【静岡東部】【沼津】狩野川は、なぜ北へ流れ、西へUターンする川なのか?わかりやすく解説!

静岡県東部を流れる狩野川(かのがわ)について、なぜ北へ流れ、西へUターンして駿河湾へ注ぐのか?わかりやすく解説してゆきます!

今回は、狩野川についての話題

狩野川(静岡県沼津市)

狩野川(静岡県沼津市)

今回は、静岡県東部を流れる、狩野川かのがわ地理歴史について、深く掘り下げていきましょう!

この川は、日本でも珍しい「北へ流れる川」として知られています。
しかし、その裏にはプレートの衝突や、富士山溶岩流などといった、壮大な地球のドラマが隠されているわけです。
このように、狩野川の成り立ちを知ってから眺めるのでは、景色が全く違って見えてくるはずです!
これらを学ぶことで、今後の観光旅行、そして歴史探訪が、今よりもっと奥深く、そして面白いものになることでしょう。

狩野川より(静岡県沼津市)

狩野川とは

香貫山のふもとを流れる狩野川(静岡県沼津市)

香貫山(かぬきやま)のふもとを流れる狩野川(静岡県沼津市)

狩野川かのがわは、静岡県の伊豆半島を流れる、一級河川いっきゅうかせんになります。

一級河川とは何か?については、こちら(当サイト)でも解説していますので、ご覧ください。

日本でも珍しい「北向き」に流れる川

​日本の川は、太平洋側であれば基本的には南に向かって流れるものが多いといえます。
しかし、狩野川の場合は伊豆半島の天城山あまぎさんから、なんと北に向かって流れています。

天城山あまぎさん:伊豆半島の中央にあるたくさんの火山たちの総称です。

天城山については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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したがって、狩野川はまるで富士山へと向かって進むかのような、まるで不思議な景色が見られるというわけです。
そして、狩野川は最終的には沼津市ぬまづし付近で向きを変え南西へとUターンして、最終的には駿河湾するがわんに注ぎます。

駿河湾するがわん:静岡県にある、日本で一番深い湾のことです。
富士山を望む絶景と、豊かな海の幸が魅力ですね。

駿河湾については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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北へ流れUターンする狩野川 徹底分析!

狩野川が「北」へ流れる理由

​実は、狩野川が北へ流れるのは、伊豆半島がたどってきた、ダイナミックな地球の歴史が関係しています。

​プレートの衝突と盛り上がり

伊豆半島は、もともと南の海にあった「」でした。
それがプレートに乗っかって島が移動・北上してきて、やがて本州にドーンと衝突したわけです。

そのときの凄まじい力で本州が押さえたけられ、地面が盛り上がってゆき「山」となり、天城山あまぎさんという高い山ができたのでした。
これは、まるで二つの「ねん土」を押さえつけると、真ん中が盛り上がっていくようなイメージです。
このようにして、(狩野川の源流である)天城山が出来たわけですね。

​出口が北しかなかった

また、天城山から湧き上がって出た水は、当たり前ですが重力にしたがって、高いところから低いところへ流れてゆきます。
しかし狩野川の場合は、太平洋側の南ではなく、富士山側の「北」となったのです。

というのも、このとき天城山の南・東・西三方向は、既にすべて高い山々に囲まれ塞がれてしまっており、南へは流れられないような構造になっていたのでした。
そのため、狩野川は仕方なく(?)、唯一開けていた北側の平野である、田方平野たがたへいやに向かって進むしかなかったわけですね。

田方平野たがたへいや伊豆半島の付け根~真ん中あたりに広がる平らな土地のことです。
伊豆長岡いずながおかの町があり、伊豆箱根鉄道駿豆線すんずせんが通る平野でもあります。

富士山の「壁」

このようにして、狩野川が伊豆半島をさらに北へと進むと、今度は富士山箱根山から(大昔に)流れてきた溶岩土砂が、まるで巨大な「壁」のようにドーンと立ちはだかっていました。

狩野川はそんな大地の巨大な壁に行く手を阻まれたため、仕方なく沼津ぬまづのあたりで西にグイッと曲がって、駿河湾へと流れ込む形になった、というわけです。

沼津市街地を流れる狩野川(静岡県沼津市)

沼津市街地を流れる狩野川(静岡県沼津市)

狩野川と三島溶岩流の関係 徹底分析!

狩野川の北へ立ちはだかった三島溶岩流

​また、三島みしまとやや北の長泉ながいずみのあたりには、約1万年前の富士山大噴火によって南へと流れてきた三島溶岩みしまようがんが、まるで「ぶ厚い壁」のように横たわっています。

すなわち、この大地の「分厚い壁」こそが、​狩野川の進路を横に曲げて、南西へUターンする要因に他ならないというわけです!

​富士山の溶岩が「フタ」をした

先述の通り、​伊豆半島の真ん中あたりから北へ北へと流れてきた狩野川は、三島みしま付近で、先述の(富士山から流れてきた)巨大な溶岩流のカタマリにぶつかりました。

そして、この大地に横たわる溶岩流が、川にとってはまるで「巨大なダムの壁」のように立ちはだかったため、狩野川はもはやそれ以上、北(例えば御殿場方面)へとは進むことができなくなったというわけです。

三島で​逃げ場を失い、西へと曲がった

このように、​北への道を塞がれた狩野川は、まるで消去法のようにして、もはな流れを南西へ向きを変えるしかありませんでした。

したがって、現在の狩野川は、三島みしま長泉ながいずみの(溶岩がたっぷり地下に眠っている)地帯を避けるように大きくカーブして、駿河湾へと流れ込んでいるというわけです。

狩野川と箱根の山々との関係についても分析!

