静岡県の函南町・函南駅の基本的な知識や、町が誇る丹那盆地の酪農の歴史などについてまで、わかりやすく徹底解説してゆきます!
函南駅(かんなみえき)の魅力と歴史に迫る旅
熱海・三島の山奥にポツンと存在する、ナゾの秘境駅

函南駅(静岡県田方郡函南町)
静岡県で、熱海と三島の間にあるナゾの秘境駅、函南駅。
青春18きっぷで東京~大阪の移動を急ぐ人にとって、「なんであんな山奥に駅があるのかぁ~」と思ったことがあるという人もいるのではないでしょうか。
しかし、函南駅と所在地である函南町は、「ただ通りすぎる」だけでは勿体ないような、一度は是非とも降りてみる価値のある、色んな興味深い点があったりするのです!
函南駅の基本と、驚きの「地理」事情
函南駅(静岡県田方郡函南町)は、静岡県の東部・熱海と三島のちょうど間にある東海道本線の駅です。
まずは、基本的な知識を整理してみましょう。
- 所在地:静岡県田方郡函南町
- 所属路線:JR東海の東海道本線
- 特徴:駅舎は、山の斜面に張り付くような高い場所にあります。
まるで「秘境駅」みたい?
なんだか、ちょっとした秘境駅かもしれません。
- 山の中にあり、トンネルとトンネルの間にある→北海道の小幌駅みたい
- しかし車では比較的便利な場所にあるため、小幌駅と比較すると、その分秘境感は薄い
- 逆にその便利さこそが、函南町の人々の利便性を支えている
- 18きっぷユーザー的には、この駅の探訪そのものが目的ではない限り、なかなかこの駅で降りる機会はあまりない
- けど「なぜここに駅が?」と何気に気になってしまう駅の一つ。
小幌駅:北海道にある「日本一の秘境駅」です。
三方を山、一方を海に囲まれ、列車でしか行けない伝説の場所ですよ。
「丹那山地」に囲まれた地形と地理
まず、函南駅の場所がとてもユニークとなっています。
この駅は、いわゆる丹那山地の山に囲まれた場所に、ポツンと存在しています。
丹那山地とは、熱海・三島・箱根の間にまたがる、大きな山々のことです。
また、熱海駅から西へ進むと、丹那トンネルを抜けてすぐの山あいの場所にこの函南駅が存在します。
そして、お隣の三島駅(三島市街地)に向かって一気に坂を下っていく構造になっています。
熱海市については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

三島市については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

丹那トンネルという「巨大な壁」に挑んだ歴史
さて、函南駅を語る上で絶対に外せないのが、函南駅のやや東(熱海方面)にあり、しかもお隣の熱海駅との間にある、丹那トンネルの存在です。
大正時代の1918年から行われたこのトンネル工事は世界でも有数の難工事と言われ、度重なる事故やトラブルなどにより、なかなか工事は進みませんでした。
そして、1934年に至るまでなんと16年もの歳月をかけて完成しました。
かつての東海道線のルートは、御殿場線経由だった
ちなみに明治時代に出来た東海道本線は、当初の技術では山々のトンネル工事が困難だったため、それらの山々を避けるために現在の御殿場線のルートを走っていました。
東海道本線:東京と神戸を結ぶ、日本で最も歴史があり重要な鉄道の幹線のことです。
しかし1934年に、この全長約7.8kmの巨大な丹那トンネルが完成しました。
上記について詳しくは、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

函南駅の誕生
このトンネルの開通に合わせて、東海道線が熱海経由になったことで、1934年に丹那トンネル西側の出口に作られたのが函南駅です。
しかし、このトンネルが1934年に開通したことで、東海道本線のルートが大きく変わりました。
すなわち、それまで御殿場を回っていた急勾配のルートを避け、今の最短ルートが確立されたのです。
函南駅:街の中心から離れた「秘境」のような立地
地理的な面で面白いのは、函南駅が函南町の中心部からかなり離れていることにあります。
函南町の中心は伊豆箱根鉄道「伊豆仁田駅」のあたり?
また、函南町における行政や商業の「中心地」は、JR函南駅ではなく、伊豆箱根鉄道(いずっぱこ)の伊豆仁田駅から大場駅にかけての平地に集まっています。
伊豆箱根鉄道(通称:いずっぱこ):三島駅から修善寺駅までを結ぶ、ローカル線の愛称です。
伊豆箱根鉄道については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

修善寺の観光については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

街の中心はどこ?
