鉄道唱歌 山陽・九州編 第38番 箱崎に到着! 筥崎宮、八幡の神様

まずは原文から!

おとにきゝたる箱崎(はこざき)の
松(まつ)かあらぬか一(ひと)むらの
みどり霞(かす)みて見(み)えたるは
八幡(やはた)の神(かみ)の宮(みや)ならん

さらに読みやすく!

おとにききたる箱崎(はこざき)の
松(まつ)かあらぬか 一(ひと)むらの
みどり霞(かす)みて見(み)えたるは
八幡(やはた)の神(かみ)の宮(みや)ならん

さあ、歌ってみよう!

♪おーとにききたる はこざきのー
♪まーつかあらぬか ひとむらのー
♪みーどりかすみて みえたるはー
♪やはたのかみのー みやならんー

「筥崎宮」の鎮座する、箱崎へ

香椎駅(かしいえき)より鹿児島本線をさらに博多方面へ進めると、箱崎駅(はこざきえき、福岡県福岡市)をはじめとする筥崎宮(はこざきぐう)の鎮座する地域に入ってきます。

箱崎駅(福岡県福岡市)

筥崎宮(はこざきぐう)とは、いわゆる八幡の神様(やはたのかみさま)を祀(まつ)る神社です。
八幡の神様(やはたのかみさま)とは、いわゆる戦いの神様のことです。

「戦いの神様」を祀る、日本三大八幡神社

日本三大八幡」は、全国の総本社である大分県宇佐市(うさし)の宇佐神宮(うさじんぐう)に始まり、この筥崎宮(はこざきぐう)、そして京都府八幡市の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)があります。

八幡の神様は、戦(いくさ)の神様として源氏(げんじ)からも代々崇拝されてきた歴史があります。
源頼朝(よりとも)が幕府を開いた鎌倉(かまくら)には、鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)というこれまた立派かつ歴史的に重要な八幡の神社があります。
なので、上記3つに加えて鶴岡八幡宮もあわせて「日本四大八幡」としてもいい気が個人的にはしています(あくまで個人的な意見なので、決して押し付けるつもりはありません)。

石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)は、あの源義家(よしいえ)こと八幡太郎(はちまんたろう)さんが元服(げんぷく)をした場所としても知られます。
なぜ源義家が八幡太郎という名前なのかというと、石清水八幡宮で元服したからです。元服(げんぷく)とは、成人の儀式のことをいいます。
源義家は、平安時代に東北地方で「前九年の役」「後三年の役」で活躍しました。
また、彼は福島県と茨城県の太平洋側の県境にある勿来の関(なこそのせき)、で「道も狭(せ)に散る花・・・」と詠みました。
これは、鉄道唱歌 奥州・磐城編 第51番でも歌われています。
 
八幡の神様(やはたのかみさま)は、先述の通り鎌倉にある鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)のように、代々源氏(げんじ)によって「戦いの神様」「必勝の神様」として拝まれてきた歴史があります。
現代でも、多くのスポーツや大事な試合に勝つために、必勝祈願のために訪れる方が多くいらっしゃいます。

同じく「戦いの神様」つまり「軍神」と呼ばれる神様の中には、長野県・諏訪神社の「タケミナカタノミコト」や茨城県・鹿島神宮の「タケノミカヅチノミコト」など多くいらっしゃいます。

なお、タケノミカヅチノミコトは奈良時代に、茨城県の鹿島神宮(かしまじんぐう)から鹿(シカ)に乗って奈良に乗ってきたため、これが奈良の鹿の起源だと言われています。

箱崎駅で降りて、筥崎宮へ

筥崎宮(はこざきぐう)へは JR鹿児島本線の箱崎駅(はこざきえき、福岡県福岡市)から行くこともできますが、こちらから徒歩で行くとやや遠いので、福岡市営地下鉄箱崎線(はこざきせん)の箱崎宮前駅(はこざきぐうえき)で降りれば近くて便利です。福岡市営地下鉄の空港線博多駅から中洲川端駅(なかすかわばたえき)で箱崎線に乗り換え、貝塚(かいづか)ゆきに乗りましょう。

次回も、箱崎についての解説をします!

注意
この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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