静岡県浜松市の南に広がる中田島砂丘について、「そもそも砂丘とは?」「どのように出来た?」などを、わかりやすく解説してゆきます!

中田島砂丘(静岡県浜松市)
中田島砂丘の知られざる魅力と不思議

中田島砂丘(静岡県浜松市)
静岡県浜松市の南に広がっている中田島砂丘について、面白くて興味深い様々なエピソードについてまとめてみまました!
すなわち、読み進めていくうちに、さらにこの砂丘への興味が湧いてくることでしょう!
中田島砂丘とは?
中田島砂丘は、静岡県浜松市のやや南側の太平洋(遠州灘)沿いにある砂丘です。
いわゆる日本三大砂丘の一つとしても知られていますね!
そこには広大な砂の景色が広がり、まるで異世界に迷い込んだかのようなワクワク感があります。
浜松市ってどんなところ?

中田島砂丘の存在する、楽器・音楽・バイク・出世の街:浜松市(静岡県浜松市)
中田島砂丘が存在する浜松市は、静岡県の西側に位置する、ものづくりがとっても盛んな都市ですね!
「出世の街」「音楽・ギョーザ・なんでもある!」
かつて、あの徳川家康が天下取りのための拠点とした浜松城があり、かつてその浜松城から江戸幕府の要職に就いたことから、「出世の街」としても知られす。
また、浜松市は楽器メーカーのヤマハやカワイ、バイクのスズキやホンダが生まれた場所です。
グルメでは、なんといっても「浜松餃子」や「ウナギ」が絶品で、お腹も心も満たされますね!
「なんでもある街・浜松」
すなわち、浜松市は
- ギョーザもある、うなぎもある
- 音楽・楽器とバイクの街
- アニメ「ゆるキャン△」もある
- 出世の街
- 日本一「暑い街」としての称号もある
- 中田島砂丘もある(今回紹介)
という、盛りだくさんの街でもあるのです!
浜松市については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

中田島砂丘の基本知識と地理
中田島砂丘は、どうやってできた?
中田島砂丘は、
- 天竜川から大量に運ばれてきた砂が、
- 遠州灘の海へと流れ込み、
- さらに南からの強い風と波によって、陸地へ押し戻されてきた
ということによって形成されました。
遠州灘:静岡県から愛知県にかけて広がる、太平洋の海のことです。
中田島砂丘が出来たプロセスなどについて詳しくは、後半に解説します。
遠州灘や同じく浜松市の名所である浜名湖などについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

