中央線鉄道唱歌 第68番 名古屋は人口230万人の大都会 四方に輝く、名古屋城の金の鯱

中央線鉄道唱歌の歌詞(名古屋、名古屋城の観光・歴史など)について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説してゆきます!

↓まずは原文から!

三府さんぷにつゞく大都會だいとかい
名古屋なごやは人口四十萬しじゅうまん
商工業しょうこうぎょう繁昌はんじょう
四方よもにかゞやく金のしゃち

さらに読みやすく!

三府さんぷにつづく 大都会だいとかい
名古屋なごやは人口四十万しじゅうまん
商工業しょうこうぎょうの 繁昌はんじょう
四方よもにかがやく 金のしゃち

さあ、歌ってみよう!

♪さんぷにつーづく だいとかいー
♪なごやはじんこう しじゅうまん
♪しょうこうぎょうの はんじょうも
♪よーもにかがやく きんのしゃち
(中央西線)
中津川駅→恵那駅→釜戸駅→瑞浪駅→土岐市駅→多治見駅→高蔵寺駅→春日井駅→勝川駅→大曽根駅→千種駅→鶴舞駅→金山駅→名古屋駅

※鉄道唱歌に関連する駅と、その他主要と思われる駅を筆者の独断と偏見でピックアップしたもの

現代語訳のまとめ

まずは、現代語訳から確認してゆきましょう。

  1. 江戸・大阪・京都三府(三都)に次ぐ大都会として知られる、
  2. 名古屋は、人口が四十万人にも達している。
  3. ​そして、この街の商工業の繁栄ぶりは大変なものであり、
  4. 名古屋城の天守閣にそびえ立ち、四方八方を明るく輝かせる「金のしゃち」が、その繁栄を象徴しているのである。

今回の旅のゴール・名古屋

前回で、愛知県の県庁所在地である名古屋市の中心駅であり、また今回の旅のゴールである名古屋駅なごやえきに到着しています。

名古屋駅(愛知県名古屋市中村区)

名古屋駅(愛知県名古屋市中村区)

人口230万人の大都会・名古屋

愛知県名古屋市なごやしは、愛知県の県庁所在地であり、人口230万人の大都会です。

名古屋については、鉄道唱歌 東海道編でも歌われています。
詳しくは、以下の記事もご参照ください。

【名古屋・岐阜】鉄道唱歌 東海道編を、楽しく解説!
鉄道唱歌 東海道編の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます!名古屋・岐阜の地理・歴史などを、初心者の方にもやさしく解説してゆきます!

歌詞「三府」とは?

歌詞には、

三府さんぷに続く大都会

とあります。

ここでいう「三府」とは、以下の三つの都市をいいます。

  • 東京府
  • 京都府
  • 大阪府

東京は、戦時中の1943年までは「東京府」と呼ばれていました。
1943年に「東京都」に改められたわけです。

ちなみにこのとき東京都に改正された理由は、戦時中のコストダウン・一本化が目的でした。
というのも、「東京府」「東京市」との間で、二重行政という、仕事・税金面でのムダが生じていたからです。
なので「東京市」を廃止して、新たに「東京都」にしたわけですね。

名古屋は、その三つの大都市に続く大都会、と歌われているわけです。

当時は人口40万人

また、歌詞では人口40万人とあります。
しかし、明治時代の当時の日本の人口は、現代の約3分の1の約4,000万人でしたので、当初から人口は多かったことがわかります。

というか、鉄道唱歌の当時(明治時代)、日本のほとんどの街は、多くても人口10万人以下でしたから、当時で人口40万人がいかに多かったかがわかります。
また、今は「市」の自治体も、その多くは昔は「町」や「村」だったのでした。
人口が増えるにつれて「町」や「市」に変わっていったわけです。

名古屋・JRセントラルタワーズ(愛知県名古屋市)

名古屋・JRセントラルタワーズ(愛知県名古屋市)

