かつて静岡県沼津市・西浦の海に停泊していたステラ・ポラリス号(スカンジナビア号)の歴史について、わかりやすく解説してゆきます!
長井崎から西へ 西浦・木負地域に到着
- 西浦・木負
といった地域に出てきます。

長井崎から、西浦地域へ(静岡県沼津市)
西浦には、木負のみかん農園があり、アニメでも描写があるようにあたり一面がみかん畑になります。

沼津・西浦のみかん畑(静岡県沼津市)
沼津・西浦は、みかんの名産地であり、沼津・西浦のみかんはとても人気です。
暖かい斜面にあるみかん畑は、みかんに日光(=sunshine)が当たりやすく、とてもみかんの生産に適した場所なのです。
静岡県は温暖で、日当たりがよい地域のため、みかんだけでなくお茶も有名ですよね。

かつてスカンジナビア号(旧ステラ・ポラリス号)が停泊していた、沼津・西浦の海(静岡県沼津市)
静岡県のみかんは、1位の和歌山県・2位の愛媛県に次いで、全国第3位の生産量を誇ります。
ステラ・ポラリス号(スカンジナビア号)の歴史
西浦に停泊していた、豪華客船・スカンジナビア号(旧ステラ・ポラリス号)
西浦は、2005年まで沼津でホテル・レストラン営業をしていた豪華客船「スカンジナビア号」が停泊していた場所になります。

かつて沼津・西浦の海で、ホテルおよびレストランとして経営していたスカンジナビア号(静岡県沼津市)
Aqoursの曲「smile smile ship Start!」の舞台
そしてスカンジナビア号は、Aqoursが2021年発表のシングル曲「smile smile ship Start!」の舞台にもなっています。
「♪てっ、てん!てってっててん!」とつい口ずさみたくなるような、繰り返し(リフレイン)がいいものです。
「ウルトラマンA」の第20話の舞台にも
また、後述するように、1972年の特撮作品「ウルトラマンA」の第20話において、スカンジナビア号と沼津・西浦のこの海が舞台(ロケ地)となりました。
作中では、当時のスカンジナビア号と沼津・西浦の景色が鮮明に映し出されています。

かつてスカンジナビア号(旧ステラ・ポラリス号)が停泊していた、沼津・西浦の海(静岡県沼津市)

