鉄道唱歌 奥州・磐城編 第34番 北上川に沿って進む やがて盛岡に到着

鉄道唱歌 奥州・磐城編の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます!
北上川に沿った沿線の旅などを、楽しく解説してゆきます!

↓まずは原文から!

すぎゆくえきなな
山おもしろく野はひろ
北上川きたかみがわを右にして
つくはいずくぞ盛岡市もりおかし

さらに読みやすく!

過ぎゆく駅は なな
山おもしろく 野はひろ
北上川きたかみがわを 右にして
着くはいずくぞ 盛岡市もりおかし

さあ、歌ってみよう!

♪すぎゆくえーきは ななつやつー
♪いわおもしろくー のはひろしー
♪きたかみがーわを みぎにしてー
♪つーくはいづくぞ もりおかしー
(東北本線)
福島駅→伊達駅(旧・長岡駅)→越河駅→白石駅→岩沼駅→仙台駅→岩切駅→国府多賀城駅→塩釜駅→松島駅→鹿島台駅→小牛田駅→石越駅→花泉駅→一ノ関駅→平泉駅→盛岡駅

※鉄道唱歌に関係ある主要駅のみ抜粋
  1. 北上川に沿って、盛岡方面へ
    1. 平泉からは、盛岡へ向かってどんどん北上
    2. かつての水沢市(現・奥州市)の駅・水沢駅へ
      1. 駅名変更したときの影響
    3. 坂上田村麻呂とアテルイが戦った、胆沢城
      1. 鎮守府とは?
      2. アテルイとは?
    4. 奥州市出身の偉大な野球プレイヤー・大谷翔平選手
      1. 現在の奥州市生まれ 当時から球は速かった
      2. 岩手県の誇り・大谷翔平さん
    5. 駅名をめぐり岩手県全体を巻き込む論争となった、水沢江刺駅
      1. 当初の駅名候補は「水沢駅」
      2. 駅名を巡る論争
      3. 多地域における、新幹線駅名論争の例
      4. 新函館北斗駅の場合
      5. 七戸十和田駅の場合
    6. 北上駅に到着 (北上川に沿った旅)
      1. 北上線(秋田・横手方面)との分岐駅・北上駅
      2. 開業当初は「黒沢尻駅」という駅名だった
      3. 宮城県・岩手県の西側と、山形県・秋田県の東側を結ぶ北上線
    7. 花巻駅(花巻市)へ (北上川に沿った旅)
      1. 宮沢賢治の出身地・花巻
      2. 「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」の作者
      3. 暗夜行路とは似ている(?)けど異なる
      4. 花巻駅は、釜石線との分岐駅でもある カッパの里・遠野へも
      5. 新花巻駅を経て、遠野駅へと至る
      6. 先人峠を経て、釜石駅へと至る
    8. いくつもの駅を過ぎゆき、やがて(歌詞の通り)北上川を右にして、盛岡駅へ
  2. 盛岡駅(盛岡市)に到着
    1. 盛岡市からの、北上川の眺め
    2. 東北本線は、この盛岡駅まで
  3. 次回は、盛岡観光へ

北上川に沿って、盛岡方面へ

平泉からは、盛岡へ向かってどんどん北上

平泉を過ぎると、岩手県内をどんどん北上していき、県庁所在地である盛岡市を目指します。

途中、

  • 奥州市おうしゅうし
  • 北上市きたかみし
  • 花巻市はなまきし

などの岩手県内の主要都市を、いくつも過ぎゆくことになります。

北上川(岩手県南部)

北上川(岩手県南部)

かつての水沢市(現・奥州市)の駅・水沢駅へ

まずは、水沢駅みずさわえき(岩手県奥州市)に到着します。

水沢駅(岩手県奥州市)

水沢駅(岩手県奥州市)

岩手県奥州市おうしゅうしは、元々は

  • 水沢市みずさわし
  • 江刺市えさしし
  • 胆沢町いさわちょう

などの複数の自治体が合併して出来た、比較的新しい市です。

なぜ水沢駅という名前なのかというと、元々は旧・水沢市にあった駅だったからです。
地名は変わっても、駅名を変更するとJRとしては色々と大変なので、そのまま残っているわけですね。