砂丘と「砂漠」や「砂浜」の違いとは
砂丘と聞くと、砂漠を連想しがちですが、実はそもそものでき方が全然違うんですよ!
砂丘と砂漠の違い
まず砂丘は、風によって運ばれた砂が積み上がってできた、いわゆる「丘」のことです。
これに対して「砂漠」とは、雨が極端に少なくて、しかも植物がほとんど生えないような、乾いた(絶望的な)土地をいいます。
中田島砂丘や後述する鳥取砂丘などは、そもそも雨が降る(日本という)地帯にあるわけなので、砂漠とは言わないわけですね。
大きさのイメージは「砂漠 > 砂丘 > 砂浜」で正解?
大きさのイメージは、
と思ってもらって問題ないでしょう(もちろん広い世界のどこかには、例外もあるかもしれませんが)。
「砂漠」と「砂丘」「砂浜」では、そもそものスケールが全然違う
これらの大きさの捉え方は、実は「広さ」と「成り立ち」によっても少しイメージが変わってきますが、基本的にはほぼこのイメージ通りで間違いありません。
- まず砂漠は、国をまたぐほど広大なもの(サハラ砂漠など)があり、そもそものスケールが桁違いです。
- 一方で砂丘は、その「砂漠」の中の一部であったり、あるいは海岸沿いにできた「砂の丘」だったりします。
- 砂浜は、波が打ち寄せてくる「波打ち際」における、限られたスペースのことを指すことが多いですね。
とりあえずは「砂漠 > 砂丘 > 砂浜」と覚えよう(広さ・大きさ)
したがって、面積の広さでいえば、おおむね
- 砂漠 > 砂丘 > 砂浜
という順番でイメージするのが一番しっくり来ると思います。
あるいは、広い砂漠の中に、風で積み上がった大きな砂丘がいくつもある、という光景を想像すると分かりやすいでしょう。
したがって、日本にあるのは「砂漠」ではなく、すべて「砂丘」なんですね!
「砂丘(さきゅう)」と「砂浜(すなはま)」の違い
また、基本的には最も小さい「砂浜」は、波の力のよって砂が打ち上げられて出来た、平らな場所のことをいいます。
一方で砂丘は、
- そこからさらに、「風の力」によって大量の砂が内陸へ運ばれてきて、
- それによって盛り上がって出来た地形
のことをいいます。
つまり砂丘は、
- 砂浜よりも一段階(ワンステップ)高い場所にある、盛り上って出来た「砂の山」
のことだと考えると分かりやすいですね!
日本一大きな砂丘は、青森県の「猿ヶ森砂丘」
自衛隊の施設であるため、民間人は立入禁止!?
実は、日本で一番広い面積を持つ砂丘は、青森県にある下北半島の猿ヶ森砂丘になります。
つまり、青森県の北東(地図で言えば右上)にあたる太平洋側にある海岸線に、日本一の「砂丘」が横に広がっているというわけです。
しかし、ここには驚きの事実があります。
青森県・猿ヶ森砂丘のほとんどの敷地は、自衛隊・防衛装備庁の「下北試験場」になっています。
すなわち、ここは自衛隊が様々な訓練・試験などを行う場所となっているため、一般の人は立ち入ることができません。
防衛装備庁:日本を守るための自衛隊の装備品を、開発したりテストしたりする役所のことです。
安全のために、一般の人は入れないように管理されています。
このように、猿ヶ森砂丘は「幻の日本一」なんて呼ばれることもありますが、見られないのは少し残念ですね!
観光できる日本最大は、鳥取砂丘

民間人が観光可能な砂丘としては日本最大の、鳥取砂丘(鳥取県鳥取市)
では、一般の人が自由に入って観光できる砂丘として、日本最大はどこでしょうか。
結論から言うと、それは山陰・鳥取県にある、鳥取砂丘です!
鳥取砂丘は、観光可能な砂丘としては日本一の広さを誇ります。
また、鳥取砂丘においては、まるで砂の壁で出来たかのような「馬の背」と呼ばれる場所から眺める日本海の景色が、とても素晴らしいものとなっています。
鳥取砂丘については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

「日本三大砂丘」の一つ
このように、「日本一の砂丘に行きたい!」という旅行者の願いを叶えてくれるのは、まずこの「鳥取砂丘」ということになります。
しかし、今回お話しした中田島砂丘も、
- 鳥取砂丘
- 千葉県の、九十九里浜(または、鹿児島県の吹上浜)
と並んで、「日本三大砂丘」に数えられる名所です。
もちろんそれぞれの砂丘に違った魅力があるため、いつか全部制覇してみるのも楽しそうですね!
千葉県の九十九里浜については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

なぜ・どうやって「中田島砂丘」が出来た?
中田島砂丘に「砂丘」が出来るほど砂が多い理由
では、中田島砂丘に「砂丘」が出来るプロセスや、なぜあれだけの多くの砂が溜まるのか、あれだけ砂が多い理由について、さらに深く分析してゆきましょう。
- まず、諏訪湖をスタートした天竜川は、長野県→静岡県という高低差の激しい急峻な地形を下ってゆきます。
- 長野県においては、天竜川の左右(東西)に、標高3,000m前後にもおよぶアルプスの山々が立ち並びます。
- そのアルプスに降り積もった雪が溶けて、大量に「川」となって、それらの「雪解け水」が天竜川へと注ぎ、流れ込みます。
- 天竜川はそうした「アルプスの雪解け水」を吸収し、さらにパワーアップして南へと流れます。
- 南の静岡県方面へ流れるにつれ、天竜川はさらに物凄い勢い・高低差・水の量で下って(流れて)ゆきます。
- そのとき、非常にエグいほどの地面の削り方をしてゆき、大量の砂や土砂を下流に運んでゆきます。
- そして、それらの大量の砂が下流に溜まってゆき、海へ注ぎます。
- 大量の砂が海へ注いだ後は、「強い海風」によって陸地へ吹き付けられ、溜まってゆきます。
- こうして溜まっていった大量の砂は、中田島砂丘が出来るほどになってゆきます。
というわけです。

