【賢島・志摩市】観光・歴史を、わかりやすく解説!

三重県志摩市賢島の観光・地理・歴史(賢島の由来、なぜ真珠が盛んなのか、九鬼水軍との関係など)を、わかりやすく解説してゆきます!

賢島の海・景色(三重県志摩市)

賢島の海・景色(三重県志摩市)

三重県志摩市・賢島(かしこじま)

今回は三重県志摩市しましにある美しい島である賢島かしこじまついて、歴史や地理、そして真珠しんじゅの秘密まで詳しくお話ししますね!
志摩市は、豊かな海と複雑な海岸線が織りなす、とても神秘的で魅力溢れる場所なんですよ。

筆者・賢島より(三重県志摩市)

​志摩市・賢島の場所と特徴

賢島駅に停車する、近鉄特急「しまかぜ」(三重県志摩市)(賢島の観光・歴史)

賢島駅に停車する、近鉄特急「しまかぜ」(三重県志摩市)

志摩市しましは、三重県の南東部、伊勢志摩国立公園の南側に位置しています。
地図で見ると、三重県や和歌山県からなる日本最大の半島である紀伊半島きいはんとうの北東側に突き出た、「志摩半島しまはんとう」の先端部分にあたります。

また、志摩市の北側には、

  • あの「お伊勢参り」で有名な伊勢神宮が存在する伊勢市いせし
  • 日本でも数少ないラッコのいる珍しい鳥羽水族館とばすいぞくかんがある、鳥羽市とばし

がそれぞれ隣接している土地であるというわけです。

志摩市の​メインの駅はどこ?

志摩市の中心的な役割を担っているのは、鵜方駅うがたえきです。

  • 鵜方駅うがたえき:ここは志摩市しましの行政・商業の中心地にあり、市役所へのアクセスもここが一番便利です。
  • 賢島駅かしこじまえき観光の拠点としては、近鉄賢島線終着駅であるこちらの駅も非常に重要です。

鵜方駅は、今や恋人の聖地とも呼ばれる渡鹿野島わたかのじまへの最寄駅でもあります。
渡鹿野島ハート型の形をしていることから、現在では恋人の聖地としてよく知られています。

NPO法人から正式に認められているそうです。

恋人の聖地などについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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​賢島(かしこじま)とは?(志摩市)

賢島の英虞湾のエメラルドグリーンの景色(三重県志摩市)(賢島の観光・歴史)

賢島の英虞湾のエメラルドグリーンの景色(三重県志摩市)

賢島かしこじまは、英虞湾あごわんに浮かぶ非常にたくさんの島々からなるうち、最大の島です。
ただしとはいっても、現在は鉄道道路の橋で本州とも繋がっているため、ほとんど半島に近いような状態・地形であり、本州との移動は近鉄賢島線でひとまたぎであり、とてもスムーズです。

また、賢島は2016年に行われた「伊勢志摩いせしまサミット」の会場にもなったことで、各国の偉い大統領首相の方々が来られたことで、世界的に有名になりましたね!

​「賢島」の名前の由来

賢島駅に停車する、近鉄特急「しまかぜ」(三重県志摩市)

賢島駅に停車する、近鉄特急「しまかぜ」(三重県志摩市)

​「賢島かしこじま」の名前の由来にはいくつか説がありますが、面白いものを紹介しますね。

​潮が引くと歩けたから 「かち越え」→「かしこ」

かつて、干潮時に海の底(浅い部分)が露出するようになり、徒歩で渡れる状態となることを「かち越え」と言い、それが訛って「かしこ」になったという説があります。

  • かち(徒歩)→「かし」に変化
  • 越え(こえ)→「こ」に変化

かしこ(じま)

​カシコという生き物がいたから?

かつてこの周辺で、アワビ稚貝や特定の貝を「カシコ」と呼んでいたからという説があるそうです。

​ちなみに、「賢い」という意味の漢字が当てられたのは、意外にも近代になってからだと言われています。

​賢島の九鬼水軍(くきすいぐん)との関連性

また、かつて​最強の海賊団とも称され、あの織田信長豊臣秀吉からも高く評価されたた九鬼水軍くきすいぐんと、ここ・賢島のある志摩市は、切っても切れない縁があります。

​本拠地の一部だった賢島

九鬼氏くきしは、この志摩しま地方においてかつて群雄割拠かつカオスにあちこち暴れ回っていた豪族をまとめ上げ、この防御力の高い複雑な地形を活かして、海の武装集団である水軍を組織しました。

この九鬼水軍くきすいぐんは、時の権力者である織田信長豊臣秀吉の軍をサポートしたわけです。
つまり、中国地方をかつて仕切っていた海のツワモノ集団である毛利水軍と戦う時に、九鬼水軍は織田信長や豊臣秀吉の戦いぶりを助けたのでした。

このことがきっかけで、九鬼義隆は志摩国一帯の支配を任されたというわけです。

この英虞湾あごわんは、非常に複雑に入り組んだ島から島や半島からなっています。
そのため、海賊水軍にとっては武装するのには非常に有利な地形にあったわけです。

​波切城(なきりじょう)

また、志摩市大王町にあるこの波切城なきりじょうは、かつて九鬼嘉隆の父らが拠点としていた場所です。

​すなわち、そこは志摩の複雑な入り江はまるで敵から守ってくれるための自然の巨大なバリアのようなものでした。
また、波切城なきりじょうは彼らにとって最高の隠れ家であり、また非常に防御力に適した軍事基地だったというわけですね!

