上越線・越後湯沢の鉄道旅と、スキー場の歴史や雪国ならではの地理・移住者の暮らしなどについて、わかりやすく解説してゆきます!
上越線の旅:今回は越後湯沢駅から
前回で、
- 越後湯沢駅(新潟県南魚沼郡湯沢町)
に到着しました。
上越線・高崎駅→越後湯沢駅までの行程については、前回の記事をご覧ください。

今回は、越後湯沢の観光から解説してゆきます!
越後湯沢の温泉の概要

上越線・越後湯沢駅
越後湯沢は、新潟県を代表する温泉地で、古くから湯治場として栄えてきました。
そして、上越新幹線の駅があり、アクセスが非常に良いのが特徴です。
湯治場とは、温泉の効能を利用して、長期滞在し、病気の治療や療養を行う場所のことを指します。
また、ここは川端康成の小説「雪国」の舞台として知られています。
すなわち、文学的にも歴史的にも価値のある温泉地というわけです。
したがって、冬にはスキーやスノーボードの拠点として、夏には登山やレジャーの拠点として、一年中多くの観光客で賑わいます。
本当に、新潟の自然と文化を満喫できる、素晴らしい場所ですね!
川端康成「雪国」との関係
川端康成の小説「雪国」は、上越線沿線上の豪雪地帯を舞台にした、日本文学の名作です。
この小説の冒頭にある、
という有名な一文は、まさに上越線の清水トンネルを指しているとされています。
豪雪地帯とは、冬に積雪量が非常に多くなり、人々の生活や交通に大きな影響が出る地域のことを指します。
すなわち、この一文は、上越国境を境に風景が一変する地理的特徴を見事に捉えています。
したがってこの小説は、雪に覆われた厳しい自然と、そこに生きる人々の美しさや哀しさを描き出しました。
そして川端康成は、この作品を含むさまざまな功績によって、なんとノーベル文学賞を受賞しています。
本当に、上越国境の情感が詰まった、文学的な価値の高い作品ですね。
越後湯沢に温泉が多い理由
ではなぜ、そもそも越後湯沢には温泉が多いのか。
まずは、火山が多いことによる、その恵みです。
近くに苗場山などの火山があり、その地下にあるマグマの熱が地下水を温めています。
また、断層の影響もあります。
この地域は複雑な地形をしていて、地下の深いところにあるお湯が地上に湧き出しやすい通り道(断層など)がたくさんあるわけです。
また、ここには歴史ある宿場町もありました。
もともと「三国街道」という交通の要所だったため、疲れを癒やす温泉地として、古くから発展してきました。
三国街道とは
三国街道は、江戸時代に整備された、
- 上野国(群馬県)
- 越後国(新潟県)
を結ぶ、重要な街道です。
昔は上越新幹線も関越自動車道(高速道路)もありませんでしたから、当時はこの「険しいじゃり道」を徒歩または馬で通って、何日もかけて移動するしかなかったのでした(それでも、江戸時代としては画期的で綺麗な道でした)。
その険しい道のりには、難所の峠越えが控えていました。
三国街道はこの険しい三国峠を越える道であり、参勤交代の武士や、佐渡の金を江戸へ運ぶ人々が、命がけで行き来しました。
また、三国街道は今の国道17号の原型でもあります。
現在の国道17号線は、ほぼこの三国街道に沿って造られています。
したがって、今も昔も新潟と関東を結ぶ「大動脈」であることに変わりはありません。
越後湯沢に温泉・火山が多い理由(プレートの秘密)
実は、越後湯沢はプレートの境界から離れているように見えて、地球の深いところでは密接に関係しているわけです!
