さまざまな「鉄道の名曲」について、明治時代から現代に至るまでの多種多様な歌・曲などを、基本からわかりやすく解説してゆきます!
鉄道の名曲ガイド 今回はたくさんの名曲を紹介!
今回は、「鉄道の名曲」として、明治時代から現代に至るまでの様々な歌・曲などを紹介してゆきます!
鉄道の名曲「高原列車は行く」
まず、最初の鉄道の名曲は、「高原列車は行く」ですね。
この曲は岡本敦郎さんが歌い、古関裕而さんが作曲したもいう、福島県の沼尻鉄道がモデルの軽快な曲です。
- 発表年:1954年(昭和29年)
- アーティスト名:岡本敦郎
沼尻鉄道:かつて福島県にあった軽便鉄道で、硫黄の輸送や観光客の足として親しまれました。
この軽快なメロディは、まるで窓から入ってくる高原の風を感じるようで、なんともワクワクしてきますね!
この曲は、福島県の磐梯高原を走っていた、沼尻鉄道がモデルと言われています。
この曲のモデルとなった沼尻鉄道については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

この曲と福島駅の関係
また、この「高原列車は行く」は、JR福島駅の在来線ホームにおいて、発車メロディーとして採用されています。
発車メロディー:列車の出発を知らせるために、駅のホームで流れる短い音楽のことです。
この曲の作曲家である古関裕而さんが福島市出身であることから、2009年に導入されました。
古関裕而さんについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

したがって、福島駅ではこの軽快なメロディが、旅の始まりをまさしく明るく彩ってくれるわけです。
地元の偉人を大切にする福島の温かさが感じられて素敵ですね!
古関裕而さん作曲の関連曲「栄冠は君に輝く」
また、この「高原列車は行く」と関連する曲に、「栄冠は君に輝く」という曲があります。
この曲も同じく古関裕而さん作曲の高校野球大会歌(つまり、甲子園の歌)であり、JR福島駅の新幹線ホームの発車メロディーとして、旅人や球児たちの後ろ姿を見送っているわけです。
先述の通り、この曲も「高原列車は行く」と同じく、古関裕而さんによる作曲です!
- 概要:夏の全国高等学校野球選手権大会(つまり、夏の甲子園)の大会歌です。
- 作曲者:古関裕而
大会歌:その大会を象徴し、開会式や閉会式などで演奏される公式の歌のことです。
鉄道の名曲「銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)」(ゴダイゴ)
さて、次に挙げる鉄道の名曲は、「銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)」です。
これはゴダイゴという1970年代後半~1980年代前半にかけて活躍したバンドによるアニメ主題歌です。
また、山陽新幹線の駅や横浜線・淵野辺駅でも流れている曲です。
- 発表年:1979年(昭和54年)
- アーティスト名:ゴダイゴ
あのイントロが流れた瞬間、宇宙への旅が始まるような高揚感がありますね!
「銀河鉄道999」の英語表記
また、この曲の英語表記は「The Galaxy Express 999」となります。すなわち、
- 「Galaxy(銀河)」
- 「Express(急行・特急)」
という言葉が使われています。
直訳すると「銀河急行999」となり、果てしない宇宙を疾走する列車の力強さが伝わってきますね!
銀河鉄道999と、山陽新幹線・淵野辺駅
山陽新幹線においては、主要な駅の入線メロディーとして採用されています。
入線メロディー:列車がホームに入ってくることを知らせるために流れる音楽です。
また、神奈川県・横浜線の淵野辺駅(神奈川県相模原市中央区淵野辺)においては、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスがあることから、発車メロディーに採用されました。
山陽新幹線でこの曲が流れると、まさに「銀河超特急」に乗っているような気分になれますね!
また、淵野辺駅(神奈川県)は、小惑星探査機「はやぶさ」ゆかりの地として、宇宙への夢をこの曲に託しているそうです。
ミッキー吉野さんと後醍醐天皇・奈良の吉野
実は、バンド名の「ゴダイゴ」は、後醍醐天皇の名前に由来していると言われています!
したがって、ミッキーさんの名字(吉野)と、天皇が逃れた「吉野」という地名、さらには「GO DIE GO(死んでゆく、しかし生きる)」という英語の掛け言葉も含まれているそうです。
後醍醐天皇:鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての天皇で、奈良の吉野に朝廷を開きました。
ミッキー吉野:バンド「ゴダイゴ」のリーダーで、キーボード奏者です。
歴史と音楽が、まさかこんな興味深い形で結びついていることがわかりますね。
後醍醐天皇と吉野・南朝の関係性については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

