鉄道唱歌 山陽・九州編 第33番 中津に到着!頼山陽の耶馬溪、そして福澤諭吉生誕の地

まずは原文から!

中津(なかつ)は豐後(ぶんご)の繁華(はんか)の地(ち)
頼山陽(らいさんよう)の筆(ふで)により
名(な)だかくなりし耶馬溪(やばけい)を
見(み)るには道(みち)も遠からず

さらに読みやすく!

中津(なかつ)は豊後(ぶんご)の繁華(はんか)の地(ち)
頼山陽(らいさんよう)の筆(ふで)により
名(な)だかくなりし耶馬溪(やばけい)を
見(み)るには道(みち)も遠からず

さあ、歌ってみよう!

♪なかつはぶんごの はんかのちー
♪らいさんようのー ふでによりー
♪なだかくなーりし やばけいをー
♪みるにはみちもー とおからずー

大分県に入り、中津駅に到着

宇島駅(うのしまえき、福岡県豊前市)を出て山国川(やまくにがわ)を渡ると、大分県に入ります。

やがて、豊前国(ぶぜんのくに)の領域では南の繁華の街として繁栄してきた大分県中津市(なかつし)の中心駅・中津駅(なかつえき、大分県中津市)に到着です。

中津駅と、福沢諭吉像(大分県中津市)

残念な誤植:中津市は「豊後」ではない

正しくは「豊前」

まず、よく言われているように、この歌詞には残念な誤植(ごしょく)があります。

誤:豊後(ぶんご)
正:豊前(ぶぜん)

豊後国(ぶんごのくに)は、現在の大分県の国東半島(くにさきはんとう)より南の部分の領域をいい、国東半島の北にある中津市は、豊後国には含まれないのです。

つまり、中津市は豊前国(ぶぜんのくに)に該当します。

豊前国(ぶぜんのくに)は、福岡県の東部(門司も含む)と、中津市を含む大分県の北部のことをいいます。

現代の都道府県とかつてのは、領域が一致しているケースも多いといえば多いです。
例えば、滋賀県であればほぼ近江国(おうみのくに)と一致しています。

しかし、今回の中津市のように、イレギュラーなケースもあるというわけです。

確かに、大分県の大半地域は豊後国である

なぜ今回のような「残念な誤植」となってしまったのかについては、恐らくですが大分県のほとんどの地域が豊後国に該当することが理由として挙げられます。

つまり、

豊前国≠福岡県の全領域
豊後国≠大分県
の全領域

という前提が必要であり、でないと誤解イメージ、先入観などにより今回のような誤植を招きやすくなると思われます。

確かに大分県のほとんどの領域は豊後国で間違いないのですが、例外的に中津市をはじめとする北部は除外されるので、気をつけたいところです。

人間が書く以上、誤解・誤植は仕方ない

どんな人にとっても、思い込みや先入観などは仕事のミスに直結します
しかし、どんな本や書籍、ネットの情報などにも、人間が書く以上はこうしたことは発生していまいます

私のブログにも、こうした思い込みや間違いはあるかもしれません(^^;
少しでも減らせるよう、日々少しずつでも知識を積み重ねていっているところであります!

福沢諭吉の育った街・中津市

中津駅・福沢諭吉像(大分県中津市)

では、本題の中津市の話題に入ります。

大分県中津市(なかつし)は、あの福沢諭吉にゆかりある地としても有名です。
福沢諭吉は厳密には大阪生まれなのですが、幼少期は中津で過ごしたことで有名です。

福沢諭吉は、「天は人の上に人を造らず」という言葉で知られます。

江戸時代、頼山陽の筆により有名になった耶馬溪

大分の絶景・耶馬溪(やばけい)は、歌詞にもあるように頼山陽(らい さんよう)という人物の書物によって、江戸時代にその名前が知りわたりました。

日本の歴史学に大きく貢献した、頼山陽

頼山陽(らい さんよう)は、かつて広島県広島市の市街地中心部にあたる地域で育っています。

幼い頃から歴史に興味があり、とても優秀な人物だったらしいです。
しかしそれにも満足できず、勉強のために京都まで出てきたようです。

その頼山陽によって書かれた書物に、「日本外史(にほんがいし)」というものがあります。

本居宣長などに影響を与えた「日本外史」

この日本外史は、本居宣長(もとおり のりなが)の国学や、水戸藩の水戸学のように、幕末の尊王攘夷運動にも大きな影響を与えたとされています。
これらの学問は、日本の長きにわたる歴史を深く解説しているので、日本という国を愛する心(愛国心)を育みます。
それによって、開国になったときも、外国勢力を排除して天皇を中心とした国家を守ろうという、いわゆる「尊皇攘夷運動」という動きに繋がったわけです。

なお、本居宣長は三重県松阪市(まつさかし)の出身であり、鉄道唱歌 関西・参宮・南海編 第22番でも歌われています。
詳しくは、以下の記事をご覧ください。

また、最後まで国や天皇に忠誠を示した(勤王)水戸浪士とそのリーダー・武田耕雲斉(たけだ こううんさい)については、鉄道唱歌 北陸編 第67番でも歌われています。
詳しくは、以下の記事をご覧ください。

次は、宇佐へ

では、次は宇佐(うさ)に止まります!

ちゅうい!おわりに

この記事は、「小学生の頃の私(筆者)に教える」というイメージで書いており、難しい表現や専門用語などは極力使用を避けて、噛み砕いて記述・説明することに努めております。そのため、内容については正確でない表現や、誤った内容になっている可能性があります。
もし内容の誤りに気付かれた方は、「お前は全然知識ないだろ!勉強不足だ!」みたいなマウントを取るような書き方ではなく、「~の部分が誤っているので、正しくは~ですよ」と優しい口調で誤りをコメント欄などでご指摘頂ければ嬉しく思います。再度こちらでも勉強し直し、また調べ直し、内容を修正致します。何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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