大糸線の旅 糸魚川→白馬→信濃大町→松本【東北・日本海側の旅・番外編2】

大糸線の観光・地理・歴史について、わかりやすく解説しています!鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説しています!

  1. 大糸線で、白馬・信濃大町・松本方面へ
  2. 糸魚川から、大町・松本方面まで続く「大糸線」
    1. 姫川に沿って進む大糸線
      1. 姫川に由来するとされる、糸魚川の地名
    2. 飛騨山脈の東側を走る、大糸線
    3. 白馬岳など、スキー場の横を通る 大糸線
      1. 仁科三湖
    4. 立山アルペンルートの近くを通る、大糸線
    5. JR西日本から孤立した、大糸線における区間
      1. 北陸新幹線の開業により、第3セクターでの運営が増えたこと
      2. 「北海道&東日本パス」で旅行しているときには注意
    6. かつて昔、内陸まで「貴重な塩」を運んだ「塩の道」
      1. 「塩尻」の由来にも
    7. 大糸線の歴史 かつては「信濃鉄道」という民間会社が立ち上げた
      1. かつて松本から糸魚川にまで、鉄道を延ばしてやろうという気運が高まった
    8. 大糸線と並行して流れる「姫川」
      1. 大国主命との結婚エピソード
      2. 「こしのくに」とは
      3. ヌナカワヒメと姫川
      4. 大国主命と八上姫
      5. かつて タケミナカタが通った、大糸線の道
    9. 白馬村と、白馬連峰
      1. 川が運んだ土砂によって作られた、扇状地
      2. 山は急なほど、川の流れは速くなる
      3. 川の流れが速いほど、より多くの砂を運ぶ
      4. 「はくばだけ」ではなく「しろうまだけ」(白馬岳)
    10. 信濃大町 「立山黒部アルペンルート」への入口
      1. 立山黒部アルペンルートとは?
      2. 様々な乗り物を乗り継ぐ、立山黒部アルペンルート
      3. 地元民の足というよりは、むしろ観光ルートとしての役割が大きい
    11. 「黒部に怪我はない」 壮絶を極めた、黒部ダムの建設ヒストリー
      1. 工事現場が非常に山奥にあり、困難を極めた黒部ダムの建設
      2. 戦後の電力不足を解消するために作られた、黒部ダム
      3. ダムの水をエネルギーに変える、水力発電
      4. 「黒部に怪我はない」命がけの工事だった、黒部ダム
    12. 巨大な雪の壁「雪の大谷」
      1. 高さ20mにもなる、雪の大谷
      2. アルペンルートで最も雪が積もりやすい場所「大谷」
  3. 信濃大町から松本へ 松本に到着 東京へ帰還

大糸線で、白馬・信濃大町・松本方面へ

前回で、新潟駅から糸魚川駅いといがわえき(新潟県糸魚川市)に到着しました。

今回で、青森からスタートした東北・日本海側の旅ラストにしようかなと思っています。
ここまでついてきてくださった皆様、とても感謝です!

糸魚川からは、大糸線おおいとせん

  • 南小谷みなみおたり
  • 白馬はくば
  • 信濃大町しなのおおまち

そして長野県・松本方面へ向かいます。松本に着いたら、篠ノ井線・中央線などで東京へと帰還します。

大糸線の景色

大糸線の景色

糸魚川から、大町・松本方面まで続く「大糸線」

大糸線おおいとせんは、糸魚川を姫川ひめかわに沿ってずっと南下してゆき、

  • 南小谷駅みなみおたりえき(長野県北安曇郡小谷村)
  • 白馬駅はくばえき(長野県北安曇郡白馬村)
  • 信濃大町しなのおおまちえき(長野県大町市)
  • 豊科駅とよしなえき(長野県安曇野市)
  • 松本駅まつともえき(長野県松本市)