かつてスカンジナビア号(旧ステラ・ポラリス号)が停泊していた、沼津・西浦の海(静岡県沼津市)
スカンジナビア号(ステラ・ポラリス号)の誕生と歴史
スカンジナビア号は、20世紀前半の1926年に北欧・スウェーデンで作られた船です。
日本ではまだ「昭和」になったばかりですね。
元々は「ステラ・ポラリス号」という名前だった
そして当初は、「スカンジナビア号」という名前ではなく、「ステラ・ポラリス号」という名前でした。
「ステラ」とは、イタリア語で「星」という意味です。
また「ステラ」は、ヨーロッパ圏では女性の名前にも使われます。
「ポラリス」とは、北極星という意味です。
20世紀前半、世界の船の性能向上
ステラ・ポラリス号が1926年に誕生する約10年前、ヨーロッパでは1914年~1918年かけて「第一次世界大戦」が起きていました。
その戦争において、ヨーロッパの国々は戦争で負けないために兵士・武器・弾薬・食糧に対して甚大な予算を割いており、大量の損失が出ていました。
なぜかというと、当時は
だったため、決してこれらをケチらずに、惜しみ無く戦争に投資することが重要だったのです。
しかしそのために、戦後のヨーロッパの国々は経済が壊滅的状態になっており、ズタボロの状態になっていました。
その頃、日本はいわゆる「大戦景気」だった
そしてその一方で、日本ではいわゆる「大戦景気」と呼ばれる好景気が訪れていました。
それは上記のように、大戦で物資欠乏に陥っていたヨーロッパ諸国に対して、日本の製品が飛ぶように売れたからです。
すなわち、このような大戦特需で日本はあまりにも儲けすぎたため、「1万円札でお尻をふく(※比喩表現)」という「成金」と呼ばれる大金持ちも登場したのでした。
ヨーロッパの復興と、海上輸送の成長
当時のヨーロッパは、第一次世界大戦のときに被った破壊と損失を補うことと、またヨーロッパの経済を復興させ、建て直していく必要がありました。
そして、船で大量の人やモノを運ぶことで利益を出していくという海上輸送は、この時期に大きく業界の再建・復活を試みていくことになります。
時代とともに、船の性能が向上
そうした動きの中、1920年代後半になると、世界中の海を大型の船が次々に航行していくようになり、海運業(=船を使ったサービス)は急速に成長してゆきました。
これは、船の性能が時代とともに向上したからですね。
そしてこれは、当時はまだ航空機がまだ一般的でなかったことも大きいでしょう。
航空機は、1903年にライト兄弟が発明したばかりの、まだ歴史の浅い乗り物でした。
ステラ・ポラリス号はじめとする、豪華客船の時代
帆船から「蒸気船」の時代へ
江戸時代頃までの船は、「帆」を風にまかせる「帆船」が主流だったのでした。
しかし、明治時代からは石炭を燃やし水を沸かして動かす「蒸気船」が主流となってきました。
鉄道も「蒸気機関車」でした。
もちろん、「蒸気船」の方が性能がいいため、航海の範囲や技術もどんどん向上するようになっていきます。
そして1920年代のステラ・ポラリス号の時代には、蒸気船よりもさらに性能の高い「ディーゼルエンジン」で動くようになりました。
鉄道でも、蒸気機関車から「電車」「ディーゼル車」に徐々に置き換わっていった時期でもあります。
「豪華な船旅」の需要が高まる
船の性能が向上し、大戦の不況から脱出して人々が金持ちになってくると、今度は 「豪華でぜいたくな船旅をやりたい」 という機運・ニーズが高まってきます。
お金があり、船の性能が上がれば、そうなると「まだ見ぬ世界中を、豪華に航海したい」という人々の願望・欲望が出てくるのは、ある意味必然的ということですね。
まさに「ヨーソロー!(前進!)」というやつです。
1920年代、ヨーロッパのクルーズ船事業の台頭
1920年代にもなり、アメリカやヨーロッパなどの先進国がどんどん繁栄してくると、いわゆる「豪華な海の旅」をさせてくれる「クルーズ市場」が次々に出てくるようになります。
つまり、お金持ちをターゲットにして、豪華客船にどんどん乗ってもらい、たくさんの利益を上げていこうという事業です。
そうなると今度は、他の海運会社もこぞって「豪華客船」「クルーズ業」への投資を始めるようになっていきます。
余談ですが、いつの時代もビジネスで大儲けするためには「金持ちからお金を取る」ことが(成功者の間では)常識です。
例えば、給料に対してかかる税金である「所得税」はお金持ちほど税金の割合が高くなりますし(累進課税制度)、また「高級車」を買ったり「豪華な家」でも建てようものなら、持っている資産に対してかかる「固定資産税」の額も高くなってゆきます。
つまり「ぜいたく税」のようなものであり、「お金持ちにお金を使ってもらう」ことは今昔関係なく同じ・共通なのでしょう。
「船旅」が、ちょっとした贅沢・楽しみの時代に
こうして世界中の経済が発展し、金持ちが増えると、「豪華な客船でのツアー」などを計画すれば、たくさんの金持ちが豪華客船に乗ってくれるに決まっています(もちろん、業界側もそれを目論んでサービスを展開します)。
また、そんな豪華な船に乗れることが、お金持ちにとっての「ステータス(自慢の種/権威の証)」にもなるわけです。
ステラ・ポラリス号の誕生、そして進水・処女航海
ステラ・ポラリス号は、日本では昭和はじめの1926年に、北欧・スウェーデンの造船所にて建造されることになりましました。
ここに2006年に日本・紀伊半島の沖に沈んでしまうまで、79年の生涯が始まるわけです。
翌年には初めての航海である処女航海の目的地は、イギリス・ロンドンでした。