駅名変更したときの影響

ちなみに駅名変更すると、

  • 時刻表を変えたり、
  • 駅名標を変えたり、
  • その他諸々のデータや、書類などの変更を余儀なくされる

ため、鉄道会社にとっては負担なわけです
また、地域住民にとっても、慣れ親しんだ駅名の呼び名を変えずに済む、といったメリットもあるでしょう。

なお、1回駅名変更すると、約3000万円~約1億円、あるいはそれ以上するようです。

もし地域住民が安易な気持ちで駅名変更をJRに対して申請すると、上記の金額を請求されて絶句してしまい頓挫とんざ・・・、ということにもなりかねません。

坂上田村麻呂とアテルイが戦った、胆沢城

奥州市は、かつての東北地方の防衛の拠点である「胆沢城いさわじょう」がおかれていました。

胆沢城いさわじょうは、平安時代に坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが、朝廷に従わない東北地方の人達(蝦夷えみしといいます。蝦夷の代表的な人物に、アテルイという人物がいます)を抑えるために、東北の守りの拠点として置いたものです。

これを「鎮守府ちんじゅふ」といいます。

最初の鎮守府は宮城県の多賀城たがじょうに置いていましたが、後により北の胆沢城に移したのでした。

鎮守府とは?

鎮守府ちんじゅふ」という言葉は、明治時代に軍隊が置かれた際に、

  • 神奈川県横須賀市
  • 京都府舞鶴市
  • 広島県呉市
  • 長崎県佐世保市

などの軍港に置かれた「鎮守府」にも、意味を継承して使用されていました。

アテルイとは?

アテルイとは、坂上田村麻呂と戦った、蝦夷のリーダー的存在ですが、敗れてしまいました。

現在では、同地域を走る快速「アテルイ」にその名前を残しています。

奥州市出身の偉大な野球プレイヤー・大谷翔平選手

そして、奥州市(旧・水沢市)はあのプロ野球選手の大谷翔平おおたにしょうへいさんの出身地としても有名です。

大谷翔平おおたにしょうへいさんはいわゆる「二刀流」の選手として、投手もやりながら打者としても打つことのできることで知られます。

  • 打者として、二桁の本塁打を放つ
  • 投手として、時速165kmを投げる

ことができるのだから、凄いですよね。

現在の奥州市生まれ 当時から球は速かった

大谷翔平さんは、1994年7月5日に岩手県水沢市(現在の奥州市)に生まれています。

「翔平」という名前は、

  • 前回の記事でも解説した、義経よしつねの「空を翔ける」イメージの「翔」
  • 同じく前回解説した、平泉ひらいずみの「平」

からつけられたようです。

なお、「源義経」は鎌倉幕府を開いた頼朝よりともの弟であり、兵庫県の「一ノ谷の戦い」などで活躍したけども頼朝と決裂し、岩手県の平泉に逃げたところを残念ながら討伐された人物です。

また、「平泉」は平安時代の1080年代~1180年代の約100年間、奥州藤原氏の時代に主に仏教で栄えた都市のことです。

詳しくは、前回の記事をご覧ください。

鉄道唱歌 奥州・磐城編 第33番 平泉に到着! 金色堂、安倍氏、奥州藤原氏など戦いや栄華の歴史
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話を本に戻します。

高校は岩手県花巻市の高校に進学し、「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれ活躍しました。

  • 1年生で時速147km
  • 2年生で時速150km
  • 3年生で時速160km・・・。

当時からすごく速かったんですね。

岩手県の誇り・大谷翔平さん

2013年に北海道日本ハムファイターズからデビューし、翌2014年には日本プロ野球史上初となる

  • 2桁勝利(11勝)
  • 2桁ホームラン(10本)

を記録しています。

2015年にはリーグ最高の15勝を記録し、2016年にも10勝・22本塁打と二刀流として素晴らしい活躍をされています。

2018年から米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍。

  • 2021年には9勝・46本塁打
  • 2022年には15勝・34本塁打

・・・凄すぎます。

年俸も2022年には約7億円、2023年には約42億円と恐ろしいレベルまで上がっています。
日本ではいくらなんでもこんなに稼げませんよね。

大谷翔平さんは、岩手県の誇りであり、また日本の誇りでもあります!