そして、町の大事な仕事をたくさん行う重要施設である函南町役場は、伊豆仁田駅から直線距離で、東へ2km弱の場所にあります。
また、伊豆仁田駅の周辺にはスーパーや学校などが集まっており、町民の皆さんの多くはこの平坦・活発なエリアで生活されています。
なぜここ(町の北のはずれ)に駅が?
そして函南駅は、トンネルの出口をそのまま駅にしたため、山の中腹という不便な場所になってしまいました。
駅前はとても静かですが、利用客は意外と多く、朝夕は通勤・通学の人で賑わいます。
すなわち、函南駅は「街への玄関口」というよりは、「山を抜けてきた電車の休憩所」のような独特の雰囲気を持っているわけです。
函南駅の「理想的な」利用スタイル
そして、函南町民にとっての「最強の通勤ルート」の一つが、そのパークアンドライド(車+電車)の組み合わせです!
パークアンドライド:駅まで自家用車で行き、車を置いて電車や新幹線などに乗り換える仕組みのことです。
渋滞緩和や環境への配慮から推奨されていますね!
熱海駅での新幹線乗り換え、東京通勤のリアル
函南駅から熱海駅までは、(丹那トンネルを過ぎて)電車でわずか10分弱となっています。
熱海駅から新幹線に乗れば、東京駅まで約40〜50分。
このように新幹線とうまく併用すれば、函南駅からはドア・トゥ・ドアで驚くほど快適に、都内へと通勤できてしまうことになります。
ドア・トゥ・ドア:出発地のドアから目的地のドアまで、乗り換えを含めた全行程のことです。
これは移動の利便性を測る指標になります。
このように、函南駅は山の上にポツンとある駅だからこそ、
という使い方ができるわけです。
すなわち、「土地の利」を最大限に活かした、スマートな方法と言えますね。
駅の名前の由来
函南駅の名前の由来「箱根の南」にあることから、「函南」という名前がつきました。
函は「はこ」とも読みます。北海道の函館と同じです。
函館は、「かんかん」とも読めるわけですね。(^^;
箱根は古くは「函根」と書かれることもありましたが、現在は「箱根」の表記が一般的です。
「函」も「箱」も、どちらも「入れ物」を意味します。
「信号場」になる予定だった?
当初は駅ではなく、電車のすれ違いのための施設(信号場)として計画されていました。
信号場とは、駅のように乗客の乗り降りをするためではなく、あくまで列車の「行き違い」や「追い越し」のために作られた場所のことをいいます。
例えば、レールが1本だけの「単線」区間では、この「信号場」は特に重要になります。
鉄道の安全運行の要ですね!
また、函南駅のような複線区間でも信号場は必要です。
例えば、事故や故障で片方の線路が塞がった際の「折り返し運転」や、メンテナンスを行うための保守車両の待機場所としても重宝されます。
しかし、地元の熱烈な請願によって「駅」として誕生したという、熱いエピソードがあります。
函南駅が信号所から正式な旅客駅へと昇格したのは、1934年(昭和9年)12月1日です!
始まりは信号所→念願の駅昇格
1933年に、まずは列車の行き違いなどを行うための下丹那信号所として設置されました。
これは丹那トンネル開通前年の1933年でしたが、下丹那信号場は、工事や試運転の拠点となっていました。
その翌年、丹那トンネルの開通と同時に、正式に「函南駅」としてデビューを果たしました。
すなわち、トンネルが完成して東海道本線のメインルートがこちらに移ったというわけです。
函南町の名物「牛乳」秘話
140年の歴史!「酪農の里」丹那のひみつ
函南町といえば、静岡県民なら誰もが知っている丹那牛乳の故郷です!