まず、
- 太平洋から西へ西へ、列島の下へと沈み込んでいったプレートが、
- 地下約100kmの深さに達すると、
- 摩擦熱と水による「融点のしきい値下げ作用」によって、
- 摩擦熱によって岩がドロドロに溶けてゆき(融点を上回りやすくなって・岩が液体になりやすくなって)、
- マグマが発生します。
- このマグマが、地下にあるバキバキに割れた岩同士の「すき間」を通り、地表に上がってくる
- この上がって湧いて出てくる場所が、まさに越後湯沢付近である
というわけです。
また、この地域は日本列島を東西に真っ二つに分けている大きな溝である、フォッサマグナの縁にあたります。
フォッサマグナって何や!?という方は、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

この辺りでは、地殻が複雑にバキバキに割れていて、スキマだらけの地下地面になっているわけです。
そのため、地下の熱や温泉水が、そうしたスキマを通って登ってゆき、地上に湧き出しやすい構造になっているのですね!
地殻:地球の表面を覆っている、硬い岩石の層のことです。
越後湯沢・苗場のリゾートの現状と未来
苗場(なえば)のリゾート地の現状
越後湯沢の中心部からやや離れた場所にある地域である苗場は、かつてスキーブームの黄金期に、日本を代表するリゾート地として大変な賑わいを見せました。
そして、バブル期になるとマンションを作れば作るほど儲かるような時期であったため、非常に多くのマンションが建てられていったわけです。
バブル崩壊による価値下落 「10万円マンション」の衝撃
しかし、バブル崩壊後、人々は娯楽にかけられるお金の余裕が無くなってきたため、リゾートマンションの需要が急落してしまいました。
その結果、場所によっては、なんとマンションの部屋が10万円という破格の安値で売られるという現状が生じています。
ちなみに「家賃が10万円」ではなく、普通なら何千万円もするようなマンションの「部屋の価格」が10万円となっているわけです。
すなわち、豪華な施設や温泉が付いているにも関わらず、このような価格で取引されているわけです。
バブル期(全盛期)からすると非常に価値が下落していることを意味しているわけです。
バブル崩壊:日本の不動産や株の価格が異常に高騰した状態(バブル)が終わり、急激に価格が下落した経済現象のことを指します。
余裕のない現代 マンション買い手がつかないのは仕方がない
今やバブル期のように(マンションまで買えるような)お金に余裕がある人は限られていますし、ただでさえマンションの数・在庫が多いのにも関わらず買い手がつかなくなったため、このような破格の安さとなっているわけですね。
したがって、これはリゾート開発の歴史と現状を象徴している出来事だと思います。
これは少し切ない気持ちになりますが、もう一件持っておきたいセカンドハウスとして購入するには、とても魅力的かもしれませんね!
苗場のマンションと、豪雪の維持費
また、大体ご想像がつくかもしれませんが、苗場や越後湯沢のあたりのマンションは、豪雪地帯ゆえのコストはかなり高いと言えます。
まずは、除雪費用が莫大であるという点です。
例えば、駐車場や周辺の道路から大量の雪を除去するために、冬場は常に除雪車を動かす必要があります。
そしてその費用は、住民の「管理費」に乗っかってきます。
次に、建物の傷みも考慮しなくてはなりません。
例えば湿った重い雪や、凍結などによるマンション本体へのダメージが大きいため、修繕にもお金がかかります。
さらには、高い固定資産税です。
先ほどお伝えした通り、建物の評価額が高いままだと、たとえ空室であっても、高額な請求が来てしまいます。
こうしたことから、
という、なんとも皮肉な逆転現象が起きているのですね。
苗場の「10万円マンション」と固定資産税
「本体が安いからお得!」と思われがちなリゾートマンションですが、実は落とし穴があります。
まずは、評価額のギャップです。
マンションの固定資産税は、市場での「売り値(この場合は10万円)」に対してではなく、あくまで建物や土地が本来持っていた「資産価値(評価額)」によって、納めるべき税金の額が決まります。
そのため、たとえ今は10万円で売買されていたとしても、役所の計算上ではあくまで「何千万円もする立派な鉄筋コンクリートの建物」としてみなされる(評価される)ため、評価額はそちらが採用され、高い税金がかかり続けるのです。
固定資産税(こていしさんぜい)とは?