鉄道の名曲「鉄道唱歌」
さて、次に挙げる鉄道の名曲は、「鉄道唱歌」になります。
この曲は明治時代に生まれた、日本の鉄道の発展を歌い継いでいるという、歴史的な楽曲です。
また、品川駅や特急の車内チャイムでおなじみですね。
- 発表年:1900年(明治33年)
- 作詞:大和田建樹
唱歌:明治から昭和にかけて、教育や啓発のために作られた歌のことです。
「我は海の子」なども「唱歌」ですね!
なんと全部で300番以上もあるため、まさに鉄道の歴史そのものですね!
という歌詞の通り、まさに日本の鉄道の夜明けを象徴するかのような、鉄道ファン・歴史ファンにとってはたまらない一曲です。
鉄道唱歌とは何か?については、以下の記事でも解説していますので、ごご覧ください。

鉄道唱歌と特急・新幹線のメロディー
また、国鉄時代から多くの特急列車において、「鉄道唱歌」のオルゴール(車内チャイム)が流れていました。
品川駅では、東海道線ホームの発車メロディーとして使われています。
また品川駅は、日本最初の鉄道が「仮開業」した時の起点の一つであるため(「本開業」は先述の新橋駅)、まさに「鉄道唱歌」の聖地にふさわしい場所となっています。
品川駅と鉄道唱歌との関係性については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

「線路は続くよどこまでも」(アメリカ民謡)
さて、次の鉄道の名曲は、「線路は続くよどこまでも」です。
この曲はアメリカの労働歌をルーツに持ち、日本では誰もが知る楽しい童謡として親しまれています。
- アーティスト名:アメリカ民謡
- ゆかりの地:アメリカ大陸横断鉄道
民謡:特定の地域や民族の間で、古くから歌い継がれてきた歌です。
子供の頃、誰もが口ずさんだことがある親しみやすさが魅力ですね!
実は、元々はアメリカの過酷な鉄道建設の現場で生まれた歌なのですが、日本では楽しい旅のイメージとして定着しています。
英語の原曲 「I’ve Been Working on the Railroad」
ちなみにこの「線路は続くよどこまでも」は、原題を、”I’ve Been Working on the Railroad“といいます。
冒頭の部分だけ歌ってみると、だいたい
- ♪アーヴィ ワキ アナ レーイローウ(I’ve Been Working on the Railroad)
- ♪せーん ろは つづ くーよーう(線路は続くよ)
みたいなイメージですかね(^^;)
そのルーツは先述の通り、19世紀のアメリカにおいて、過酷な鉄道建設に従事していた労働者たちの歌です。
労働歌:仕事をするときに、リズムを合わせたり辛さを紛らわせたりするために歌われる歌です。
アメリカでは日本(1872年)よりも一足早く、1830年代には鉄道が拓かれていったという歴史があります。
すなわち、日本ではまるで「楽しいピクニック」のようなイメージですが、原曲はもっと土の香りがするような、労働者たちによる力強い歌となっています!
すなわち、過酷な環境で線路を敷き、アメリカ大陸を繋いでいった先人たちの汗と涙が刻まれているのですね。
鉄道の名曲「HAPPY PARTY TRAIN」(Aqours)
さて、次の鉄道の名曲は、Aqours(アクア)の「HAPPY PARTY TRAIN」です。
この曲はアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」のアイドルグループ・Aqours(アクア)が歌う現代の鉄道ソングであり、静岡県の伊豆箱根鉄道や、大分県の豊後森機関庫がゆかりの地となっています。
- 発表年:2017年(平成29年)
- アーティスト名:Aqours(ラブライブ!サンシャイン!!)
コンテンツツーリズム:アニメや映画の舞台となった場所を訪れる「聖地巡礼」などの観光形態です。
現代の鉄道ソングとして、ファンから熱い支持を受けている明るい曲です!
伊豆箱根鉄道の駿豆線では、実際にラッピング電車が走り、多くのファンが訪れる観光スポットになりました。
伊豆箱根鉄道・駿豆線の起点である三島駅については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

HAPPY PARTY TRAINと豊後森機関庫
曲のプロモーションビデオ(PV)の中に、豊後森機関庫をモデルにした風景が登場します。
すなわち、そこは大分県玖珠町にある、かつての蒸気機関車の拠点の跡地です。
転車台:車両を乗せて回転させ、進行方向を変えるための、地面の大きな回転盤のことです。
昔の蒸気機関車は逆方向に走るのが難しく、自力で回転はできなかったため、このような転車台が大切でした。
豊後森機関庫については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