中田島砂丘を作るほどの大量の土砂を運ぶ、天竜川(飯田線より)(静岡県・長野県)
天竜川という川が持つ驚異的なエネルギーが、あの広大な砂丘を作り上げたんですね。
天竜川という、凄まじいパワーの源

天竜川に大量の雪解け水をもたらす、アルプスの山々(長野県)
天竜川の「雪溶け水」は、上流の長野県にある標高3,000メートル級の中央アルプス・南アルプスなどを水源にしています。
厳密には、天竜川の本当の源流は長野県の諏訪湖ですが、途中で左右にあるアルプスの「雪溶け水」が川となり、無数に天竜川へと流れ注ぎます。
天竜川に大量の「雪解け水」をもたらすアルプスの山々については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

天竜川の源流である諏訪湖については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

そして、
- 水を獲得しまくって、南へ流れるほどパワーアップしていく天竜川は、
- 非常に高低差のある急な斜面を、鉄道でいう飯田線のルートに沿って南へ流れてゆき、
- 「物凄い勢い」で駆け下りてくる
というわけです。
このように天竜川は、川の流れが地面や岩を削り取る力が、全国各地にある他の川と比べても、圧倒的に強いのです!
中央構造線の影響 モロい地形により、さらに削られやすくなる
また、中央構造線の影響もあります。
実は天竜川は、日本最大級の断層(岩盤のズレ)に沿って流れています。
中央構造線とは、かつて大昔、プレートに乗って移動(北上)してきた南の島が(元々あった)日本列島にぶつかったときに出来た、いわば日本列島の古傷です。
このように、中央構造線の断層はかつての日本列島の古傷であるため、岩がそもそもヒビが入っていたり、削られやすくモロい地層になっています。
そのため、岩がもろくなっていることから、水によって削られやすくなり、さらに「エグい地面の削り方」を加速させているんですよ。
中央構造線については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

鳥取・千代川の場合

鳥取砂丘を生み出す砂を運んできた、千代川(山陰本線)(鳥取県鳥取市)
これは鳥取砂丘を作り出した千代川にも同じことがいえます。
千代川はやや智頭急行線に沿って流れる川ですが、
- 中国山地という非常に急峻で高低差のある場所を、
- まるでジェットコースターのように下り流れてゆくため、
- 鳥取砂丘を作るほどの、大量の砂を削っては運ぶことができる
というわけですね。
千代川については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