駅名をめぐり岩手県全体を巻き込む論争となった、水沢江刺駅

奥州市内には、北上川の向こう側に東北新幹線の「水沢江刺駅みずさわえさしえき」があります。

この水沢江刺駅は、1982年の東北新幹線開業時には無かった駅でした。
また、地元の建設費用負担で1985年に作られた「請願駅せいがんえき」になります。

当初の駅名候補は「水沢駅」

ちなみに当初の駅名候補は「水沢駅」であり、長年にわたる水沢市の誘致努力によって、成し得た駅であったわけです。

しかし、ここで隣接する当時の江刺市えさししが、

江刺市内にも線路が通っているんだから、『水沢江刺駅』に変えるべきだ!

などのような感じで怒りを表明されたらしく、これに対しては当然ながら水沢市も怒ったとのことです。

駅名を巡る論争

このように、駅名を巡る論争は揉めに揉め、果ては岩手県全体を巻き込む騒動に発展したそうです。

しかし、当時の岩手県知事が、様々な地域の事情や心情などを考慮し、

水沢江刺駅の方が相応しい」

と判断し、結局は「水沢江刺駅」というネーミングで落ち着いたようです。

多地域における、新幹線駅名論争の例

しかし、このような(駅名に関する)論争はあくまで氷山の一角であり、何も水沢江刺駅のみに限った話ではありません。

新幹線の駅名をめぐる論争は、全国どこもある話だったりします。

地名が複数入っているような新幹線の駅名は、揉めに揉めた結果、そのような駅名に決定したという可能性が高いです。

例えば

  • 新函館北斗駅しんはこだてほくとえき(北海道北斗市)
  • 燕三条駅つばめさんじょうえき(新潟県三条市)
  • 上越妙高駅じょうえつみょうこうえき(新潟県上越市)

などの駅が、それに該当します。

新潟県の「燕三条駅」の場合は、燕市つばめし三条市さんじょうしという、両市の歴史的な確執や対立などから駅名をめぐって非常に揉めたそうです。

詳しくは、以下の記事をご覧ください

鉄道唱歌 北陸編 第39番 三条からは弥彦線に乗り換え、弥彦神社へ 祈るは国の(皆の)平和のため
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新函館北斗駅の場合

新函館北斗駅の場合も、線路や駅は北斗市にあるのに、当初の駅名候補は「新函館駅」でした。

これに不服を感じた北斗市が駅名変更を要求、函館市もこれに反対を表明し、様々に揉めた結果、最終的には「新函館北斗駅」に落ち着いたようでした。

七戸十和田駅の場合

なお、青森県の

  • 七戸十和田駅しちのへとわだえき(青森県上北郡七戸町)

も、複数の地名が入る駅名です。

しかし、揉めた上でこのような名前になったわけでなく、地元の有名な観光地の「十和田湖とわだこ」のイメージがあった方がよい、という理由でこのような名前になったようです。

北上駅に到着 (北上川に沿った旅)

水沢駅を出て、北へ数駅行くと、

  • 北上駅きたかみえき(岩手県北上市)

に到着します。

北上川に沿って、盛岡方面へと進む:北上駅(岩手県北上市)

北上駅(岩手県北上市)

北上線(秋田・横手方面)との分岐駅・北上駅

北上駅は、

  • 横手駅よこてえき(秋田県横手市)

とを結ぶ「北上線」との分岐点です。

開業当初は「黒沢尻駅」という駅名だった

北上駅は、1890年の開業当初は「黒沢尻駅くろさわじりえき」という駅名でした。

鉄道唱歌では名指しでは歌われておらず、歌詞の「七つ八つ」の駅の中に含まれていると思いますが、もし名指しで登場していたら、

「♪黒沢尻につきにけり~


と歌われていたかもしれません。

宮城県・岩手県の西側と、山形県・秋田県の東側を結ぶ北上線

北上線は、

  • 陸羽東線りくうとうせん
  • 田沢湖線たざわこせん

と同じように、宮城県・岩手県の西側と、山形県・秋田県の東側を結ぶ路線です。

北上線は線形がいいため、秋田方面へ比較的速達できる路線だったようです。

花巻駅(花巻市)へ (北上川に沿った旅)

北上駅からまた少し北上すると、花巻駅はなまきえき(岩手県花巻市)に到着します。

北上川に沿って、盛岡方面へと進む:花巻駅(岩手県花巻市)

花巻駅(岩手県花巻市)