固定資産税とは、簡単に言うと、
のことです。
この固定資産税は誰に払うのかというと、その物件がある市町村(例:湯沢町など)に払います。
では、固定資産税の納めるべき金額はどう決まるのか。
それは、役所が
と決めた金額、すなわち評価額をもとに計算されます。
つまり、たとえ苗場のマンションを10万円で安く買えたとしても、役所が「立派な建物だ」と判断していれば、それなりに高い税金がかかり続けるというわけですね。
管理費・維持費も軽視できず
また、共用施設の維持費も軽視できません。
例えば大浴場やプールなどの維持費、そして滞納者の分までカバーしなければならないケースもあります。
そのため、税金だけでなく「管理費」も非常に高額になるのが一般的です。
このように、もし安さだけに惹かれて飛び付くように買ってしまうと、蓋を開けると維持費だけで家計が圧迫されることもあるので、注意と十分な計画が必要ですね!
移住者は増えている?
金持ち・ノマドワーカー
最近、越後湯沢の周辺では、確かに移住や二拠点居住(デュアルライフ)の動きが活発になっています!
まずは、ノマド・リモートワーカーの流入です。
すなわち、
- 上越新幹線で、東京まで約70分という近さ
- 格安マンションの存在
のそれぞれが注目されています。
ノマドワーカー:特定のオフィスを持たず、パソコン一つでカフェや旅先など、好きな場所で働く人のことです。
このため、
- 平日は東京の職場へ通勤して仕事
- 夜は越後湯沢の温泉と、地元のコシヒカリで夕食
- 週末は湯沢でスノーボード
という自由気ままなライフスタイルや、また光回線(高速・快適なネット環境)が整った部屋で、自然を眺めながら仕事(リモートワーク)をする人が増えていますね。
富裕層の動き
例えば、スキー場に隣接する高級ホテルや、リノベーションされた高級マンションを別荘として所有する富裕層もいます。
リノベーション:古い建物を安く買い、その建物の良さを活かしつつ、中身をガラッと新しくして、建物の価値を高めることです。
建物購入の初期コストを抑えられるというメリットがあります。
リノベーションの例
越後湯沢でのリノベーションの例として、まずは古いバブル時代のマンションの壁を壊して、おしゃれなカフェ風の部屋や、高速ネット完備のワークスペースに作り変えることなどを指します。
これにより、若者やノマドワーカーが住みやすくなるのですね!
こうした動きから、一時期の「ゴーストタウン化」の懸念から、少しずつ活気が戻ってきている印象です。
湯沢・苗場での自由な1日
また、リモートワークの方の、冬のある日のスケジュール例を紹介しますね。
07:00:起床。窓の外の積雪をチェック!
08:00:仕事開始。静かな環境で集中してリモートワーク。
11:30:中休み。スキー場へ行き、2時間だけ滑る!
14:00:仕事再開。午後のオンライン会議など。
18:00:業務終了。近所の外湯(共同浴場)へ行き、温泉でリフレッシュ。
19:30:地元のおいしいお米と地酒で夕食。
したがって、仕事と趣味が密接に関わった、非常にメリハリのある生活を送っている方が多いですよ!
移住者向け・コンビニやスーパーの現状
移住者が増えたからといって、劇的に店舗が増えているわけではありませんが、利便性は高いです。
まずは、越後湯沢駅周辺についてです。
こちらは大型スーパー「ショッピングセンターのぐち」などが移住者の生活を支えています。
コンビニも主要な場所にあり、生活に困ることはありません。
次に、苗場エリアです。
こちらは少し注意が必要です。
リゾート地なので、冬の間は売店が充実しますが、オフシーズンは営業時間が短くなる店もあります。
したがって、車で湯沢市街まで買い出しに行くのが一般的ですね!
越後湯沢での自由な生き方・所感
田中角栄氏の作った道や鉄道が、今ではノマドワーカーという新しい生き方を支えている…歴史の繋がりを感じて、なんだかワクワクしますね!