へと至る路線です。

大町市おおまちし糸魚川市いといがわしを結ぶので、大糸線おおいとせんと呼ばれるわけです。

なお、始点は松本駅、終点は糸魚川駅となっています。

姫川に沿って進む大糸線

大糸線は、糸魚川の名物「ヒスイ」で出来た宝物を身につけている女神であり、また出雲大社でおなじみの神様・大国主命おおくにぬしのお嫁さんである、ヌナカワヒメにゆかりある姫川ひめかわの横を通ります。

姫川(大糸線の車窓より)

姫川に由来するとされる、糸魚川の地名

糸魚川いといがわという地名の由来は、この「姫川ひめかわ」にあります(諸説あり)。
姫川は昔はさんざん荒れて氾濫してきて、周辺地域を困らせてきたため、厭う(いとう:嫌われる)ような川でした。

なので

厭い川いといがわ」→「糸魚川いといがわ

となっています。

似たようなネーミングの川に、東京の荒川あらかわがあります。
こちらも昔から散々荒れて氾濫し、人々を困らせてきた歴史があります。
そのため、

荒れる川」→「荒川

となっています。

飛騨山脈の東側を走る、大糸線

大糸線は、飛騨山脈ひださんみゃくの東側を通る路線でもあります。
また、前回紹介した糸魚川静岡構造線いといがわしずおかこうぞうせんや、フォッサマグナの西端を通ります。

糸魚川静岡構造線フォッサマグナについては、前回の記事でも解説していますので、ご覧ください。

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白馬岳など、スキー場の横を通る 大糸線

大糸線は、途中で白馬村はくばむらといった、スキー場も多い場所を通ります。

また、大糸線は、白馬岳しろうまだけ(「はくばだけ」とは読みません)などへの、登山者たちにとっての玄関口にもなっています。

仁科三湖

途中で仁科三湖にしなさんこと呼ばれる、

  • 青木湖あおきこ
  • 中綱湖なかつなこ
  • 木崎湖きざきこ

などを通ります。
余暇やリフレッシュを楽しむためのリゾート地としても人気がある場所です。

青木湖(大糸線の車窓より)

青木湖(大糸線の車窓より)

木崎湖(大糸線の車窓より)

木崎湖(大糸線の車窓より)

大糸線の景色

立山アルペンルートの近くを通る、大糸線

また、大糸線では立山黒部たてやまくろべアルペンルートの東の玄関口である、大町市おおまちしを通ります。

大糸線は、松本市の周辺地域においては、安曇野市あずみのしなど松本市へ近い街に住む人たちにとっての、通勤・通学のための路線としても機能しています。

JR西日本から孤立した、大糸線における区間

大糸線おおいとせん大半がJR東日本の管轄の区間ですが、北側の糸魚川駅~南小谷駅みなみおたりえきの区間は、JR西日本の管轄となっています

大糸線の途中にある、JR西日本とJR東日本の境界駅・南小谷駅(長野県北安曇郡小谷村)

大糸線の途中にある、JR西日本とJR東日本の境界駅・南小谷駅(長野県北安曇郡小谷村)

北端の糸魚川駅は、前回解説したえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインとの接続駅となっています。
また、南側(南小谷駅より南の区間)はJR東日本の区間との接続になっています。

したがって、他のJR西日本の路線との接続はなく、大糸線は、JR西日本からの孤立した路線が存在することとなってしまっています。
つまり、他のJR西日本の路線からは取り残されてしまった区間、というイメージです。

北陸新幹線の開業により、第3セクターでの運営が増えたこと

この理由は、2015年に北陸新幹線が金沢延伸(長野駅~金沢駅間で開業)したことにあります。
このことにより、

  • 北陸本線の金沢駅~糸魚川駅~直江津駅なおえつえき(新潟県上越市)

の区間が、前回も解説した通り

  • えちごトキめき鉄道・日本海ひすいライン

として、つまり第三セクターの経営として改められたためです

ではなぜえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインに変わったのかについては、前回の記事でわかりやすく解説していますので、ご覧ください。