大量の砂が砂丘になるまで
川が削り取った大量の土砂は、そのまま一気に下流へと運ばれてゆきます。
そして、
- 河口(すなわち、海に出てくる場所)まで運ばれてきた砂は、一度は海へと出てゆく
- しかし今度は、遠州灘に(南から北へ)吹き付けてくる強い波と風によって、
- 再び砂浜まで押し戻されてくる
これによって、砂丘ができるというわけです。
すなわち、天竜川が「海に対して砂を供給」し、さらには遠州灘の風が「砂を積み上げた」という、この自然の共同作業の結果こそが、中田島砂丘であるというわけですね!
中田島砂丘とウミガメ
ウミガメがやってくる生命の砂浜
実は、中田島砂丘は野生動物が卵を産む場所としても、非常に重要な場所となっています。
すなわち、絶滅危惧種にもなっているアカウミガメが、安全に卵を産むという「産卵」のために上陸してくるという、北限付近の重要な海岸となっています。
アカウミガメとは?天敵から逃れるため、日本までやって来て卵を産む
アカウミガメとは、全世界の熱帯から温帯の海に生息している、大きなウミガメです。
そんなウミガメにとって日本の沿岸は、北太平洋における唯一の産卵場所として、非常に重要な役割を持っています。
なぜ卵を産むためにわざわざ日本へやってくるのかというと、それは天敵から逃れるためです。
つまり赤ちゃんガメが天敵から逃れ、安全に育つためというわけですね。
毎年の夏になると、母ガメが砂丘の砂浜に穴を掘って、そこに卵を産み落とします。
海岸侵食により、ウミガメが安心して卵を埋める砂浜減少の危機
しかし後述するように、近年では海岸侵食によって砂浜が減少しているという悲しい現実もあります。
ちなみに海岸侵食とは、
- 波によって海岸の砂が削られてゆき、
- その結果として、陸地が狭まってしまう
という現象のことです。
このように砂浜がなくなっていくと、ウミガメが卵を産むための場所もなくなってしまいます。
したがって、美しい景色とウミガメの命を守るためにも、砂を補充する活動が行われているということは、とても素晴らしいことですね!
月明かりの下、砂浜をゆっくり歩くウミガメの姿を想像すると、なんだかロマンチックで感動してしまいますね。
砂が減りつつある中田島砂丘と、対策の取り組み
中田島砂丘や鳥取砂丘で「緑化」が進んでいるって本当?
実は、砂丘にとって「緑が増えること」は、必ずしも喜ばしいことではないんです!
意外に思われるかもしれませんが、砂丘の景観を守るために「除草(草抜き)」が行われています。
地理:実は「絶滅危惧」の砂丘?
中田島砂丘には、年々砂が減っているという切実な問題があるんですよ。
例えば防風林(つまり風を防ぐための林)から飛んできた松の種から芽が出たりして、元々あった砂地が、だんだんと緑に覆われつつあります。
天竜川からの砂が減った
ダムの建設などによって、そもそもの川から運ばれてくる「砂の量」が減ってしまいます。
それは、ダムによって、それまで川が運んできた砂・土砂もせき止められてしまい、下流部へ流れなくなってしまうためです。
これが続くと、中田島砂丘へ向かうべき砂がそもそも減ってしまい、砂丘の砂の減少につながってしまう要因となります。
また、砂丘自体が減っていってしまうという「海岸侵食」も深刻です。
すなわち、ダム建設や護岸工事の影響などによって、そもそも砂丘に対して供給されていく砂の量が激減しています。
また、波によって削られる侵食によって、海岸線が陸地側へ後退しているという現象も起きています。
外来種の植物による影響
一方で鳥取砂丘では、外来種の植物が広がって、砂丘が草原のようになってしまう問題が起きています。
外来種とは、もともとその土地にいなかったのに、人間などの活動によって他の場所から持ち込まれた生き物のことです。
この外来種は繁殖力が強いため、もともとの自然環境を変えてしまうことがあります。
風紋への影響
さらに「砂の量」が減ると、砂が動かなくなり、砂丘独特の美しい「風紋」が見られなくなってしまうんですね。
風紋とは、風によって砂の表面に作られる、波のような模様のことをいいます。
すなわち、砂丘に一定の風が吹くと現れるという、自然のアートのことです。
砂丘維持のための取り組み
本来の砂丘らしい景色を守るために、中田島砂丘においてはボランティアの人たちが一生懸命に草を抜いているのです!
したがって、ここでは「緑を増やす」のではなく、「砂を戻し、草を抑える」という活動が大切にされています。
今の景色を維持するために、行政やボランティアが「堆砂垣」と呼ばれる人工の壁のようなものを作って、風で飛んでいく砂を必死に止めているというわけです。
また、ダンプカーなどで砂を運び入れるという「養浜」という活動が必要にもなってきているわけです。
すなわち、私たちが目にする美しい風紋は、こうした守る努力の賜物なのですね!
中田島砂丘 映画やドラマのロケ地としての魅力
その独特で広大なロケーションから、中田島砂丘は多くの映像作品に登場しています。
映画やミュージックビデオの撮影で「砂漠」のシーンが必要なとき、よくここが選ばれます。
夕暮れ時になると、砂丘全体が黄金色に輝き、とてもロマンチックな雰囲気になります。
写真を撮るのが好きな人にとっては、ここはまさに最高のシャッターチャンスが溢れている場所ですね!
おわりに・まとめ
中田島砂丘の地理や歴史を学んでみて、いかがだったでしょうか。
天竜川が下流部へ運んできたたくさんの砂が、長い年月をかけてこの美しい砂の丘を作り上げたと思うと、一粒の砂さえ愛おしく感じますね!
背景にある物語を学ぶことで、訪れた時の感動はさらに大きなものになり、探訪の質がぐっと上がります。
この知識をもとに、次の観光では、この広大な砂の世界の旅が、より充実したものとなることでしょう!
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