではありません。

​まず、電圧を下げるためのトランスは、大きな鉄の塊と銅線でできています。
数十万ボルトという超高電圧を25,000Vまで一気に落とすには、巨大でとてつもなく重いトランスが必要です。

​すなわち、そんな重いものを車両に載せると、重すぎてレールが耐えられなかったり、走るためのエネルギーを使い果たしたりしてしまいます。

また、​感電の危険もあります。
車両の屋根のすぐ上で数十万ボルトを扱うのは、絶縁(電気が漏れないようにすること)の面でも非常に危険です。

すなわち、重い作業は地面(変電所)に任せて、車両は身軽にしておくのが鉄道の鉄則なのです!

絶縁ぜつえん:電気が流れてはいけない場所に、電気が漏れないように遮断することです。

奥羽本線・新庄→大曲 沿線の地理など

真室川→院内・湯沢・横手の交通など

真室川の生徒が湯沢の高校に通うことはないの?

ちなみに、真室川(山形県)の生徒が湯沢(秋田県)の高校に通う、ということはないのでしょうか。

​結論から言うと、

ほぼゼロではないけれど、非常に珍しい

というのが現状です。

まずは、「​県境の壁」があります。
基本的に、日本の公立高校は、原則として「自分の住んでいる県」の学校に通うことになっています。
したがって、隣の県の高校を受けるには特別な許可や手続きが必要なので、心理的にも物理的にもハードルが高いのです。

次に、「​運行本数の少なさ」という問題点もあります。
そもそも電車が1日に数本しかないため、部活動や補習などで遅くなると、帰れなくなってしまいます。

したがって、わざわざ県を越えて通学するメリットが少ないのですね。

私立高校なら他県に通えるのか?

​ちなみに、私立高校であれば、県外からの入学は全く問題ありません。
​すなわち、公立と違って、私立は全国どこからでも生徒を自由に募集できます。
​実際のケースとしては、湯沢市の私立高校に、山形県側から通っている生徒さんも中にはいらっしゃいます。
したがって、経済的な事情や通学時間(本数の少なさ!)さえクリアできれば、県境を越えた進学は可能です。
ただし、やはりこの区間は「電車の少なさ」が一番の壁になっているようですね。

秘境駅・及位駅(奥羽本線・新庄→大曲)

及位駅で冬に置き去りにされた人がいる?

及位駅のぞきえき(山形県最上郡真室川町)は、鉄道ファンの間では有名な「秘境駅ひきょうえ)」ですね。

​このあたりは、国内有数の豪雪地帯です。
​そのために、猛吹雪恐怖が常に付きまといます。

実際に

  • 「駅で降りたものの、あまりの雪で身動きが取れなくなった」
  • 吹雪で次の電車が運休になり、しかも無人駅で途方に暮れた」

というエピソードは、ネット上の意見などでも時々見かけます。
夜の無人駅で、外はマイナス10度の猛吹雪……。
考えただけでも恐ろしい、まさに命がけの「置き去り」ですね!

湯沢市と「小野小町」の関係 (奥羽本線・新庄→大曲)

​また、湯沢市の雄勝(おがち)地区は、小野小町おののこまち生誕の地という伝説が非常に強く残っています!

​湯沢市には「小野」という地名があり、小町が産湯をつかったとされる泉や、晩年を過ごしたとされる岩屋があります。

​また、毎年6月には、小町に扮した女性たちが和歌を詠む​「小町まつり」まつりが行われます。

したがって、この地域は「秋田美人」のルーツとしても、大切に語り継がれているのですね!

小野小町については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

小野小町とは?絶世の美人とその衰退を、わかりやすく解説!
今回は絶世の美人と言われた小野小町について、その栄華・モテエピソード、そして切ない老衰などについて、わかりやすく解説してゆします!はじめに:小野小町について学んでゆきましょう!​今回は、​謎多き美人歌人である、​小野小町おののこまちについて...

醍醐駅 (奥羽本線・新庄→大曲)

醍醐駅だいごえき(秋田県)は、近くにある醍醐地区から名付けられましたが、もとは仏教用語で「最高に美味しいもの」を意味します。
すなわち「醍醐味だいごみ」という言葉ですかね。

この地が豊かで美しい場所であってほしい、という願いが込められているのかもしれません。

したがって、醍醐天皇後醍醐天皇とも無関係というわけです。

横手市 (奥羽本線・新庄→大曲)

​秋田県第2の都市

秋田県横手市よこてしは、秋田県第2の都市であり、人口規模や経済の活気において、県南エリアの中心地です。

横手市は、後述する​後三年ごさんねんえきの舞台となりました。

平安時代、東北の覇権はけんをめぐって激しい戦いが行われました。
市内には、その最終決戦の場となった「金沢柵かねざわのさく」などの跡地があり、まさに歴史が動いた場所なんです。

​冬の風物詩「かまくら」

横手市は歴史だけでなく、450年以上の伝統がある「かまくら」も有名ですね!

雪で作られた小さなお堂の中で、子供たちが

入ってたんせ(入ってください)

と迎えてくれる光景は、本当に心が温まります。

後三年駅と「後三年の役」 (奥羽本線・新庄→大曲)

また、歴史に詳しい方なら、

  • 後三年駅ごさんねんえき(秋田県仙北郡(せんぼくぐん)

と、平安時代の「後三年ごさんねんえき」は、関係あるのでは?って思ったりしませんか?

