中央線鉄道唱歌の歌詞(松本市・信濃国の国府としての歴史など)について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
世々の歴史に跡とめし
信府の名にも相應しき
市街は人口三萬餘
さらに読みやすく!
世々の歴史に 跡とめし
信府の名にも 相応しき
市街は人口 三万余
さあ、歌ってみよう!
♪よーよのれきしに あととめしー
♪しんぷのなーにも ふさわしきー
♪まーちはじんこう さんまんよー
塩尻駅→村井駅→松本駅→田沢駅→明科駅→西条駅→聖高原駅→冠着駅→姨捨駅→稲荷山駅→篠ノ井駅
(信越本線)
篠ノ井駅→川中島駅→長野駅
※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ表記
松本駅(松本市)に到着
村井駅・平田駅を過ぎると、窓の景色は徐々に都会的な様相を呈してきます。
列車はやがて、
- 松本駅(長野県松本市)
に着きます。

松本駅(長野県松本市)
信濃国の国府が置かれた街 国宝・松本城
長野県松本市は、言わずと知れた国宝・松本城の城下町であり、かつて信濃国の国府があった街になります。

松本城(長野県松本市)
信濃国とは、現代の長野県のことです。
長野県歌にも「信濃の国」としてタイトルにもなっています。
その昔、「シナ(科)」という植物が多かったことから、
となりました。なので長野県には「科」がつく地名がとても多いです。
松本駅の西側にはアルプスの山々が連なり、
- 乗鞍岳(標高3,026m)
- 日本第3位の巨峰である穂高岳(標高3190m)
などの山々があります。
乗鞍岳は、長野県歌「信濃の国」でも歌われています。
信濃国の国府・松本
松本市は、先述の通り信濃国 の国府があった場所になります。
「国」とは?
国とは、奈良時代の律令制における、現代でいう「都道府県」のようなものです。
簡単にいえば、昔は「県」のことを「国」といっていたのです。
「国府」とは?
国府とは、その国の政治の中心機関であり、現代の「県庁」のようなものです。
江戸時代までは、松本・長野ともに「信濃国」でした。
そして国府の置かれた松本こそが、いわゆる「信濃国の中心地」でした。
長野市は「善光寺の門前町」だった
一方で長野も、善光寺の門前町として栄えていました。
門前町とは、参拝に来るお客様をもてなす(飲食やおみやげ、宿泊などのサービスを提供する)お店で賑わう町のことをいいます。
江戸時代から明治時代にかけて 「松本藩」→「筑摩県」→「長野県」へ変遷
江戸時代になると、
- 松本市は「松本藩」
- 長野市は「松代藩」
の管轄となっていました。
明治時代には廃藩置県が行われ、「松本藩」「松代藩」は廃止されました。
そして、1871年をもって松本は「筑摩県」の県庁所在地にとなりました。
また、「松代」改め「長野」は、「長野県」の県庁所在地になりました。
「長野」の地名は、長野市のある平野である善光寺平が、「長い野原」であったことから付けられました。
その後1876年、「筑摩県」と「長野県」は統合され、「長野県」となりました。
そして県庁所在地も「長野市」に統一されました。
高いビルが無い松本市「高さ制限」
松本市には、よくよく周りを眺めたら、あまり高いビルがありません。
実際、松本市には都市景観計画で15mの「高さ制限」を設けているようです。
「城下町」という理由が関係?
これは恐らくここは「城下町」という事情が関係しているのかもしれません。
松本市は城下町であり、また女鳥羽川周辺の美しい景観が存在しています。
古都・京都でも「天皇や将軍さまを見下ろしてはいけない」と言う理由や(※)、景観を保つなどの理由で、31mの高さ制限があります。
長野市の場合は?比較的「高いビル」が多い印象も
一方、善光寺の町である長野市は、比較的高いビル多い印象を受けます。
長野駅周辺は、デパートなど特に大きなビルが建ち並んでいる印象です。
長野市はあくまで善光寺の街であり、「天皇陛下」「大名さま」「将軍さま」を見下ろしてはいけない、といったシビアな事情は無かったために、高さ制限には拘らなかったのかもしれません(※これも私の勝手な推測です。話半分に聞いてください)。
松本市と、多地域との関係性から、経済を考える
東京志向か、名古屋志向か!?
松本市は、県庁所在地の長野市よりも、東京・名古屋・甲府との経済的結びつきの方が強いといえます。
つまり「東京・名古屋・甲府指向」ということです。
現代では
- 中央線の「特急しなの」「特急あずさ」
- 中央自動車道
などの交通機関が充実しているため、昔に比べて大都市間の移動がしやすくなっているのです。
これはつまり、人やモノが移動しやすくなったことを意味しています。
お互いの地域が、相手の地域に無いものを物々交換で成り立つ経済
例えば、気候のいい松本で採れた農作物などを高速トラックや貨物列車などで名古屋まで運び、名古屋の人々に消費してもらいます。
また、名古屋の人々には観光やレジャー等で松本城をはじめとする観光地に遊びに来てもらい、観光による利益が上がります。
逆に、名古屋エリアで生産された工業製品などを松本に出荷して、松本の人達に消費してもらいます。
また、松本の人達には名古屋に遊びに来てもらい、購買活動をしてもらいます。
こう書くとまるで「物々交換」みたいですが、これは人類が始まったときから起こっている当たり前の経済的現象になります。
また上記は名古屋を例に上げましたが、東京や甲府であっても基本的な経済の仕組みは大体同じとなります。
長野市は、北陸地方とのつながりも
では県庁所在地の長野市と松本市の経済的結びつきはどうなのかというと、以前は正直「微妙」だったのかもしれません。
むしろ長野市は北陸新幹線が通っており、また新潟県上越市の直江津といった港町にも近い地理関係にあります。
そのため、長野市はどちらかというと金沢・富山・新潟といった日本海側の地域との経済的結びつきが強いといえます。
もちろん新幹線ができてからは東京とのアクセスやコンタクトも良いといえます。
北陸新幹線で富山・金沢はすぐそこです。
また、上越妙高エリアや直江津からは大都会・新潟市も経済的な射程距離に入ります。
しかし近年では長野県の人口減少もあり、松本市と長野市がお互いに協力していく姿勢もみられます。
こちらについては、次回も改めて解説します。
次は、松本城へ
次回も、松本市の話題となります!
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