まずは原文から!
若葉(わかば)紅葉(もみじ)によしときく
伊香保(いかほ)の温泉(おんせん)榛名山(はるなさん)
高崎(たかさき)よりは程(ほど)ちかし
避暑(ひしょ)にも人のゆくところ
さらに読みやすく!
若葉(わかば)紅葉(もみじ)によしときく
伊香保(いかほ)の温泉(おんせん)榛名山(はるなさん)
高崎(たかさき)よりは程(ほど)ちかし
避暑(ひしょ)にも人のゆくところ
さあ、歌ってみよう!
♪わーかばもみじに よしときくー
♪いかほのおんせん はるなさんー
♪たかさきよーりは ほどちかしー
♪ひしょにもひとの ゆくところー
(両毛線)
高崎駅→新前橋駅→前橋駅→伊勢崎駅→桐生駅→足利駅→(至・小山駅)
※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ表記
群馬県はとにかく温泉が有名な場所です。
その最たるものに、
伊香保温泉(いかほおんせん)
草津温泉(くさつおんせん)
万座温泉(まんざおんせん)
水上温泉(みなかみおんせん)
磯部温泉(いそべおんせん)
などがあります。
これらは、デューク・エイシスの1960年代の曲「いい湯だな」の群馬県バージョンに登場します(磯部温泉を除く)。
このうち、「草津温泉」は、ザ・ドリフターズの曲「いい湯だな」の全国版にも登場します。
なぜ群馬県がこれだけの温泉に恵まれているのかというと、榛名山(はるなさん)や赤城山(あかぎやま)という火山に恵まれているからです。
火山は、歴史的にその噴火によって人々に甚大な被害をもたらしてきたことは周知の事実です。
しかし、その一方で「温泉」という自然の恵みももたらしてきました。
温泉は古くから、今ほど医学や薬が発達していなかった時代に怪我や病気を直すために使われてきました(これを「湯浴み(ゆあみ)」といいます)。
また、豊臣秀吉や徳川家康など、歴史上の偉人達は無類の温泉好きで、豊臣秀吉は兵庫県の有馬温泉(ありまおんせん)に、徳川家康は静岡県の熱海温泉(あたみおんせん)に足繁く(あししげく)通っていたといいます。
伊香保温泉(いかほおんせん)は榛名山(はるなさん)の中腹にあり、標高は700mあるため、夏は涼しく避暑地としても知られます。
榛名山は標高1,449mです。
伊香保温泉は、1575年に織田信長と武田勝頼が戦った「長篠の戦い(ながしののたたかい)」で、武田勝頼が負傷した部下を癒すために伊香保温泉を利用したと言われています。
長篠の戦いは、織田信長が「鉄砲」という当時としては「常識外れ」かつ「斬新すぎる」武器を使い、当時とても強かったはずの武田勝頼の騎馬隊を粉砕してしまいました。
武田勝頼(かつより)はあの戦国最強と呼ばれた武田信玄(しんげん)の息子ですが、この長篠の戦いで惨敗した後に急速に衰退し、最期は山梨県の東部にある「天目山(てんもくざん)」という険しい山に織田軍によって追い詰められ、悲劇の自害を果たしています。
榛名山(はるなさん)は、赤城山(あかぎさん)や妙義山(みょうぎさん)とともに上毛三山(じょうもうさんせん)といわれます。
伊香保温泉は、標高700mという東京スカイツリー(634m)よりも高い場所にあるため、夏でもちょっと涼しいです。歌詞にも「避暑にも人のゆくところ」とあり、高崎にも近い夏の涼しさを味わう場所としても抜群です。伊香保温泉は上越線・渋川駅(しぶかわえき、群馬県渋川市)からバスで約20分~30分ほどで着くことができ、また石段街(いしだんがい)が特に観光地として有名です。石段街には街中に石でできた風情ある階段があり、その階段の周辺に和風のお店が立ち並び、ここに多くの観光客の方々が集まるイメージです。
次は、群馬県の魅力の1つである、養蚕(ようさん)や生糸(きいと)、織物(おりもの)の解説をします!
注意
この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
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