上越線の旅を、わかりやすく解説!【越後川口・小千谷→宮内・長岡】

上越線越後川口・小千谷の鉄道旅と、飯山線の地理・歴史、さらには新幹線の地震対策の歴史などについて、わかりやすく解説してゆきます!

越後川口→小千谷

前回は、主に魚沼市うおぬましの観光や地理などについてお話しました。

今回は、小出駅こいでえき(新潟県南魚沼市)を出て、越後川口駅えちごかわぐちえき長岡市ながおかし)・小千谷駅おぢやえき小千谷市おぢやし)・長岡・新潟方面へ向かってゆく行程となります!

上越線・浦佐→小出までの行程については、前回の記事をご覧ください

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ちなみに上越線の旅シリーズは、今回で最終回です!

​飯山線との分岐駅・越後川口駅

​​越後川口駅えちごかわぐちえきは、​上越線と​飯山線いいやませんが​分岐する駅です。
すなわち、​飯山線はここから​南下し、​長野県の​飯山いいやま方面へと向かう路線です。

​この地域は、​新潟県中越地震ちゅうえつじしんで大きな被害を受けましたが、​復興を果たしました。
したがって、​越後川口駅は、地域の​生活を支える​大切な拠点として機能しています。

飯山線ができた理由

​ちなちに、長野新潟をそれぞれ結ぶ飯山線は、単なる移動だけでなく「産業」「水運からの代替手段」のために作られました。

​もちろん、飯山線には長野方面への交通の便宜という目的もありました。
すなわち、信越本線(長野側)と上越線(新潟側)を結ぶことで、特に雪が厳しい内陸部の交通を便利にする目的もありました。

しかし、鉄道がまだ無かった昔は、大量の荷物を運ぶときには、舟に載せて川を進む方が効率がよかったのでした。
日本一長い信濃川も、その交通・物流には不可欠な、まさにメインルートでした。

そのため、飯山線は、この千曲川・信濃川沿いの開発を目的として、この近くの沿線でたくさん採れる農産物や木材を運んで、様々な地域へ販売して利益を挙げるために、私鉄の「飯山鉄道」としてスタートしました。

冬は雪で道が閉ざされるため、鉄道が唯一のライフラインだったのですね!

飯山線 当初の「反対運動」信濃川水運との競合

ちなみに飯山線が出来たとき、やはり他の地域と同じで、信濃川との水運競合したり、鉄道反対運動なども起きたのでした。

それはまるで、静岡県・山梨県の身延線みのぶせんにおける富士川舟運ふじかわしゅううんとの関係のようでした。

そこではまさに、身延線富士川の関係とそっくりなドラマが、信濃川千曲川)沿いでも繰り広げられていました。

まず​結論から言うと、「鉄道水運の激しい競争」があり、結果として鉄道が勝利を収めることで、川の歴史が大きく変わったのです。

​信濃川(千曲川)水運との対立

​かつて、長野十日町から新潟へと物資を運ぶ主役は、舟(舟運しゅううん)でした。
​すなわち、鉄道ができる前は、大量のお米や炭、木材などを運ぶためには、川を使うのが一番効率的でした。

​しかし、ここで鉄道という最大のライバルが襲来します。
飯山線(当時の飯山鉄道)が計画されると当然、川の仕事で生計を立てていた船頭せんどうさんたちは危機感を募らせてゆきました。
すなわち、「仕事が奪われる!」という強い反対や、既得権益を守ろうとする動きがあったのは事実です。

既得権益きとくけんえき:ある個人や団体が、以前から既に持っている権利利益のことです。

​鉄道が勝利した理由:雪とダム

これは​身延線のケースと非常に似ていますが、飯山線にはさらに「雪国ならでは」の事情がありました。

まずは、​冬の安定性を求めた結果です。
この地域の川は冬になると凍ったり、また水量が減ったりして、舟が動かせなくなるような時期があります。
しかし一方で、鉄道は(除雪さえすれば)一年中関係なく、物資を運べます。

​ダムの建設:これが決定打!

さらに、信濃川には発電用巨大なダム(例:西屋野ダムや宮中取水ダムなど)が建設されていくことになりました。

しかし、川にダムができると、もはや舟が通れなくなります
ダムは高さが何十メートルとあるような巨大な壁に等しいため、そんなところを大量の荷物を載せた舟が、まともに通れるはずもありませんよね。

したがって、

舟の代わりに鉄道を整備する

という形で、水運から鉄道への交代が進められたのです。

​反対運動と「駅の誘致」

もちろん当時は​鉄道そのものへの反対もありましたが、それ以上に激しかったのが、「駅をどこに置くか」という争い(我田引鉄がでんいんてつ)でした。

すなわち、​宿場町の没落を恐れるあまり、

鉄道が通ると、今までの宿場町が素通りされてしまうのではないか?