​なぜ狩野川が熱海方面へ行けなかったのか

ちなみに、なぜ狩野川熱海方面へ行けなかったのか、その理由をさらに詳しく紐解いてみましょう!

いやいや、別に西へ流れなくても、東の熱海方面でもいいじゃん?

って思いますよね。

​巨大な「箱根・丹那(たんな)」の壁

伊豆半島の東側には、箱根山はこねやまやその南に続く丹那山地たんなさんちが連なっています。
まずこの山々がドーンと存在していることが、狩野川が「東へと行けない」理由の1つとなっています。

これらの山々は非常に険しく高いため、天城山から流れてきた水が、たとえ東の熱海方面(つまり相模湾さがみわん側)へ抜けようとしても、この巨大な「自然の壁」によって跳ね返されてしまったのです。

​「分水嶺(ぶんすいれい)」の存在

また、​熱海函南かんなみの間には、水が流れる方向を分けている境界線があります。
これを分水嶺ぶんすいれいと呼びます。

  • 東側(熱海側): 急斜面を一気に下って、神奈川県の相模湾さがみわんへ。
  • 西側(函南・三島側): 狩野川に合流して駿河湾へ。

分水嶺ぶんすいれい:例えば山の一番高いところなど、雨水が「異なる別の方向」へと分かれて流れ出す境界線のことです。
この「分水嶺」を境にして、水が「どちらの海へ向かうか」が決まるという、まさに運命の「分かれ道」というわけですね。

​このように境界線がはっきり分かれているため、狩野川の水の流れは熱海側へ入り込むことができなかったわけですね。

​富士山や箱根山から、溶岩や土砂が流れてきた時期は?

箱根山の活動(約50万年前〜現在)

また、箱根山富士山よりもずっと歴史が古い山です。
すなわち、富士山の年齢が10万歳ならば(富士山はかなり若い山なのです)、箱根山約40〜50万歳という、比較的歳を取った山ということになります。

  • 箱根山(約40〜50万歳): 長い時間をかけて噴火を繰り返してきており、何度も山が「崩れる」「新しくできる」を繰り返してきました。
  • 富士山(約10万歳): 比較的「若くて元気な山」で、大量の溶岩を山の周りへと噴き出してきたことで、あの美しい円錐形のシェイプを作り上げました。

※ちなみに地球約46億歳です。そのため、富士山の10万年という年齢は、地球規模からしたら本当に短い期間なのです。

そのため、箱根山富士山よりも、かなり早い段階から狩野川の東側に「」を作っていました。

​富士山の決定的な溶岩(約1万年前)

狩野川が北へ進むのを阻止し、西へ曲げた最大の原因が、約1万年前に富士山から流れてきた「三島溶岩みしまようがん」です。

すなわち、

  1. ​約1万年前に、富士火山の活動によって、
  2. 大量の溶岩が今の御殿場ごてんばを通り、
  3. 三島沼津のあたりまで、約40kmも流れ南へ下ってきた

というわけです。

したがって、

  1. この時に「溶岩の巨大な堤防」が完成し、
  2. 北上していた狩野川は「行き止まり」になってしまい、
  3. 南西の駿河湾へと向かうしかなくなった

というわけです。

見た目の違いも「年齢」のせい?

余談ですが、富士山があんなに(他の山と比べて)きれいな形をしているのは、まだ山としての年齢が若いためです。
すなわち、噴火で積もった土砂が、長年の雨風などによって削られていないからです。
一方、多くの山々は、何百万年という非常に長い年月をかけて、雨や風などで体が削られてゆくことで、歳をとるごとに山のシャープな美しさも失われていくわけです。

箱根山の場合も、長い年月の間に

  • 大きな噴火によって、山が陥没してしまったり、
  • 雨風で削られたり

などしていっため、真ん中がくぼんだ「カルデラ」という複雑な形になりました。

カルデラ大噴火のあと、地下のマグマがなくなって、地面がポッカリと大きく凹んでしまった地形のことです。
箱根芦ノ湖あしのこなどは、この凹みに水が溜まってできたものですね!

箱根芦ノ湖については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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箱根山と​富士山 年齢早見表(イメージ)

​もしこれらの二つの山を人間で例えるなら、こんなイメージかもしれません。

  • 箱根山: 50代のベテラン(経験豊富で渋い!)
  • 富士山: 10代の若者(若々しくて形がきれい!)

すなわち、

  1. 箱根おじいちゃんが先に噴火で「壁」を作って待っていたところに、
  2. 若い富士山が誕生して、噴火によって溶岩を流し、
  3. 狩野川の行く手を、完全に塞いでしまった

…というストーリーが見えてきますね。

​このように、山の年齢を知ると、なぜ狩野川が今の複雑なルートを流れているのかについて、より納得感が増してきませんか?(^^)

おわりに・まとめ

​さて、狩野川かのがわの地理や歴史を学んでみて、いかがだったでしょうか。
天城山あまぎさんからの清らかな流れを一万年前に富士山が流した溶岩が劇的に変えてしまったというお話には、自然の持つ凄まじいエネルギーを感じますよね。

これらを学ぶことで、次にこの地を訪れる際の観光旅行探訪が、これまで以上により重みのある、特別な体験へと変わるはずです!

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