アニメの世界観と、歴史ある重厚な転車台や扇形庫が見事なまでに融合しており、まさにファンにとってはたまらない「聖地」となっています!
このように、古い鉄道遺産が、現代のアニメソングを通じて再び注目を浴びるのは、とても素敵なことだと思います。
鉄道の名曲「浪漫鉄道」(JR九州社歌)
さて、次の鉄道の名曲は、JR九州社歌の「浪漫鉄道」です。
この曲はJR九州(九州旅客鉄道)の社歌として愛されている、九州の美しい風景と旅情を感じさせるようなドラマチックな曲です。
社歌:会社が社員の連帯感を高めたり、理念を伝えたりするために制定する歌です。
九州の旅情を美しく歌い上げた、非常にドラマチックな曲です!
JR九州の社歌として有名ですが、駅のホームやCMで耳にすると「九州に来たな」と実感します。
九州の鉄道旅については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

鉄道の名曲「いい日旅立ち」(山口百恵)
さて、次の鉄道の名曲は、山口百恵さんの「いい日旅立ち」です。
この曲は山口百恵さんの代表曲で、国鉄のキャンペーンから生まれた、日本人の旅心をくすぐる名曲です。
当時の国鉄が、鉄道による旅行・観光を推奨するために制作した曲であり、今でもJR西日本の新幹線チャイムなどで愛されています。
- 発表年:1978年(昭和53年)
- アーティスト名:山口百恵
キャンペーンソング:宣伝活動や集客のために制作される楽曲のことです。
このどこか切なくも美しいメロディは、一人旅の最高のパートナーですね!
個人的な名曲ピックアップ
戦時中に唄われた「海軍小唄(ズンドコ節)」
「海軍小唄(ズンドコ節)」は、駅のホームでの別れが描かれた、時代を超えて多くの歌手にカバーされている親しみやすいメロディの曲です。
もちろんこの歌は、鉄道そのものが主題ではありませんが、別れの舞台としての駅や列車が印象的に登場します。
戦前の曲ながら、時代を越えてザ・ドリフターズ(ドリフ)、氷川きよしさんなどのアーティストによってカバーされています。
愛しい女の子との別れを歌う歌詞に、鉄道のホームでの切ないドラマを感じられる曲となっています。
上諏訪の女(かみすわのひと)╱天野涼
天野涼さんが歌い、信州・上諏訪の情景や特急「あずさ」が登場する、切ない恋の演歌です。
演歌:日本の大衆音楽の一種で、日本人の情念や風景を独特の節回しで歌います。
この曲は、信州・長野県の情緒と、温泉地の情景が浮かんでくるようなしっとりとした演歌です!
上諏訪駅にはホームに足湯があり、鉄道旅と温泉を同時に楽しめる珍しいスポットとして有名ですね。
上諏訪に程近い諏訪湖については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