​これについては、バッチリ関係があります!
​すなわち、平安時代の真ん中あたりの1083年に、東北地方で始まった

  • 後三年の役

古戦場が、まさにこの駅の周辺というわけです。

後三年ごさんねんえき:平安時代末期に、今の秋田県山形県を舞台に行われた大きな戦いです。
これに勝利した源義家みなもとのよしいえは、後に武士の英雄として崇められるようになりました。

ちなみに、

  • そもそも後三年の役とは何や?
  • なぜ起こった?

などの背景については、残念ながら全部話すと非常に長くなってしまいます(^^;)
そのため、後三年の役については以下の記事基本から解説していますので、ご覧ください

鉄道唱歌 奥州・磐城編 第33番 平泉に到着! 金色堂、安倍氏、奥州藤原氏など戦いや栄華の歴史
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戦いがあった場所だから、そのまま駅名になった

また、​金沢柵かねざわのさくという、 源義家清原氏きよはらしを攻めた激戦地が近くにあり、歴史好きにはたまらない場所です。

すなわち、戦いがあった場所だから、そのまま駅名になったという、非常に分かりやすい由来というわけですよ!

義家は恩賞をもらえなかった?

また、源義家はこの戦いで朝廷からほとんど恩賞をもらえませんでした。

まず、​私戦しせん扱いにされてしまったことでした。

というのも、朝廷は

これは義家が勝手に始めた喧嘩(私戦)であって、国の仕事ではない

と、冷たくあしらいました。

また、この戦い(後三年の役)には​自作自演の疑いがあったことです。

すなわち、

自分の勢力を広げるために、わざと戦いを起こしたのではないか

と疑われたのも一因です。

自らの「ポケットマネー」で、部下に給料を払った→源氏の人気爆発へ

そのため、恩賞が出ないと知った義家は、なんと自分の財産から恩賞を捻出し、部下たちに分け与えました。
これがきっかけで、武士たちの間で

義家様についていけば間違いない!

と人気が爆発し、後の源氏の繁栄に繋がったのです。

義家は結果的に、朝廷に冷遇されたことが、最強の武士団を作るきっかけになったのは皮肉なものですね。

​義家が自分のポケットマネーで恩賞を払ったというエピソード、本当にかっこいいですよね!

東北の「柵」と、アイヌの「チャシ」は似ている?

​非常によく似ていますが、少し成り立ちが違います。

  • さく: 主に大和朝廷と戦うために、東北の豪族たちが作った大規模な軍事拠点です。
  • チャシ: アイヌの方々が作った施設で、とりでとしての役割だけでなく、儀式の場や談判(話し合い)の場としても使われました。

すなわち、どちらも「盛り土・木の囲いによって守りを固める」という構造は共通していますが、「チャシ」の方がより多目的で、精神的な意味合いも強かったのが特徴ですね。

義家が自分の財産を分け与えた理由

それは​単なる「給料を払う」という親切心以上に、武士としてのリーダーシップが関係しています。

まずは、義家の​「命を預かった」という責任でした。
部下たちは義家を信じて、命がけで冬の雪の中を戦い抜きました。
しかし恩賞ゼロでは、部下たちが路頭に迷ってしまいます。

​そこで義家が私財を投じて恩賞を払ったたことで、

この人は自分たちを見捨てない

という最強の絆が生まれました。

すなわち、まさに「お金では買えない忠誠心」を得るための、最高の投資でもあったのです。
これがのちに、源氏東国絶大な力を持つ理由になりました!

義家が「勿来の関」を訪れたのはいつ?

源義家が、福島県・茨城県の太平洋側の県境にある「勿来なこそせき」において有名な和歌を詠んだのは、まさに「後三年の役」の帰り道だと言われています。

福島県の勿来の関については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

鉄道唱歌 奥州・磐城編 第51番 勿来の関に到達 八幡太郎(源義家)ゆかりの地
鉄道唱歌 奥州・磐城編の歌詞を、わかりやすく解説しています!鉄道の知識のみならず、歴史や旅行を楽しむためのノウハウを、鉄道に詳しくない人でも楽しめるよう解説してゆきます!

秋田での激戦を終えて、京都へ帰る途中に、福島県の勿来の関を通りました。
​すなわち、散りゆく桜を見て、戦いの厳しさと命のはかなさを詠んだのですね。

したがって、部下たちに私財を分け与えた直後、精神的に非常に高まっていた時期の出来事と言えます。

おわりに・まとめ

​新庄〜大曲の地理と、なぜ新幹線が延伸しにくいのか?についてを学んでみていかがだったでしょうか。
莫大な建設費採算性の問題、そして過酷な自然環境という高いハードルが、夢の延伸を阻んでいる現実が見えてきましたね!
したがって、今ある在来線がどれほど貴重な「地域の足」として機能しているのか、その大切さを改めて感じずにはいられません。
これらの背景を学ぶことで、あなたの鉄道探訪が、未来への想像を膨らませるより豊かな体験になれば、嬉しい限りです!

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