宮沢賢治の出身地・花巻

岩手県花巻市はなまきしは、あの宮沢賢治の出身地としても有名な街です。

「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」の作者

宮沢賢治みやざわけんじは、岩手県花巻市出身の近代日本を代表する偉大な作家で、代表作に、

  • 銀河鉄道の夜
  • 雨ニモマケズ

といったものがあります。

第三セクターである「IGRいわて銀河鉄道」の名称は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に由来する他、花巻~釜石間を走る「釜石線かまいしせん」がモデルになった作品でもあります。

ニモマケズ」は、多分小学校または中学校の国語の時間で習った人も多いと思います。

暗夜行路とは似ている(?)けど異なる

なお「暗夜行路あんやこうろ」は志賀直哉しがなおやという作家の作品なので、私のように文学に疎い人は「銀河鉄道の夜」と似ているからといって混同しないようにしましょう(^-^;

ちなみに志賀直哉は、いわゆる「白樺派しらかばは」という当時の作家グループ、または作風の代表的作家です。
また、彼は千葉県我孫子市あびこしや、広島県尾道市おのみちしなどの地にゆかりがあります。

花巻駅は、釜石線との分岐駅でもある カッパの里・遠野へも

花巻駅は、東海岸沿いにある

  • 釜石駅かまいしえき(岩手県釜石市)

を結ぶ釜石線の分岐駅でもあります。

岩手県釜石市かまいししは、北海道室蘭市むろらんしと同様に製鉄で発展した街です。
また、鉱山もあったこたから、特に戦時中は釜石線で鉄を運ぶ重要性は大きかったものと思われます。

新花巻駅を経て、遠野駅へと至る

釜石線は、新花巻駅しんはなまきえき(岩手県花巻市)で東北新幹線と立体交差した後、

  • 遠野駅とおのえき(岩手県遠野市)

に至ります。
遠野市は、カッパで有名な街ですね。
さらに東へ行くと、東海岸沿いにある釜石駅に到着します。

先人峠を経て、釜石駅へと至る

新花巻駅も、東北新幹線開業当初は無かったものの、水沢江刺駅と同様に、地域住民の要望と建設費用負担で設立された、請願駅です。

釜石線には途中、「先人峠せんじんとうげ」という非常に急勾配な峠があります。
一時期は荷物をロープウェイに乗せて、人は徒歩で移動という時期もあったようです。

いくつもの駅を過ぎゆき、やがて(歌詞の通り)北上川を右にして、盛岡駅へ

ここまで

数多くの駅を過ぎて北上

してきましたね。
花巻駅を出てさらに北上すると、歌詞にあるように

北上川きたかみがわを右にして

盛岡駅(盛岡市)に到着

いよいよ岩手県の県庁所在地であり、また岩手県最大の都市である盛岡市もりおかしの中心駅・盛岡駅もりおかえきに到着します。

北上川に沿って、盛岡方面へと進む:盛岡駅(岩手県盛岡市)

盛岡駅。東北本線は盛岡駅が北限であり、ここより北へは「IGRいわて銀河鉄道」の路線になるため、ここから先の隣駅表記がない(岩手県盛岡市)

盛岡駅は、やはり岩手県の県庁所在地の駅だけあって大きな駅です。
また、やはり駅周辺は都会です。

私は盛岡駅に着くと駅直結商業施設である「フェザン盛岡」で休憩したり、また簡単に買い物したりできます。

盛岡市からの、北上川の眺め

また、北上川も駅から近く景色が綺麗ですし、遙か向こうにそびえる岩手山の景色も壮観です。

夜の盛岡の北上川(岩手県盛岡市)

夜の盛岡の北上川(岩手県盛岡市)

また、盛岡駅東北新幹線のホームの発車メロディーには小田和正さんの「ダイジョウブ」が使われています。

東北本線は、この盛岡駅まで

東京駅、上野駅からずっと続いてきた東北本線はこの盛岡駅までです。
ここから先は、第三セクターのIGRいわて銀河鉄道に乗って、青森県方面へ北上していくことになります。

次回は、盛岡観光へ

とりあえず、福島・仙台方面からはるばる盛岡まで来られた方々、長い道中お疲れ様でした!
盛岡をゆっくり観光・堪能した後、次は二戸・八戸・青森方面へ向かいましょう!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。
そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。
再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。
何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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