「牧場の朝」と鏡石駅
「牧場の朝」は福島県の岩瀬牧場がモデルとなった唱歌であり、JR東北本線・鏡石駅(福島県岩瀬郡鏡石町)ののどかな風景とも深く結びついている曲になります。
これは、鏡石駅の周辺が、この歌のモデルとなった「岩瀬牧場」であるためです。
この曲は、日本初の西洋式牧場である岩瀬牧場の風景を歌ったものと言われています。
鏡石駅ではこのメロディーが流れるとともに、まるでのどかな牧場の風景が広がるような感覚になることができます。
馬場俊英「君がくれた未来」
0系新幹線との「最後の約束」そして引退
2008年(平成20年)、世界初の高速鉄道として走り続けた「夢の超特急」の愛称で約44年間親しまれてきた0系新幹線が、ついに引退を迎えました。
0系新幹線:1964年の東海道新幹線の開業時にデビューした、世界に誇る日本の初代新幹線車両のことです。
馬場俊英さんが歌うこの曲が流れる中で、ラストランを見送る大勢のファンの姿が、今でも思い出されるようです。
世代を繋いだ「夢の超特急」
この曲は引退ソングとしてはもちろんのこと、1964年のデビュー以来44年間にわたり、多くの人々の夢と希望を乗せて長年走り続けてきた0系新幹線への「感謝状」のような曲でした。
すなわち、0系新幹線が私たちにくれた「未来」への感謝が、この曲のタイトルには込められているというわけですね。
切ない鉄道の旅を歌った「津軽海峡・冬景色」(石川さゆり)
「北へ帰る旅の寂しさ」を見事に描き出した名曲
この曲は「上野駅から北海道を目指す旅」の情緒を語る上で欠かせないような曲となっています。
- 発表年:1977年(昭和52年)
- アーティスト名:石川さゆり
青函連絡船:かつて青森駅と函館駅を結んでいた、鉄道車両もそのまま載せて運べるような大きな船のことです。
イントロ(=とにかく切ない響きで有名)が流れただけで、冬の厳しい寒さと、それ以上に凍えるような切ない恋心がそれぞれ伝わってくるようですね。
歌詞に刻まれた、当時の鉄道風景(上野駅、青森駅など)
この曲の歌詞には、以下のような当時の鉄道風景が描かれています。
- 上野発の夜行列車:当時は東北・北海道へと向かう人々を乗せた多くの夜行列車が、上野駅から出発していました。
- 青森駅での乗り換え:列車を降りて、連絡船に乗り込むことになります。
歌詞にある「青森駅は雪の中」という一節は、まさに旅の終わりの寂しさと、新しい目的地への孤独感を完璧に表現しています。
したがって、この曲は当時の「北への旅」そのものを記録した、文化遺産とも言えるのです!
青函トンネルの開業、青函連絡船の廃止、そして北海道新幹線の開業へ
現在では青函トンネルを通って、新幹線で一気に北海道へ行くことができます。
しかしながらこの曲はまだ青函トンネルが無かった時代の、かつての「海を渡る苦労と時間」が愛おしく感じられますね。
すなわち、決して効率的なだけではない「旅の重み」を教えてくれる、時代を超えた名曲であるというわけですね!
このように、冬の青森駅に降り立って、さらには窓の遠くの龍飛崎を思い浮かべながらこの曲を思い出すと、少しセンチメンタルな気分になってしまいますね!
鉄道の名曲「あゝ上野駅」(井沢八郎)
「あゝ上野駅」
この曲は、日本の鉄道史と、そこに生きた人々の情熱を語る上では絶対に外せない名曲です。
故郷への念を刻む名曲
この曲は、かつて高度経済成長期、人手不足だった東京などの大都市へと、東北地方の地元から列車で出てきてみんなで就職するという、集団就職を象徴する歌となっています。
- 発表年:1964年(昭和39年)
- アーティスト名:井沢八郎
集団就職:高度経済成長期、人手不足だった当時の東京などで働くために、地方の学校を卒業した若者たちが、まとまって都市部へ働きに出たことです。
「金の卵」と呼ばれた、高度経済成長期の日本を支えた若者たち
この「集団就職」で東京へ出てきて、高度経済成長期の日本の成長を支えた彼らは、やがて「金の卵」と呼ばれるようになりました。
まさにこの曲は、そんな高度経済成長期の日本を支えた若者たちの心を見事に描き出した曲であるというわけですね!
このように、かつて東北地方から夜行列車に乗ってやってきた若者たちにとっての上野駅は、「大きな夢への入り口」でもあったというわけです。
歌に込められた「東北の地元の風景」
当時を象徴する「金の卵」という言葉は、まさにこのときの就職列車を待つ若者たちのことをいいます。
すなわち、この曲は単なる駅の歌ではなく、一つの時代を象徴するドラマそのものなのですね!
東北の地元から重い荷物を抱えて、はるばると列車に乗って新しい生活への不安と期待を胸に降り立ったという、あの日の上野駅の喧騒が聞こえてくるようなシーンというわけです。
上野駅は今でも「北の玄関口」としての風格がありますが、このメロディーを思い出しながら駅のホームで列車を待つと、また違った景色が見えてくるかもしれません。
おわりに・まとめ
今回は様々な「鉄道の名曲」について学んでみて、いかがでしたでしょうか。
こうして並べてみると、一曲一曲に深いストーリーがあって、とても熱い気持ちになりますね!
したがって、これらの曲を聴き比べながら各地の駅を巡るのも、最高の贅沢かもしれません。
鉄道と音楽の歴史は、知れば知るほど複雑に、そして美しく絡み合っていますね。
これらの曲をプレイリストにして旅に出ると、より鉄道の旅の魅力が深まってくるかもしれません!
編集後記(サブサイト)
以下のサブサイトで、編集後記について語っていますので、合わせてごらんください💕
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