「北海道&東日本パス」で旅行しているときには注意

この時に注意したいのが、「北海道&東日本パス」で旅行しているときです。

例えば、松本から大糸線で(北の)糸魚川まで向かうときに、南小谷駅からは別途きっぷを購入しなければなりません
なぜなら、ここ(南小谷~糸魚川)はJR西日本の区間であり、JR北海道とJR東日本の区間のみでの乗車可能となる「北海道&東日本パス」では乗れない区間になるからです。

ここは充分に念頭に入れておくとよいでしょう。

かつて昔、内陸まで「貴重な塩」を運んだ「塩の道」

大糸線おおいとせんは、かつて昔の人々が内陸部にまで塩を運んだ、千国街道ちくにかいどうに沿っています。
これは昔の人が、徒歩または馬で、何日も何日もかけてはるばると越えていた道です。

この千国街道ちくにかいどうは、かつては「塩の道」と呼ばれてきたのでした。
海のない(長野県などの)内陸部には塩がないため、日本海側から、塩のない内陸部のために、貴重な塩を運んでやってきていたわけです。

これはかつてユーラシア大陸で、昔の人々がきぬ(シルク)を運んだ、シルクロードと似ていますね。

「塩尻」の由来にも

「塩の道」に沿って塩をずっと売っていくと、内陸部に到達したあたりで塩の在庫が途切れてしまっていたのでした。
そのため、その塩が途切れてしまった場所のことを、昔の人は塩尻しおじり と呼んだのでした。

これが長野県塩尻市しおじりしの由来になっています。
また、長野県上田市うえだしにも塩尻という地名が残っています。

大糸線の歴史 かつては「信濃鉄道」という民間会社が立ち上げた

松本駅~信濃大町駅までの区間は、かつて明治時代に信濃鉄道しなのてつどうという民間の鉄道会社により、線路を敷いてゆき開業したのでした。

ただし信濃鉄道は、現在の第三セクター線である「しなの鉄道」とは無関係です。

かつて松本から糸魚川にまで、鉄道を延ばしてやろうという気運が高まった

これは、中央線篠ノ井線しののいせんの開通が大きいです。
明治時代になって日本でも鉄道がひらかれて、中央線と篠ノ井線が開通してからは、東京から長野へのアクセスが飛躍的に向上しました。

こうなると、

糸魚川(日本海側)まで鉄道を通してやろう!

という国の雰囲気(機運)がどんどんあがってゆくことになります。
こうして北の糸魚川まで線路が延ばされたのが、大糸線のはじまりになります。

このようにして、松本駅~糸魚川駅の区間が全通して現在の「大糸線」となったのは、1957年のことになります。

大糸線と並行して流れる「姫川」

大糸線おおいとせんは、特に北側は姫川ひめかわに沿って走る路線です。

大国主命との結婚エピソード

姫川については、日本の古~い歴史書である古事記こじき出雲国風土記いずものくふどきといった史料には、以下のように記されています。

  1. かつて、高志国こしのくに越国のこと。現在の北陸地方)を治めていた強い者たちの集団・豪族の娘である、奴奈川姫ヌナカワヒメ)に対して、
  2. 島根県・出雲大社いずもたいしゃの神様である大国主命おおくにぬしこと八千矛神やちほこのかみが、
  3. このヌナカワヒメに対して一目惚れして、
  4. 出雲・島根県からはるばるとやってきて、求婚しに来た

