鉄道唱歌 関西・参宮・南海編の歌詞(尾崎、樽井など)・観光・歴史について、わかりやすく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
樽井にちかき躑躅山
やまず來て見ん春ふけて
花うつくしく咲く頃は
さらに読みやすく!
樽井にちかき躑躅山
やまず来て見ん春ふけて
花うつくしく咲く頃は
さあ、歌ってみよう!
♪たるいにちかき- つつじやまー
♪やーまずきてみん はるふけてー
♪はなうつくしくー さくころはー
和歌山市駅→紀ノ川駅(旧・和歌山北口駅)→(旧・深日駅跡)→尾崎駅→樽井駅→泉佐野駅→貝塚駅→岸和田駅→泉大津駅→羽衣駅→浜寺公園駅→湊駅→堺駅→(大和川)→住吉大社駅→天下茶屋駅→なんば駅
※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ表記
大阪府に入り、海側に出てくる
和歌山を出発して北上すると、やがて大阪府に入ります。
そして深日駅跡を過ぎると、南海多奈川線との分岐駅である、
- みさき公園駅(大阪府泉南郡岬町淡輪)
を過ぎます。
壮大な大阪湾の景色
ここで、窓の左手には大阪湾の海原が広がります。

大阪湾の景色(南海本線の車窓より)

大阪湾の景色(南海本線の車窓より)
写真は天気が悪くて恐縮ですが、天気が良ければきっと淡路島が見えることでしょう(筆者未確認のため、真偽は不明です。すみません)。
尾崎駅に到着
海の景色を左に見つつ、やがて
- 尾崎駅(大阪府阪南市)
に到着します。

南海本線・尾崎駅(大阪府阪南市)
阪南市の中心駅・尾崎駅
尾崎駅は、阪南市の中心駅です。
大阪府阪南市は、大阪府で最も南にある自治体です。
恐らく、大阪府の南という意味で「阪南市」と名付けられたのでしょう。
関西国際空港に近い、阪南市
阪南市は、大阪の中心地までは約1時間とやや遠いですが、その一方で関西国際空港からは約30分(よりもやや短いくらい。ダイヤによる)というアクセス条件のよい場所になります。
現代はLCC(格安航空会社)がかなり一般的であり、LCCは主に関西国際空港から発着します。
そのため、新幹線に乗るために新大阪駅まで出にくいという人々にとっては、便利な立地の街と言えるかもしれません。
阪南市・本願寺尾崎別院
阪南市には、歌詞にもある「本願寺尾崎別院というお寺が存在します。
「本願寺」とは?
本願寺とは、言うまでも無く浄土真宗のお寺になります。
浄土真宗は、鎌倉時代に親鸞という方によって開かれた宗派になります。
元々このお寺は本願寺ではなく、別の小さなお寺だったようです。
それが後に本願寺に寄進して、本願寺の一部、つまり「尾崎別院」いうことになりました。
「寄進」とは?
「寄進」とは、自分たちが守れない(守り切れない)土地や施設を、どこかのお偉い方々や力を持った人達に守ってもらう、というやり方です。
その代わり、自分たちの土地や施設を、お偉い方々に自由に使わせてあげるという、ある意味ギブアンドテイクの関係、つまりWin-Winの関係を作り上げることが行われます。
余談・補足「寄進地系荘園」とは?
他にも「寄進」という言葉の用法の有名なものとして、平安時代の「寄進地系荘園」というものがあります。
寄進地系荘園とは、自分たちで必死に耕した田んぼの荘園を、乱暴な国司による税金の取り立てから守るために考え出された方式です。
お寺や貴族などに守ってもらうかわりに、自分たちの荘園を自由に使わせてあげるという、ギブアンドテイクでWin-Winの関係です。
そもそも、「荘園」とは?
荘園とは、自分たちで好き放題耕した結果による広大な田んぼからなる土地です。
奈良時代は、元々は公地公民制といって、土地は全て天皇と朝廷のものであり、好き放題に耕すことは許されませんでした。
しかしそれだと農民のモチベーションは上がらないし、田んぼを放りだして逃げ出してしまっていたのでした。
そのため、743年に出された「墾田永年私財法」をきっかけに人々は自由に田んぼを耕してもよいことになりました。
これによって「田んぼを耕すほど儲かる」ため、どんどん田は大きくなってゆきます。これが「荘園」です。
すると荘園は常に略奪の危機にあったため、武装する農民が出て来ます。これが「武士」の始まりです。
やがて平安末期になると武士の力がかなり増してきて、武士たちが
と気付きだし、源平合戦を経て、初の武家政権となる鎌倉幕府が誕生したのでした。
樽井駅(泉南市)に到着
話を元に戻します。
尾崎駅から一つ先に進むと、
- 樽井駅(大阪府泉南市樽井)
に到着します。

南海本線・樽井駅(大阪府泉南市)
阪南市・泉南市の市境「男里川」
尾崎駅と樽井駅のわずかな駅間に、男里川という川があます。
ここが、
- 「阪南市」
- 「泉南市」
の市境になっています。
- 尾崎駅は、「阪南市」
- 樽井駅は、「泉南市」
です。
市名が少し似ている気がするため、混同しないように注意しましょう。
歌詞にある「躑躅山」とは?
躑躅山とは、歌詞によればその樽井駅に近い場所に存在していたであろう、ツツジが綺麗な山のことです。
しかし現代では情報が少なく、躑躅山については私も散々調べたのですが、結局よくわかりませんでした(敗北宣言)。
恐らく、ツツジの花が春になると満開に咲き誇っていた山なのだと思われます。
旅の楽しみ「春になって、花が美しくなったらまた来よう」
そして歌詞によれば、
というわけです。
鉄道唱歌 関西・参宮・南海編は、ここまで何度も解説してきたように、歌詞の内容から、作者の大和田建樹さんは、夏に今回の旅行をしていた可能性が高いです。
旅行では、せっかく花の名所にやってきても、季節外れで花が全然咲いていない場合ってありますよね。
なので、春になったら改めてまた来てみようということですね。
次は、泉佐野市へ
次は、さらに北の泉佐野市方面へ向かってゆきます!
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