湯沢のマンションで仕事をして、疲れたら温泉に浸かる。
そんな暮らしができるようになったのも、かつて雪国を豊かにしようと奔走した人たちがいたからかもしれませんね。
スキーの聖地・越後湯沢
ガーラ湯沢駅とは?
ガーラ湯沢駅は、いわゆる臨時駅であり、スキー場のゲレンデに直結しているという、珍しい駅です。
ゲレンデ:スキーやスノーボードを楽しむための、雪が積もった斜面のことです。
スキーではここを滑り降りるわけです。
すなわち、上越新幹線の越後湯沢駅から線路が延伸されて、冬季のみ営業しています。
臨時駅:一年中営業しているのではなく、特定の期間や目的のために、一時的に営業する駅のことを指します。
したがって、新幹線を降りたらすぐにゴンドラに乗ってゲレンデへ向かうことができるという、スキー客にとっては夢のような利便性を誇ります。
ゴンドラ:スキー場や観光地で、複数の人を乗せて、空中に張られたワイヤーで移動する乗り物です。
すなわち、このガーラ湯沢駅の存在自体が、バブル期のスキーブームを象徴していると言えますね!
本当に雪国ならではの、画期的な施設だなと思います!
越後湯沢付近にスキー場が多い理由は「雪」と「鉄道」
越後湯沢は「スキーの聖地」とも呼ばれますが、それにはちゃんとした理由があるわけです!
まず、他の地域とは比較にならないような、驚異的な降雪量があります。
日本海からの湿った空気が山にぶつかるため、雪雲が発生しやすく、一晩で1メートルも積もることがあるほどの豪雪地帯です。
そのため、他の地域とは比べものにならないほど、雪が積もりやすい地域なのです。
この豊富な雪は、まさにスキーヤーにとったはたまらないわけですね!
また、新幹線によるアクセスの良さも大きな強みです。
上越新幹線で東京から最短約70分という近さですね!
したがって、日帰りでも十分に楽しめるのが最大の強みです。
さらにはガーラ湯沢駅のように、新幹線の改札を出たらそこがスキー場!というような、世界でも珍しい便利な環境が整っています。
上越国境あたりにスキー場が多い理由
上越国境付近にスキー場が多い理由は、先述の通り、この地域は日本海側からの湿った季節風が、山脈にぶつかるため、世界有数の豪雪地帯となります。
すなわち、高い山々が雪雲を捕らえるため、雪雲がたくさん増えてゆき、雪が降りやすい標高と環境が揃っているわけです。
したがって、新幹線が開通し、首都圏からのアクセスが良くなったことで、この素晴らしい雪を求めてスキー場が集中したのです。
本当に自然の恵みが、この地を一大リゾート地にしたわけですね!
かつてスキーが流行った理由
かつてスキーが大流行した背景には、経済成長と文化が大きく関わっています。
すなわち、バブル景気による経済的な余裕が生まれ、若者の間にレジャーブームが起こりました。
そして、1987年に公開された映画「私をスキーに連れてって」が、そのブームを決定づけました。
この映画に登場する、スキーと恋愛が結びついたおしゃれなライフスタイルが、若者の憧れとなっていったのです。
そのため週末になると、若者はこぞってスキー場へと繰り出してゆき、スキーは冬の定番のデートや遊びとして定着しました。
本当に、時代を象徴する、華やかな流行でしたね!
バブル崩壊とスキー業界の苦境
スキー業界は、バブル崩壊と若者の「スキー離れ」により、現在苦境にあえいでいます。
すなわち、景気が悪化したことで、リゾート地への投資が止まり、スキー人口もピーク時から大幅に減少しました。
スキー離れの原因は「お金」と「選択肢」
最近、スキーやスノーボードをする人が減っていると言われていますが、主な理由は以下の通りです。
経済的なハードル
道具やウェア、さらには交通費や宿泊費など、スキーは思ったよりもお金がかかります。
そのため、若者にとっては初期費用や維持費が、かなりの重い負担となっています。
娯楽の多様化
スマホやSNS、ゲームなど、自宅で安く楽しめる娯楽が増えたため、
と考える人が増えたのですね!