実はここ、140年以上も前から牛の飼育が続いている、歴史ある場所というわけです。
きっかけは一人の情熱!ピンチをチャンスに(函南・丹那牛乳)
なぜ函南町(特に丹那盆地)が牧畜に向いていたのか、その理由は
- 「地形」
- 「気候」
- 「歴史的な大事件」
の3つに隠されています。
トンネル工事(地下水の排出作業)により、村から水が消えた
もともと丹那盆地は、豊かな水を使った米作りが盛んな場所だったのでした。
しかし、現実はあまりにも過酷なものでした。
トンネル工事で大量の湧き水(地下水)が吹き出してきて、放っておくとトンネルの中が水浸しになってしまうため、作業員たちの安全にも影響してきました。そうした地下水を(作業員の安全のために)意図的に排出したため、丹那盆地の地下水は、まるで栓を抜いたように流出してしまいました。
田んぼは枯れ、飲み水すら不足し、生活すら困難に
このように、丹那トンネルの工事によって湧水が止まらなくなり、田んぼに水がいかなくなってしまいました。地元の人々が先祖代々守ってきた水田がカラカラに乾いてしまったことで、お米が全く作れなくなってしまいました。
そんな中、村では田んぼはおろかやがて飲み水すら不足するようになってしまい、当時の人々の絶望感は計り知れないものがありました。
苦境を、酪農によって乗り越えた
お米が作れなくなった村人たちは、生き残るために「逆転の発想」をしました。
まずは、酪農への全力シフトでした。
すなわち、水がなくてもできる酪農に、村の運命を賭けました。
酪農:牛や羊などを飼って、牛乳や乳製品を作る農業のことです。
この酪農を実現させるため、なんとかお金を工面して、牛を買ったといいます。
当時非常に高価だった乳牛を、村が無理をしてまで導入し、農家へと貸し出しました。
すなわち、ただ嘆くのではなく、「新しい生き方」を自分たちの手で切り拓いたのです!
酪農王国オラッチェに行くと、その歴史を感じながら、美味しいソフトクリームを味わえますね!
酪農王国オラッチェ:函南町丹那にある体験型牧場です。
新鮮な乳製品を楽しめ、大人から子供まで酪農の魅力に触れられますね!
丹那盆地の「冷涼な気候」こそが、牛を笑顔にする
では、なぜ丹那盆地は牛を育てる酪農にとても適していたのか。
丹那盆地は、実は牛たちにとって、最高の環境が揃っていたわけです。
標高の高さ、山間部の涼しさ
そもそも乳牛(特にホルスタイン)は、暑さがとても苦手です。
しかし、丹那盆地は標高約250mに位置しており、平地よりも気温が低く保たれています。
ホルスタイン:あの白黒模様でおなじみの、我々もよく知る牛さんのことです。
世界で最も多く飼われている牛さんです。
体が大きく、出てくる生乳の量も圧倒的に多いですね!
このように丹那盆地は、周囲を箱根や伊豆の山々に囲まれているため、夏でも風が通りやすくなっています。
そのため、牛たちがバテずに過ごせるというまるで「天然の避暑地」のような場所でした。
したがって、この涼しい環境が、質の良い生乳をたっぷり出してくれる秘訣だったわけですね!
牛乳と生乳の違い:搾ったままの「生」の状態が、生乳です。
しかしそのままでは飲めないため、工場で加熱殺菌しパック詰めしたものが、いわゆる「牛乳」と呼ばれます!
豊かな「土」と「牧草」の恵み
牛がおいしい乳を出すためには、栄養満点の牧草が欠かせません。
元々このエリアは、大昔に箱根火山などの火山灰が積もってで出来た土壌の上にあるために「水はけ」が良く、牧草を育てるのに適していたという、火山の恩恵にある土地だったわけです。
すなわち、牛たちが「食べるもの」から「住む場所」まで、何もかも牧畜をするのによい条件が揃っていたわけです。
丹那が牧畜の聖地になった理由・まとめ
- 涼しい:標高が高く、暑がりの牛たちにとっては最適!
- 土が良い:牛たちにとって美味しい牧草が育ちやすい土壌にある!
- 歴史の転換:トンネル工事で水が枯れてしまったことで、逆に酪農に全力を注ぐことになった!