という恐怖から、宿場町による反対運動が起きることもありました。

​しかし一方で、中には

鉄道が来なければ、町が終わってしまう

と考えた地域もあり、そうした地域は多額の寄付金を出してまで、鉄道線路を呼び込んだというわけです。

2004年に起きた「新潟県中越地震」

新潟県中越地震は、当時、日本中に衝撃を与えた大きな地震です。
2004年(平成16年)10月23日に発生し、​震度7の激震となりました。

また、​山古志やまこし村において大規模な土砂崩れが発生し、道路が寸断され、多くの集落が孤立しました。
錦鯉の産地としても有名な山古志の方々が、ヘリコプターで全村避難した様子は、今も語り継がれています。

​また、この地震により走行中の上越新幹線脱線してしまいました。
しかし、奇跡的に死傷者は出なかったのでした。
この地震は、その後の鉄道の安全対策を大きく変えていくきっかけになりました。

脱線防止ガードとは?

ちなみに、脱線防止ガードとは、​地震などで列車が激しく揺れた際、車輪が線路から外れて大事故になるのを防ぐための「鉄のレール」のことです。

​すなわち、走っているレールのさらに内側に、もう一本低いレールが並んでいます。
そのため、見方によってはレールが二重になっているようにも見えます。

この仕組みによって、

  1. 地震で車輪がレールから外れて、車輪・車両が浮き上がりそうになっても、
  2. このガードが車輪の裏側(フランジ)といいますに「ガチッ」と当たることで、
  3. それ以上外側へ飛び出さないように食い止める

というわけです。

フランジ車輪の内側についている、直径が少し大きな「つば」のような部分のことです。
ここに引っ掛けることで、脱線を防ぐわけです。

この仕組みは、2004年の脱線事故を教訓に、現在は新幹線の多くの区間に設置されています。

脱線防止ガードは東海道新幹線にもある?

​もちろん、東海道新幹線にも強力な対策が施されています!

​まずは、脱線防止ガードの設置です。
東日本大震災以降、地震リスクに備えて大規模に設置が進められました。

次に、​逸脱防止ストッパです。
JR東海では、線路側のガードに加えて、車両側にも「ストッパ(金具)」を付けています。
これにより、万が一脱線しても、車両が線路から大きく「逸脱いつだつ」しないように、二重の対策をとっているのですね。

地震以来、脱線事故は減ったのか?

2004年の脱線事故をきっかけに、新幹線の安全対策は世界レベル進化しました!

まずは、先述の​脱線防止ガードです。
すなわち、線路の内側に「ガード」を設置し、もし脱線したとしても車両が大きく外へ飛び出さないようになりました。

また、​早期検知システムの導入です。
地震の揺れが来る数秒前に電気止め、自動的にブレーキをかけるというシステムが、さらに強化されました。

このように、現在では大きな揺れが起きても、致命的な脱線事故は激減しているわけです!

地震・火山・構造線の「深い関係」

2004年の中越地震と、この地域の火山の多さ、そして以前の記事でも解説したフォッサマグナは、密接に関係しています。

ここのセクションはややマニアックなので、事前に以下の記事をお読みいただくことをオススメします。

↓「構造線」や「フォッサマグナ」とは何か?について

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まず、柏崎千葉構造線という日本列島を縦に分断するかのような巨大な断層を含む巨大な溝・フォッサマグナの周辺は、日本列島が東から西へと(太平洋プレートによって)ギューッと押しつぶされているかのような場所です。
日本列島がまるで弓形のように曲がっている理由の一つも、これが要因です。

そして、​この列島が押し付ける力が限界に達して、地下にある巨大な岩盤が耐えきれずに「バキッ」と割れるのが地震です。

​また、先ほどお話しした通り、

  1. プレートが、日本列島を東から西へ押さえつける
  2. 地下深くへと、強引におさえつけられる
  3. おさえつけられ過ぎた地下の地面・岩盤は、限界を迎える
  4. 限界により「バキっ」と大地のズレが起きる
  5. 地震がおこる
  6. また、押さえつけられることにより摩擦熱が起こる
  7. この摩擦熱で、地下水があたためられる→温泉ができる
  8. プレートが運んできた水により、地下の岩盤の融点が下がる
  9. 岩が、融点を上回るハードルが下がって、ドロドロの液体と化す→マグマができる
  10. 大地の割れ目(柏崎千葉構造線)が地下にあることで、
  11. その割れ目のスキマから、マグマが地表へと上に上がってきやすくなります。
  12. これが「火山」の正体です。
  13. また、このスキマから上がってきた、熱せられた地下水が、温泉の正体です。
これだけプレート・地震・火山・温泉が多い国は、世界的にみても珍しいです。
外国人の皆さんも日本へ来てビックリするポイントです。

山古志村と錦鯉(にしきごい)

山古志村やまこしむらは、現在は長岡市の一部となっています。
​場所は新潟県のほぼ中央(中越地方)であり、長岡市小千谷市おぢやしに隣接する山間部にあります。

​また、山古志村の名物・錦鯉にしきごいは、観賞用に改良された、色鮮やかな模様を持つコイのことです。
山古志は「錦鯉発祥の地」として、世界的に有名ですよ!