という神話エピソードが残されているのです。

「こしのくに」とは

越国こしのくにとは、大昔の新潟県・富山県・福井県にあたる地域のことです。

これらは後に3つに分割されて、京都に近い順に

  • 越前国えちぜんのくに(福井県)」
  • 越中国えっちゅうのくに(富山県)」
  • 越後国えちごのくに(新潟県)」

に分けられています

しかし、同じ北陸地方の石川県は「加賀国かがのくに」であり、なぜか「越」ではありません。

昔は、例えば

筑紫国つくしのくに(福岡県)→

  • 筑前国ちくぜんのくに
  • 筑後国ちくごのくに

吉備国きびのくに」→

  • 備前国びぜんのくに(岡山市あたり)」
  • 備中国びっちゅうのくに(倉敷市あたり)」
  • 備後国びんごのくに(広島県福山市あたり)」

などのように、勢力を削ぐために国を分割する、ということがよくありました。

八千矛やちほこは、大国主命おおくにぬしのことです。
詳しくは、こちらの記事(当サイト)でも解説していますので、ご覧ください。

ヌナカワヒメと姫川

この大国主命(オオクニヌシ)のお嫁さん・奴奈川姫(ヌナカワヒメ)こそが、まさしくこの「姫川ひめかわ」の名の由来とされています。

ヌナカワヒメは、糸魚川の名物「ヒスイ」のアクセサリーを身につけていた、という伝説があるそうなのです。

つまり姫川は、大国主命のお嫁さん・ヌナカワヒメにゆかりある川、ということですね。

大国主命と八上姫

ちなみに勘が鋭い人は「大国主命の本命はヤカミヒメでは?」と思った人もいるかもしれません。当時は一夫多妻制?だったのかもですね。

大国主命(オオクニヌシ)は、サメに襲われて泣いていた因幡の白兎いなばのしろうさぎを助けたというエピソードがよく知られています。
ヤカミヒメは、その大国主命の優しさの噂を聞きつけ、求婚・結婚したのです。
この大国主命の結婚のエピソードもあり、出雲大社は縁結びの神社とされているわけです。

また、大国主命とヌナカワヒメという、二人の神様との間に生まれた子が、まさしく上諏訪かみすわの神様・建御名方神タケミナカタ)です。

タケミナカタは、諏訪大社すわのたいしゃでまつられる軍神であり、男性の神様です。

タケミナカタについての詳細は、以下の記事でもわかりやすく解説していますので、ご覧ください。

中央線鉄道唱歌 第32番 軍神・タケミナカタの鎮座する、諏訪大社の上社
中央線鉄道唱歌の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます!諏訪の軍神・タケミナカタについて、やさしく解説してゆきます!↓まずは原文から!建見名方たけみなかたの神靈しんれいは神宮寺じぐじの里さとの上社かみやしろ日本第一にっぽんだいいち軍神ぐんしん...

ちなみにタケミナカタは、

  1. 「大国主命の国譲くにゆずり」の戦いにおいて、
  2. 大国主命側が天照大神(アマテラスオオカミ)に負けたとき、
  3. 姫川を登っていって、諏訪すわに入った

との伝承もあります。

かつて タケミナカタが通った、大糸線の道

つまり大糸線は、かつてタケミナカタという神様が通った道、ということでもあるわけですね。
そして先述の通り、大昔、塩のない内陸部に対して、人々が必死の思いで塩を運んでいたという道でもあるのです。

そう考えると、大糸線の旅はちょっ面白くなるというような気がしますね。

白馬村と、白馬連峰

大糸線の途中には、白馬村はくばむらがあります。

白馬村はくばむらにおいては、白馬連峰はくばれんぽうの山の上から流れてくる複数の川である

  • 松川まつかわ
  • 平川ひらかわ

が平地(扇状地)を作り上げています。

川が運んだ土砂によって作られた、扇状地

扇状地せんじょうちとは、川が運んできた土や砂が、流れがゆるやかな下流部において積み重なることで、出来た地形・平野です。
川は下流部にいけばいくほど、流れがゆるやかにります。
そのため、ゆるやかになったタイミングで土や砂が積み重なりやすく、そこに扇形の平野を形成する、というわけです。

白馬村は、松川・平川といった町を流れる複数の川が運んできた土や砂によって、できた平地(扇状地)の上にある村だというわけです。
そして、白馬村が存在している平坦な盆地を、白馬盆地といいます。