処女航海とは?
処女航海とは、いわば船が完成してから「最初の航海」という意味になります。
船は、英語圏では「女性」によく例えられます。
たとえば「クイーンエリザベス号」などですね。
船のことをさす代名詞には「she」「her」などが使われる
したがって、船のことをさす代名詞には「she」「her」などが使われます。
船乗り用語である「ヨーソロー(前へ進め!)」も、英語で”Keep her steady!(船を前に進み続けろ!)”といいます。
ちなみに「処女」とはどういう意味か、それは「まだ誰(=男性)の手もついていない、純粋極まりない女性」という、美しい文脈で語られる意味になります。
結婚式のときは、新婦さんは「バージンロード」を通ります。
なので、まだ航海の経験のない船の「初航海」のことを、「処女航海」というわけです。
日本の恋愛における「処女」の意味は、・・・まぁ、興味ある方は調べてみてください(^^; 性的な話になるので、ここではあまり触れないようにします(^^;
20世紀前半は、ヨーロッパの海を「豪華客船」として駆け巡る(ステラ・ポラリス号)
「七つの海の白い女王」
ステラ・ポラリス号は、その女性的で優雅な姿から 「七つの海の白い女王」 と呼ばれていました。
「七つの海(Seven Seas)」とは、世界の海をあらわすことばです。
「七つの海」は時代によって定義は異なるのですが、現代では以下の七つが「七つの海」とされています。
・北太平洋 ・南太平洋 ・北大西洋 ・南太平洋 ・北極海 ・南極海 ・インド洋
「七つの海」ってなんだかカッコいい響きがしますよね。
船長(キャプテン)や、海賊たちのロマンを示す形容詞として、よく使われます。
ヨーロッパの各地を航海したステラ・ポラリス号
また、ヨーロッパでは、先述の通り船は「女性」として扱われるため、ステラポラリスは「女王」と形容されたのです。
そしてステラ・ポラリスは、先述の通り富裕層(つまり、お金持ち)を対象・ターゲットにした「クルーズ事業向け客船」、つまり「ちょっと贅沢な船旅を提供する船」として、世界中の海を航海したわけです。
まさに「お金持ちの夢」を船に乗せて運んだわけですね。
その後ステラ・ポラリス号は、春と秋の期間にはヨーロッパの地中海や、アフリカ大陸の北西にあるカナリア諸島などの、暖かい地域を訪れています。
また冬の期間には、人々の夢である世界一周を目指すために、アメリカ・ニューヨークを出発点に選ぶのが、当時はもはや当たり前のこととなっていました。
ステラ・ポラリス号の「船」としての限界
戦後の条約の改正 老朽化により、それまで通りの航海が不可に
ステラ・ポラリス号はこのように、第二次世界大戦を経て、1960年代まではヨーロッパを中心として豪華客船としての営業を行い、活躍してきました。
しかし1960年代に入り、建造・航海から既に40年経っていたステラ・ポラリス号に対して、ここで 1つの危機・転機が訪れます。
それは1974年になると「SOLAS条約」が改正されることです。
この条約は、海の安全を守るために、世界中の各国で1929年に決められた約束・ルールのことです。
「SOLAS条約」が存在する理由
ではなぜ、この「SOLAS条約」が存在するのか。
1912年にイギリスの「タイタニック号」が氷山(海に浮かぶ氷の塊の山)にぶつかって沈没事故が起こったことは、ご存知のことかもしれません。
このようなタイタニック号の悲劇を二度と起こすまいと、世界の国々の間で決めた条約が、この条約です。
条約の重要性
また、条約とは、「国と国の約束事」です。
もしこれを破れば、世界各国から「ロクデナシ国家」という認定をされてしまい、実質的なペナルティとして、
例えば
- 「輸出品を買ってもらえない」
- 「輸出品に高い関税をかけられてしまう」
- 「輸入品を売ってもらえない」
など、様々な制裁をかけられてしまうなどの不利益があります。
そのため条約を破っても、何も得することはありません。
むしろ損しかありません。
条約改正により、そのまま(改修無し)では航行不可能に
1974年にこの条約が(時代のニーズや変化に合わせる形で)改正されることとなり、大幅に「船のルール」が厳しくなることになりました。
しかしこの時点でステラ・ポラリス号は建造から50年近くが経っており、既に老朽化がかなり進んでいました。
つまり「古い時代の規格」で造られているため、「改修」なしには(そのままの状態だと)新しい条約の基準・規格を満たせず、航行することはできなくなります。
パソコンでいうと、Windowsのサポートが切れたから、もうそのOSは使用できない、みたいなイメージです。
高コストにより、改修とこれ以上の航行を断念
条約が改正され、新しい規格にアプデ(アップデート)しなければならないからといって、大規模な改修をすることは、あまりにも手間とコストがかかります。
そのため、これ以上の改修は諦めることとなります。
ついには、その少し前の1969年に、ステラ・ポラリス号は豪華客船としての運用は引退することになります。
日本・沼津の海にやってくる ホテルとしての営業を開始
豪華客船としての運用ができなくなったステラ・ポラリス号は、その翌年の1970年になって、ヨーロッパから日本の沼津・西浦の海にやってきました。
今回はここまで 続きは次回
では、今回は長くなったため、沼津に来てからの「ステラ・ポラリス号」についての続きについては次回解説します!
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