すなわち、今私たちが丹那牛乳を美味しく飲めるのは、この土地の自然と、歴史の荒波を乗り越えた人たちの努力のおかげであるというわけですね。
なぜ田んぼはNGで、酪農はOKなのか (函南・丹那盆地)
では、なぜ今の函南・丹那盆地においては、田んぼはNGで、酪農はOKなのか。
さらに詳しく深掘りしてゆきましょう。
水田は「水のクッション」が必要
お米作り(水田)は、植物の中でも特に大量の水を必要とします。
というのも、田んぼは「常に水に浸しておく」という必要があります。
そのため、まともに稲を育てるためには、(田んぼの表面に対して)常に数センチほどの高さの水を張り続けるという「湛水」という状態をキープし続けなければなりません。
湛水:田んぼなどに、必要な量の水を溜めておくことです。
蒸発と浸透
しかも、せっかく田んぼに対して引っ張ってきた水は、何もせずにそのまま放置しておくと、
- 太陽によって暖められ、蒸発したりする
- 地面の下に、水が染み込んだりする
といった感じで無くなってしまいます。
そのため、田んぼには常に新しい水を延々と供給し続けなければならない、という必要があるわけです。
牧草は「雨と土の水分」のみで育つ
一方で、牛の食べ物となる「牧草」は、水田に比べると、圧倒的に少ない水の量で育てることができます。
牧草は基本的に、雨水や、土の中に含まれている湿気を吸収したりをメインにして成長します。
すなわち、稲作における田んぼのように「常に水に浸かっている」という必要はないわけです。
また牧草は、乾燥にも強い品種であるという特長・強みもあります。
すなわち、たとえ水が少なくない環境であっても育ちやすいような種類の草を選ぶことで、限られた水資源を有効活用できていたのでした。
「牛が飲む水」さえあれば成立した
もちろん、牛も生き物ですから、水を飲みます。
しかし、その量は(稲作で)田んぼに流し続け・張り続けなればならない水の量に比べればごくわずかであり、比較的少ない量の水でも済むわけです。
すなわち、田んぼ全体に対して水を広げる必要性はなく、あくまで牛が飲む分だけの水を確保すればOKというわけです。
そのため、たとえ深い井戸や川が枯れてしまったとしても、わずかな生活用水・飲料水さえ確保できれば、牧畜は継続可能だったのでした。
ピンチが生んだ「逆転の発想」
このように、当時の村人たちにとって、先祖代々続けてきた米作りを諦めるのは断腸の思いだったはずです。
しかし、
と決断したことが、結果として100年後に今の我々が味わっている「丹那ブランド」へと繋がっていったのでした。
まさに、自然環境の変化に合わせた「究極の適応」だったと言えます。
丹那牛乳と、函南町はじめとする経済・産業等への影響
「のっぽパン」と丹那牛乳の美味しい関係
静岡名物、バンデロール社の「のっぽパン」についても、素敵な事実があります!
「のっぽパン」のクリーム部分には、丹那牛乳が贅沢に使用されています。
静岡を代表するご当地パンと、ご当地牛乳が組み合わさっているなんて、まさに無敵の美味しさですね!
のっぽパン:静岡県で1978年から愛されている細長いパンのことです。
キリンのキャラクターでおなじみですね。
丹那牛乳と、函南町の経済への影響
また、このように丹那牛乳がとても繁盛することは、町全体にとっても非常に大きなメリットをもたらしています。
まず、町にとっての貴重な財源になるという点です。
丹那牛乳に関連している企業や農家の方々からの事業収入からは、(法人町民税や所得税、固定資産税などが)税金として町に納められています。
これによる税収は、函南町の道路整備や福祉、ひいては教育のための大切な財源として使われているというわけです。
すなわち、丹那牛乳のような一つの大きな産業は、町にとっての発展につながったりもするため不可欠というわけですね!
丹那牛乳と、北海道の牛乳とを比較・徹底検証!
ここからは、そんな丹那牛乳と、牛乳日本一・食の宝庫ともいうべき北海道の牛乳とを徹底比較・検証してゆきます!
丹那の夏の気温は「北海道並み」か?
では、丹那盆地の夏の気温は「北海道並み」に涼しいのでしょうか?
結論から言うと、丹那盆地は
- 北海道(札幌など)の夏よりはやっぱり暑いけれども、
- それでも静岡の市街地あたりよりは、圧倒的に涼しい
という、なんとも絶妙なポジションにあるわけです。
丹那盆地と、北海道の気候との比較
夏の丹那盆地(標高約250m)は、平地(三島や沼津あたり)に比べると、気温が2〜3度ほど低くなります。
一方、札幌の8月の平均気温は約22度前後ですが、丹那盆地はさすがにそこまで低くなることはありません。
なので、おおのそ「都会の5月下旬か6月初め」くらいのような爽やかさとなります。
したがって、「北海道と全く同じ」ではありませんが、
であることは間違いありません。
蒸し暑い風が入ってきにくい、丹那盆地
また、丹那盆地は周囲を山に囲まれているというメリットがあります。
すなわち、四方を山によってブロックされているため、外からの湿った熱い(蒸し暑い)空気が入んできにくく、独自の涼しい気候が保たれやすいわけです。
これは暑いのが苦手な牛さんたちにとっては、とても嬉しい気候ですね!