山は急なほど、川の流れは速くなる

これは、川の周辺が白馬岳しろうまだけ(標高2,932m)を始めとする、標高2,000 mを超える山々が連なる地域になります。
そのため、そんな非常に流れが急な場所を流れることが理由として挙げられます。

つまり、これらの川は険しい山々の傾斜に沿って流れるため、川の勢いやスピードが凄くなります

川の流れが速いほど、より多くの砂を運ぶ

このように、

  1. 川の流れが凄まじいほど、
  2. 水が地面を削りやすくなり、
  3. そのときに、多くの土や砂(土砂)が作られる

というわけです。そして、

  1. その土や砂を、川が大量に運ぶことで、
  2. 流れがゆるやかになる下流部で、土や砂が溜まりやすくなり、
  3. 扇状地が作られやすくなる

というわけです

「はくばだけ」ではなく「しろうまだけ」(白馬岳)

ちなみに白馬岳は「はくばだけ」ではありません。「しろうまだけ」と読みます。

連峰れんぽうとは、複数の山々が連なっていることを意味します。

白馬連峰はくばれんぽうには、長野県歌「信濃の国」でも歌われている、乗鞍岳のりくらだけもあります。

信濃大町 「立山黒部アルペンルート」への入口

信濃大町駅しなのおおまちえき(長野県大町市)は、

  1. 飛騨山脈の一部・立山連峰たてやまれんぽうを越えて、
  2. はるか富山県へと至る

という「立山黒部アルペンルート」へのスタート地点にもなっています。

立山黒部アルペンルートとは?

ここで立山黒部たてやまくろべアルペンルートは、

  • 富山県・立山町の立山駅たてやまえき
  • 長野県大町市おおまちし扇沢駅おおぎさわえき

とを結ぶルートです。

1970年にこの名前がつけられ、1971年に全ての路線ルートが開通しました。

様々な乗り物を乗り継ぐ、立山黒部アルペンルート

そしてルート内の交通機関としては、以下のようなものがあります。

  • 信濃大町駅(標高712m)~扇沢駅(標高1,433m):路線バス約25km
  • 扇沢駅~黒部ダム(標高1,470m):黒部ダムを建設するために造られたトンネルを走る「電気バス
  • 黒部ダム~黒部湖(標高1,455m):日本で一番の高さを誇る「黒部ダム」の堤防の上の、徒歩での移動
  • 黒部湖~黒部平(標高1,828m):全ての区間が地下を走るケーブルカー
  • 黒部平~大観峰だいかんぼう(標高2,316m):立山連峰(連なる山々)の景観を眺めることができる、「立山ロープウェイ

※この後、立山たてやま(標高3,015)の真下を、トロリーバスでくぐります。
そこからさらに、富山県側に至るまで、まだまだ続きます!

などなど、様々な乗り物や移動手段を駆使して、また乗り継いで富山県~長野県の県境を越えます。
北アルプス(飛騨山脈)を越える、というのがもはや既に凄いですよね。
料金は、全てを乗り倒すと片道1万円ほどかかります。

また、このルートは4月~11月の期間のみなので、注意しましょう。必ずネット等で時期をご確認願います。

立山黒部アルペンルートの最高地点は、室堂むろどうという、人々にとっての山の上の登山拠点であり、標高2,450mになります。

地元民の足というよりは、むしろ観光ルートとしての役割が大きい

立山黒部アルペンルートは、先述のとおり、片道約1万円と高額になっています。
これは立山の自然保護の観点などから、このような設定となっています。

そのため、確かに長野県~富山県をまっすぐに結ぶショートカットのようには見えますが、実際には多くの乗り物を乗り継ぐ上に、時間がとてもかかり、高額となります
このことから、地元民の移動手段として利用されることはあまり少なく、どちらかというと「黒部ダム」や「立山」を観光するための観光ルート」としての用途・性格が強いといえます。