​英虞湾ならではのリアス式海岸と防御力

そして、賢島の存在する​志摩市(特に英虞湾あごわん周辺)は、先ほども述べた通り、九鬼水軍が自然のバリアーとして活用してきた防御に適した地形である、典型的なリアス式海岸となっています。

これはかつて長崎県の複雑な地形、つまりリアス式海岸を味方につけてきた地元の海の武装集団である松浦党まううらとうによく似ています。

松浦党については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください

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また、この賢島ならではの複雑なリアス式海岸は、真珠の元となるアコヤ貝が育ちやすいという非常に恵まれた環境にあるわけです。

そして同じように、長崎県の佐世保平戸あたりでもでも真珠が盛んです。
また愛媛県も、瀬戸内海が作るかつ複雑な島から、アコヤ貝が守られやすいため真珠が盛んです。

​リアス式海岸

ちなみにリアス式海岸とは、山地が沈水してできた、まるでノコギリの歯のように複雑に入り組んだ海岸線のことを言います。
このリアス式海岸は、かつてはシンプルにギザギザの連続する山々でした。
その山々の間に海水が入り込んで、今のような複雑な海岸となったわけです。
​この地形は、外海からの荒波を防ぐ天然の防波堤になります。

複雑に入り込んだ地形のため、水軍の防御拠点になりやすかった

また、志摩市リアス式海岸入り江が深いために、敵の船が迷い込んできやすく、もし一度奥に入ると、とても逃げにくい構造になっています。
もちろんこれは長崎県の場合も同じです。

したがって、志摩市の入り江は、軍事的な「防御力」は極めて高かったと言えるでしょう。
もちろんこれは長崎県の松浦党にとっても同じでした。

賢島・英虞湾で​真珠の養殖が盛んな理由

志摩市、特に英虞湾あごわん真珠しんじゅ(アコヤ真珠)の養殖が成功したのには、リアス式海岸ならではの理由があります。

​穏やかな波、プランクトンが豊富な英虞湾

こうした英虞湾の入り組んだ地形が、アコヤガイが嫌いな強風高波さえぎることになります。
そのため、こういった自然の驚異にデリケートなアコヤ貝を育てるのに最適な環境となっているというわけです。

また、森の栄養分をたっぷり含んだ川の水が、英虞湾における静かな湾内へと流れ込んでくる地形となっています。
そのため、貝の餌(エサ)となるプランクトンがとてもよく育ちます。

英虞湾ならではの​適度な水温 アコヤ貝🐚にとって適切な環境

また、英虞湾がもたらす黒潮くろしおの影響を受け、冬でも水温が下がりにくいというアコヤ貝にとって抜群に恵まれた海水の環境が大きなメリットです。

かつて​御木本幸吉みきもとこうきちという方が世界で初めて真珠の養殖に成功したのも、この志摩の海があったからこそなんですね。
その場所は彼の名前を取って、ミキモト真珠島と言われています。

多くの人々に愛され、キラキラ輝く真珠(パール)は、まさにこの複雑な地形が生んだ宝物であるというわけです!

志摩国(しまのくに)とは?

賢島を含む三重県志摩市や鳥羽市も含まれる​志摩国しまのくには、かつての大昔・奈良時代の少し前から続いていた日本の地方行政区分(令制国)の一つです。
昔は都道府県という枠組みではなく、「国」という単位でエリア分けされていたのでした。

三重県では大きく分けて3つの国があります

  • 伊勢国:現在の伊勢神宮を中心とした津市伊勢市四日市市松阪市などを中心としたエリア。
  • 志摩国:三重県の現在の志摩市や鳥羽市などを中心としたエリア。
  • 伊賀国いがのくに:現在の三重県の西側に当たる伊賀上野の辺りを中心とした、忍者でも名高い盆地エリア

志摩国は現在の三重県志摩市、鳥羽市とばし、そして伊勢市いせしの一部や離島を含んだエリアを指します。

​日本一小さな国だったが、海産物の取れる御食国(みけつくに)という特別扱いを受けていた

志摩国は、当時の他の国々の中では面積が最も小さい国の一つでした。

しかしながら、志摩国は古くから、現在の奈良や京都にあった朝廷に対して、新鮮な海産物アワビサザエなど)を納めるという、特別な役割を担っていました。

そのため、たとえ志摩国の土地は、英虞湾から取れる海からの恵みが極めて豊かな「食の要所」だったというわけですね。

​三重県の構成

伊勢・志摩・伊賀・紀伊

三重県は、歴史的に大きく4つの国が合わさってできています。

旧国名と、現在の主なエリアの対応は以下のようになります。

  • 伊勢国:津市、四日市市、伊勢市など(県の大半)
  • 志摩国:志摩市、鳥羽市
  • 伊賀国:伊賀市、名張市
  • 紀伊国:尾鷲市、熊野市(東紀州エリア)

三重県を「伊勢・志摩・伊賀」の3区分で呼ぶことも多いですが、南部の「紀伊(東紀州)」を合わせた4エリアで考えると、より正確な三重の姿が見えてきますよ!