明治から大正にかけての名古屋は、驚異的なスピードで都市化が進んでいました。
また、明治時代以降、名古屋繊維産業機械工業を中心に、近代都市として急成長しました。

熱田神宮の門前町・名古屋

名古屋は元々、熱田神宮あつたじんぐう門前町もんぜんまちとして栄えました。

熱田神宮には、皇室にとっても大事なアイテムである「三種さんしゅ神器じんぎ」の1つである、草薙くさなぎつるぎまつられています。
そのため、熱田神宮はとても尊い神社だということになります。

その熱田神宮を参拝するため、江戸時代までは東海道をはるばると(徒歩または馬で)旅してきたのでした。
すると、その旅人たちをもてなすための飲食店や茶店、宿場町などがたくさん、名古屋の町にできてくるようになります。

熱田神宮については、以下の記事でも解説していますので、ご参照ください。

【熱田】鉄道唱歌 東海道編を、わかりやすく解説!
鉄道唱歌 東海道編(熱田神宮の歴史など)について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説してゆきます!

熱田神宮の宿場町・宮宿

名古屋には、かつて東海道最大の宿場町として栄えた宮宿みやしゅくがあり、なんと230もの旅籠はたごがありました。

旅籠はたごとは、一般の旅人が泊まるための宿であり、現代の価値だと約3,000円~5,000円程度で泊まれたといいます。
旅籠は、他の宿場町では100件もあればかなり多い方でしたから、宮宿の230という数がいかに大きい規模だっかがわかります。

名古屋城の城下町・名古屋

そして名古屋は江戸時代には、名古屋城の城下町としても栄えました。

城下町では、城に勤務する武士(今でいう公務員)と、彼らをもてなすための商業施設で賑わうため、街の規模が大きくなっていくというわけです。

名古屋城(愛知県名古屋市)

名古屋城(愛知県名古屋市)

尾張徳川家の支配下にあった、名古屋

名古屋には、江戸の徳川家のバックアップとしての家系(徳川御三家ごさんけ)の一つである「尾張徳川家おわりとくがわけ」がありました。
そのため、名古屋という土地が、徳川家にとっていかに重要だったかがわかります。

その他の徳川御三家(ごさんけ)には、

  • 和歌山県の「紀州徳川家
  • 茨城県の「水戸徳川家

の二つがあります。

紀州徳川家については、以下の記事もご参照ください。

【和歌山城】鉄道唱歌 関西編を、わかりやすく解説!
鉄道唱歌 関西・参宮・南海編の歌詞(和歌山城、紀州徳川家)・観光・歴史について、わかりやすく解説しています!

水戸徳川家については、以下の記事もご参照ください。

【水戸の観光・歴史】鉄道唱歌 奥州・磐城編を解説!
鉄道唱歌 奥州・磐城編の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます! 水戸市・水戸藩の歴史などを、やさしく解説してゆきます!

四方に輝く、金の鯱(しゃちほこ)

名古屋城は、金のシャチホコ(鯱)が印象的です。
シャチホコとは、城の頭に二つ輝く、荘厳そうごんな飾り付けのことをいいます。

しゃちほこは伝説上の生き物で、火除けの守り神として屋根に置かれました。
四方にかがやく」という表現は、単に金ピカに光っているだけでなく、名古屋という街の勢いが、まるで太陽のように周りを照らし、日本中にその名を轟かせている…という力強い誇りが込められています。

名古屋の名物を堪能しよう

名古屋といえば、やはり「きしめん」「手羽先てばさき」です。そして名古屋で遊ぶ場所といえば、やはりさかえです。
さかえへは、名古屋駅から地下鉄東山線でわずか「2駅」で行けるため便利です。

  • サンシャイン栄」の観覧車
  • 久屋大通ひさやおおどおり名古屋テレビ塔
  • オアシス21の壮観な景色
  • SKE48劇場
  • サカエチカ

などなど、たくさんの見所があります。

名古屋テレビ塔(現・中部電力MIRAI TOWER)(愛知県名古屋市)

名古屋テレビ塔(現・中部電力MIRAI TOWER)(愛知県名古屋市)

未来のリニア駅・名古屋へ

おわりに:名古屋は、リニアの未来の駅にもなります。
鉄道唱歌の歌詞も、いよいよクライマックスです!!

コメント