手間がかかる
例えば重い板を運んだり、スタッドレスタイヤを準備したりといった「準備の面倒くささ」が、忙しい現代人にはハードルとなっているようです。
衰退したスキーからの復活へ
したがって、利用客が減ったスキー場は閉鎖に追い込まれたり、リゾートマンションは投げ売りされたりするような事態が生じました。
投げ売り:利益を度外視(無視・放棄)して、商品を極端に安い価格で売ることです。
すなわち、赤字覚悟の処分販売ですね。
在庫を早く手放したい時や、倒産時などに行われます。
本当に、かつての賑わいを知る者としては、少し寂しい現状だと思います。
しかし、最近はインバウンド(訪日外国人)需要や、移住者呼び込みなどで活路を見出そうとする動きもありますね!
越後湯沢の課題と、今後の展望
かつての「バブルの遺産」というイメージから脱却し、今まさに新しいステージへ進もうとしている越後湯沢の未来について解説します。
越後湯沢の課題と対策:持続可能なリゾートへ
現在、越後湯沢が抱えている最大の課題は、「建物の老朽化」と「負動産化」です。
負動産:価値が下がり、税金や管理費などの負担だけが重くのしかかる、持っているだけで利益どころか損失ばかりが起こってしまうような不動産のこと。
老朽化対策
まず、例えばバブル期に一斉に建てられた多くのマンションが、今やみんな一斉に古くなってきています。
そのことから、越後湯沢では大規模修繕を計画的に行えるよう、管理組合の運営をデジタル化して、透明性を高めるための取り組みが始まっています。
空き部屋の活用
いわゆる「10万円マンション」を決して放置せず、町が積極的に介入して、起業家やリモートワーカーへの貸し出しを促進する動きがあります。
すなわち、建物を「負の遺産」から、新たな「地域の資源」へ転換するための対策というわけです。
未来への展望:一年中楽しめる「オールシーズン・リゾート」
これまでの越後湯沢は、正直なところ「冬のスキー」に依存しすぎていました。
しかし、今後の未来の越後湯沢の展望は、もっと広くて色んなジャンルを楽しめるための多角的なものとなっています。
オールシーズン・リゾート:冬のスキー等だけでなく、全ての季節で楽しめるような娯楽のこと。
その代表格が、アウトドアの聖地化です。
例えば、夏は登山・マウンテンバイク・キャンプなどの冬以外でも楽しめるようなアクティビティをさらに強化しています。
移住者の住みやすさはどうなる?
これから移住を考える方にとって、越後湯沢での住みやすさは「かなり向上する」ものと予想されます。
まず、デジタルインフラも充実していっています。
すなわち、町全体で高速通信網の整備が進んでおり、リモートワークを行いやすくなり、まるで東京のオフィスと変わらない環境で働けます。
したがって、ノマドワーカーには最適な環境となっているわけです。
移住者コミュニティの形成
また、移住者が増えたことで、新しいカフェやコワーキングスペースが増え、移住者同士のネットワークが生まれやすくなっています。
そのため、たとえいわゆる「よそ者」の人であっても、何ら抵抗なくを受け入れるための土壌が、かつてよりもずっと豊かになっていますね!
また、今後は行政のサポートも充実していくでしょう。
子育て支援や、空き家バンクの充実など、町独自の移住支援策が手厚くなっています。
まとめ・所感
越後湯沢の魅力は、新幹線で東京からすぐという「便利さ」と、「圧倒的な自然」が同居していることです!
そこへ、新たな現代の移住者たちが新しい感性でリノベーションを施していく…。
そんな、歴史と未来が交差する街の姿には、日本中の地方都市が抱える課題を解決するヒントが詰まっているようで、とてもワクワクしますね!
次回は、六日町方面へ
おわりに:次は、六日町方面へ向かってゆきます!
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