​志摩市の名前の由来

2004年に志摩郡の5つの町である、

  • 浜島町・大王町・阿児町・志摩町、磯部町

といった地域がそれぞれ合併して誕生したときに、旧国名である志摩国しまのくに志摩郡という、古くからこの地にある歴史ある名称から、「志摩市しまし」と名付けられたというわけです。

​英虞湾(あごわん)の由来

​「英虞あご」という名前の由来には、いくつかの興味深い説があります。

​阿児(あご)の転用

古くはこの地域を「阿児あご」と書き、それが「英虞あご」に変化したという説。

  • 足下あしこ説:先ほど賢島の由来でも触れた「カシコ(足下)」という言葉が関連しているという説。
  • 安志あし説:つまり、湿地入り江を指す古い言葉が語源という説。

また、古事記日本書紀の時代からも「阿虞あご」という言葉が登場しており、それだけ非常に歴史の深い地名なんですよ。

​九鬼水軍と地形の「先見の明」

九鬼水軍は、その防御力の高さから、志摩の複雑な地形にいち早く目をつけたのでした。
彼らはこの地形を、単なる「海」ではなく「最強の要塞」として捉えていました。

自然の複雑な島を味方につければ、自前でバリヤー防御壁などを築く必要はありませんからね。

​天然の良港、隠密性の高さ

複雑に入り組んだ入り江は、どんな嵐の日でも波が静かな「良港」になります。

外海からは中の様子が全く見えないため、軍船を隠しておくのに最適でした。

地の利を活かした戦術

また、九鬼水軍は敵を狭い(英虞湾の)入り江に誘い込み、まるで袋のネズミにして一気に叩くかのような戦法を得意としていました。

当時、織田信長豊臣秀吉に重用された九鬼嘉隆くきよしたかは、

  1. この志摩の海のことをよく熟知していたからこそ、
  2. 当時最強と言われた「鉄甲船」を操り、
  3. さらには海戦で無双することができた

というわけですね!

​したがって、この志摩しまの地形こそが、当時の戦国最強の水軍を育んだ「母なる海」だったと言えます。

なぜエメラルドグリーンに見えるの?(英虞湾)

エメラルドグリーンのような、賢島の英虞湾の海(三重県志摩市)

志摩の海が鮮やかな色に見える理由は、いくつかの「奇跡的な条件」が重なっているからです。

​浅瀬と海底の反射

また、英虞湾あごわんは複雑に入り組んだ「リアス式海岸」であるため、岸に近い場所は水深が浅くなっています。

すなわち、海の底にある砂や岩が、太陽の光を反射しやすく、特に光の波長の関係により、より緑色が強調されて見えるというわけです。

​プランクトンと森の栄養

また、周囲の豊かな森から流れ込んでくる栄養分によって、適度な量の植物プランクトンが存在しています。

つまり、海の中のこうした植物プランクトン太陽光に反応し、海水をより深みのある「エメラルド色」に見せるためのエッセンスになっているというわけですね!

​透明度の高い海水

また英虞湾の沖合を流れる世界最大級の暖流である「黒潮」の影響で、常に新しくて綺麗な海水が、ここ賢島の湾内に入ってきて、常に入れ替わっています。

したがって、水そのものが非常に綺麗に澄んでいることも、真珠の元となるアコヤ貝の皆さんが住みやすくなっている大きな理由です。

守りたい、この美しさ

また、最近では賢島・英虞湾海水温上昇などが原因で「磯焼いそやけ」という現象(つまり、海の藻が減ってしまうこと)が問題となっています。
それでも、地元の方々は真珠を育んでいるこの美しい海を守るために、山に木を植えたり、海を綺麗に保っていくための活動を一生懸命続けているというわけです。

​あの美しいエメラルドグリーンは、自然の力と人の努力の両方で守られている「宝物」なんですね!​

おわりに・まとめ

賢島駅のラッコさんたち(のイラスト)とともに(三重県志摩市)

いかがだったでしょうか。

英虞湾という天然の防御壁に囲まれた場所だからこそ九鬼水軍のようなツワもよ たちの拠点になってきて、さらには豊かな海 だからこそアコヤ貝が住みやすい 真珠の名所になってきました。

また森の豊富な栄養分によってエメラルドグリーンの輝きを放ち、そんなところで真珠アコヤ貝が暮らしていると思うと、なんだかロマンを感じますね。

次回賢島に来られる時は、こうした知識もあるとより観光・探訪が充実するかもしれませんね!

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