そのため実際に、立山黒部アルペンルートの利用者の大半は、観光を目的とする県外からの観光客がメインとなります。

「黒部に怪我はない」 壮絶を極めた、黒部ダムの建設ヒストリー

扇沢おおぎざわ~黒部ダムまでの区間は、かつて昔に黒部ダムを建設するための資材を運搬のために建設されたものです

工事現場が非常に山奥にあり、困難を極めた黒部ダムの建設

黒部ダムは、標高1,470mのとても険しい山岳地帯にあります。
そのため、人の手だけで(ダムを作るための部品である)資材を運ぶのにはとても苦労することでした。
なので運搬する車両などが通れるように、トンネルを昔の人々が命懸けで掘ったのでした。

そして、それらのトンネルは黒部ダム完成後になって、現代では一般の旅客の観光向けに開放されている、というわけです。

戦後の電力不足を解消するために作られた、黒部ダム

黒部ダムは、元々は戦後に、関西地方の電力不足を解消するために作られたダムです。

戦後になって日本の経済が高度に成長してゆくと、人口が爆発的に増加してゆきます。
人口増加して家がたくさん増えると、電力がどんどん足りなくなってゆきます
こうなると停電なども当たり前、という感じになってゆきます。

ダムの水をエネルギーに変える、水力発電

しかし、それではいくらなんでもマズいため、そこで考えられたのが、ダムの水を利用した水力発電です。
つまり、ダムから水が大量に落ちてくるときのエネルギーを利用して、それを電気に変えてやろう、というわけです。

「黒部に怪我はない」命がけの工事だった、黒部ダム

しかし、山奥でこんなダムを建設するというのは本当に大変なことだったのでした。
そのため、工事中に事故で亡くなった人も多く存在したのでした。

山奥にある黒部ダムを作るのに、昔の人々は命懸けでダムを作ったため、「黒部に怪我はない」という言葉が生まれました。
これは、黒部で怪我をしないというわけでは決してなくて、黒部でひとたび事故をすると「怪我では済まずに死んでしまう」ことを意味する、というわけでした。

昔の人々の努力や犠牲のもとに黒部ダムは完成し、人々の電力不足や水不足を改善してきたのだということがわかります。

巨大な雪の壁「雪の大谷」

立山黒部アルペンルートの最高地点(標高2450m)かつ登山の拠点として、室堂むろどうという地域があることは、先述の通りです。

その室堂の4月~6月の期間にかけての観光として「雪の大谷ゆきのおおたに」というものがあります。

高さ20mにもなる、雪の大谷

雪の大谷ゆきのおおたには室堂からふもとの方へ歩いたところにあり、15m~20mにもおよぶ巨大な雪の壁を、周辺に囲まれて目にすることができます。

ウルトラマン(身長40m)が「雪の大谷」を歩くと、ウルトラマンの上半身のみが、雪の壁から突き出る程の大きさですね(←何の例え?)。

室堂のあたりには3月にかけて「吹き溜まり」が起きて大量の雪が降り積もるため、巨大な雪の壁ができます。

アルペンルートで最も雪が積もりやすい場所「大谷」

ここ・大谷はアルペンルートで最も雪が積もり上がりやすい場所ということになります。

そこから徐々に雪を取り除いていって、人が通れるようにして、4月から観光できるようにしたものが、雪の大谷というわけですね。

雪の大谷は、雪による巨大な壁であり、雪の降ることの少ない東南アジアからの観光客からとても人気があるということです。

信濃大町から松本へ 松本に到着 東京へ帰還

話がだいぶズレましたが、信濃大町からはさらに南下して、豊科駅とよしなえきから松本駅まつもとえき(長野県松本市)に着きます。
松本駅からは、篠ノ井線・中央線などを経由して、東京へと戻ります。

青森のスタートから、最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました!

このシリーズはここまでです。
次回からはまた別の話題となります。

お疲れさまでした!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「旅行初心者に教える」ことを目的として書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

この記事が良いと思った方は、よかったら次の記事・前回の記事も見てくださいね!

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