山古志村に広がる棚田たなだや、ほうふな雪解け水を利用した養殖池が広がっている美しい景色は、まさに日本の原風景です。

小千谷市(おぢやし)の主要駅・小千谷駅

小千谷市のメイン駅は、まさしく「小千谷駅おぢやえき」です。
小千谷駅は上越線の主要駅の一つですが、かつてはここから「魚沼線うおぬません」という路線も出ていました。

また、ここは​街の中心であり、信濃川を挟んだ対岸に市街地が広がっています。
また、小千谷駅錦鯉や「へぎそば」で有名な小千谷の玄関口として親しまれています。

​小千谷市の概要

新潟県​​小千谷市おぢやしは、​新潟県の中越地方ちゅうえつちほうに位置し、さらには​上越線と​信濃川しなのがわが通るという、まさしに​歴史と​伝統の深い都市です。
また、​麻織物あさおりものである「​小千谷縮おぢやちぢみ」の発祥の地として、国の​重要無形文化財に指定されています。

​​麻織物あさおりものあさという植物の繊維を使って織られた布のことです。通気性が良く、夏物の衣服によく使われます。

​また、​闘牛ならぬ「​牛の角突つのがつ」という、​伝統的な行事が有名ですね。

したがって、​冬には​豪雪に閉ざされますが、その​雪解け水が​、米作りや​錦鯉にしきごいの​養殖を支えています。
まさしく、​雪国の​知恵と​文化が凝縮された、​魅力的な町であるといえるでしょう。

小千谷(おぢや)は難読地名?

​ちなみに「小千谷おぢや」という地名ですが、初見では「こちや」や「おちたに」と読んでしまう人も多く、難読地名の一つと言えますね!

ちなみに筆者は「こせんだに」と読んでしまいました…天然ボケのためご容赦ください(^^;)

千谷」を「ぢや」と読むのは珍しいので、鉄道ファンや旅行好きの間では有名です。

小千谷縮(おぢやちぢみ)とは

この地域の名物・小千谷縮おぢやちぢみは、​国の重要無形文化財にも指定されている、あさを使った織物おりもの(つまり、和服の一種類)です。

小千谷縮は、夏の味方としてよく機能します。
肌に触れる面積が少なく、風通しが良いたて、真夏でもサラッと涼しく着られます。

​牛の角突き(うしのつのつき)とは

これは​山古志小千谷で行われる、伝統的な「牛の闘い」のことです。
この戦いは、​勝ち負けをつけないことが大きな特徴です。
スペインの闘牛と違い、基本的には「引き分け」で終わらせるのがルールです。

牛を大切にする農耕文化から生まれたため、牛が傷つかないように、勢子せこと呼ばれる男たちが、命がけで仲裁に入ります。
本当に手に汗握る、ものすごい迫力ですよ!

​上越線の旅の終わり 宮内駅へ到着

上越線の​旅は、​宮内駅みやうちえきへの到着をもって、その​終着点を迎えます。
すなわち、​群馬県の​高崎駅から​上越国境を越えてきた​上越線は、ここで​信越本線しんえつほんせんと合流します。

宮内駅は​長岡市ながおかしにありますが、次の駅が​長岡駅であり、​長岡の​中心部への​玄関口となります。

​​信越本線しんえつほんせんとは、新潟県の直江津駅なおえつえきから宮内駅を経て、新潟駅までを結ぶ主要な鉄道路線のことです。

​したがって、​上越線に乗ってきた​旅人や​貨物は、ここで​信越本線へと引き継がれ、さらに​新潟の​中心部へと向かうことになります。

長い旅を終えて、​平野にたどり着いたという​達成感とともに、​新潟の​雄大な​景色が広がるのを感じられますね!

本当にお疲れ様でした!

おわりに・まとめ

​​上越線の​旅と​観光を学んでみて、いかがだったでしょうか。
​すなわち、​温泉地の概要から、​スキーリゾートの​栄枯盛衰えいこせいすい、そして​魚沼うおぬまの​美味しいお米まで、たくさんの​魅力を発見できました!

上越国境を越える​旅は、​厳しさと​美しさが同居する、​特別な体験になるはずです。
したがって、​豊かな自然と​鉄道が織りなす​ドラマを、実際に​体感しに、ぜひ​旅に出かけてみてください!

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