丹那と北海道の比較検証 (函南の話題その他)
「広さ」ではさすがに北海道には勝てない そのための工夫の数々
北海道の酪農は、まるで地平線まで続くような広大な牧草地が主役です。
- 北海道スタイル:一つの農家が持っている土地がそもそも「桁違い」に広く、牛を放牧(外に放し飼いにする)しておき、勝手に草を食べてもらうというスタイルが一般的です。
- 丹那スタイル:山に囲まれている限られた盆地の中にあるため、北海道のような無限の広さは期待できません。
したがって、丹那盆地では北海道のような「放牧」というよりは、牛舎の中で牛さんたちを大切に育てながら、近くの畑において収穫した草を運んで食べさせるという、「丁寧な管理」が主流となっています。
北海道の涼しさにはさすがに勝てない そのための工夫の数々
またいくら丹那盆地が涼しいといっても、さすがに真夏の北海道のカラッとした冷涼さには及びません。
そのため、丹那の酪農家さんたちは、牛さんたちに気持ちのいいミストを浴びせたり、扇風機を回したりと、独自の「ハイテクな工夫」によって、牛さんたちの夏バテを防いでいます。
このあたりは、広大な自然の涼しさに頼れる北海道との大きな違いですね!
「量」の北海道 vs 「質・鮮度」の丹那 それでも丹那牛乳が勝負できる理由
ここが一番面白いポイントです!
- 北海道:日本全国の牛乳の半分以上を支える、巨大な「日本のミルクタンク」です。
- 丹那:規模では勝てませんが、消費地(静岡や首都圏)との距離が圧倒的に近いです。
消費地:作られた製品を、実際に使う人がたくさんいる場所(都会など)のことです。
このように、丹那牛乳の最大の武器は、都会に近いからこそできる「鮮度」です。
すなわち、「生乳を絞ってから、パック詰めして、食卓に届くまで」のスピード感は、北海道産の牛乳には真似できないような、まさに地元ならではの「強み」と言えますね!
牛乳日本一は、北海道・別海町
そして、北海道の別海町こそが、まさに生乳生産量で日本一を誇る、「キング・オブ・酪農王国」ですね!
もちろん函南の丹那盆地も確かに素晴らしい場所ですが、それでもやはりスケールの面では、別海町は文字通り「ケタ違い」というわけです。
興味深い比較を交えながら、そのすごさを解説しますね!
別海町:「人口より牛が多い」を地で行く町 (函南駅の話題・エトセトラ)
別海町のスゴさを語る上で一番有名なのが、その圧倒的な牛の数です。
- 人間人口より牛が多い:人口が約1.4万人なのに対し、乳牛は約10万頭以上!
- 圧倒的格差:なんと、「人間1人に対して、牛が約7〜8頭」もいる計算になります。
このように、人間よりも牛の方が圧倒的に多いという、まさに牛が主役の町というわけです。
摩周湖の「水」の恵み! 別海町は牛たちにとってのパラダイス
函南・丹那盆地がかつて(トンネル工事による)「水不足」と戦った歴史があるのに対して、別海町は圧倒的な北海道の自然が生み出す「水の豊かさ」を武器にしています。
- 摩周湖の伏流水:牛さんたちが毎日飲んでいる100リットル以上にも及ぶ水は、あの摩周湖の伏流水というわけです。
- とても贅沢な環境:牛さんたちは広大な草原においておいしい牧草を食べつつ、さらには先述の日本屈指の綺麗な水を飲む。
伏流水:地面の下を流れている、とても綺麗に「ろ過」された地下水のことです。
摩周湖については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

すなわち、別海町は牛たちにとっては「最高級のレストランに住んでいる」ような環境というわけですね。
これが、濃厚で美味しい牛乳を生み出している秘訣です!
こうした北海道ならではの牛乳と、函南・丹那盆地から産み出される牛乳を飲み比べてみて、様々な自然の工夫などをかみしめてみるのもいいかもしれませんね!
おわりに・まとめ
函南駅・函南町・丹那山地の地理や歴史を学んでみて、いかがだったでしょうか。
巨大な丹那トンネルの開通が、人々の暮らしを根底から変え、未来への願いへと変えていった軌跡には、本当に感動してしまいますね!
すなわち、今私たちが手にする一本の牛乳や、窓の外を流れる景色には、100年分の想いがギュッと詰まっているというわけです。
これらを学ぶことで、次回の訪問ではより深く、まるでこうした土地の歴史などを感じるような、豊かな旅を楽しめるはずですよ!
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