鉄道唱歌 山陽・九州編の歌詞(長崎市と、長崎の港など)について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
榮行く御代は長崎の
港にぎはふ百千船
夜は舷燈のうつくしさ
さらに読みやすく!
栄行く御代は 長崎の
港にぎわう 百千船
夜は舷灯の うつくしさ
さあ、歌ってみよう!
♪さかゆくみよはー ながさきのー
♪みーなとにぎわう ももちぶねー
♪よはげんとうのー うつくしさー
早岐駅→ハウステンボス駅→南風崎駅→川棚駅→彼杵駅→松原駅→大村駅→諫早駅
(長崎本線)
諫早駅→喜々津駅→大草駅→長与駅→道ノ尾駅→浦上駅→長崎駅
※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ記載
※長崎本線は、長与経由のものを記載
現代語訳のまとめ(長崎)
まずは、現代語訳から確認してゆきましょう。
- 千代に八千代に(それこそ何千年も何万年も)未来に向けて、
- ますます栄えていく我が国の時代を象徴するように、ここ長崎の、
- 港には世界中から集まった、数え切れないほどのたくさんの船(百千船)で大いに賑わっている。
- したがって、昼の賑やかさだけでなく、夜になると船ごとに灯る舷灯(船のあかり)が水面に映り込んで、とても素晴らしい美しさなのである。
現代語訳の補足説明(長崎
千代(ちよ)に八千代(やちよ)の末かけてとは
これは、国歌『君が代』でも使われている、
- 非常に長い年月、つまり「永遠の未来」
を表す言葉です。
当時の明治時代の日本が、近代国家として世界へ向けてどんどん発展していくことへの、当時の人々の強い自信と願いが込められています。
百千船(ももちぶね)
これは
- 「百度も千度も数えきれないほど、ものすごくたくさんの船」
という意味の、古くから港の繁栄を讃えるために使われる、美しい表現です。

江戸時代の長崎(画像はAIによるイメージです)
当時の長崎港には、海外からの巨大な貿易船や客船、軍艦などがひしめき合っており、まさに日本の西の玄関口として世界と繋がっていました。
舷灯(げんとう)とは
船の左右(舷側)に取り付けられている、航海のための安全用のライトのことです。
基本的に右舷は「緑」、左舷は「赤」と法律で決まっています。
真っ暗な夜の長崎港の海面に、
- たくさんの船から放たれる「赤や緑」
- 客室の白い光が、ゆらゆらと反射してきらめく光景
は、当時の旅人にとって、これまで見たこともないような「ハイカラでロマンチックな最高の夜景」だったのですね!

稲佐山からの長崎夜景(長崎県長崎市)
長崎駅(長崎市)へ到着
- 諫早
- 長与
方面から長崎本線を南下すると、現代のショートカット路線である新線と合流し、
- 浦上駅(長崎県長崎市)
を過ぎます。
そしていよいよ、今回の鉄道唱歌の旅のゴール地点であり、長崎県の県庁所在地である長崎市の中心駅である、
- 長崎駅(長崎県長崎市)
に到着します。

長崎駅(長崎県長崎市) 鉄道唱歌 山陽・九州編のゴールの駅でもある

長崎駅のホーム。長崎本線は、ここは終点。ここから先は行き止まりであり、海である

長崎駅(長崎県長崎市)
かつて開港5港の一つとして栄えてきた、長崎市の港

長崎の海(長崎県長崎市)
長崎県長崎市は、入り組んだ地形により防御に適した場所・港であり、天然の良港といえます。
かつてより船を造ったりなどで、造船業が盛んでした。

明治時代の「ドック」のイメージ(画像はAIによるイメージです)
長崎は、1858年に結ばれた日米修好通商条約で開港された、いわゆる「開港5港」のひとつになります。
開港5港とは以下の五つの港のことを言います。
- 函館(北海道函館市)
- 新潟(新潟県新潟市)
- 横浜(神奈川県横浜市)
- 神戸(兵庫県神戸市)
- 長崎(長崎県長崎市)
とても長い年月をかけて栄えてきた、長崎の港

長崎の海・港(長崎県長崎市)
冒頭でも現代語訳について解説しましたが、改めて歌詞について確認してみましょう。歌詞では
とありますが、これは
という意味になります。
「千代」「八千代」という言葉は、比喩的に非常に長い年月を表す昔の表現方法です。
「掛詞」で構成されている(と思われる)歌詞
そして、
- 「非常に長い年月をかけて、栄えてゆくこのご時世は長い」というフレーズ
- 「長崎」という地名
を掛けているものと思います。
掛詞とは、昔の詩などで好んで使われた言葉遊び・洒落のことです。
最後の方になると、「掛詞」が多くなってきている!?旅のワクワク感
鉄道唱歌 山陽・九州編は、前回・前々回などに続いて、長崎県に入るとこの掛詞がよく多用されている印象があります。
作者である大和田建樹さんの長崎駅へ近づくにつれて増大するワクワクするような旅の楽しさが伝わってきますね!
(余談・考察)「八千代町駅」との関連性はある?
ちなみに、現代の長崎駅のすぐ目の前に、長崎市電の八千代町駅というものがあります。
これが歌詞の冒頭の「八千代」というフレーズと関係あるのかについて気になって調べてしまいました。
ここでポイントとなるのは、以下の点です。
- もし八千代町駅と、鉄道唱歌の歌詞に関係があるとしたら、千代駅というものは存在しないのか?
- あと先にも述べたの通り、「栄ゆくみよは長い」と「長崎」との掛詞になってると思うので、鉄道唱歌の作者さん(大和田建樹さん)が「八千代町駅」と関連付けて、このような冒頭の歌詞にした可能性は低いのではないか?
という点です。
結論から言うと長崎市電「八千代町駅」と歌詞の「千代に八千代に」は無関係
まず結論からいうと、
- 『鉄道唱歌』の歌詞の「八千代」
- 現在の路面電車の「八千代町駅(八千代町停留場)」
は、直接的な関係は一切ありません。
その理由について、歴史的な事実を以下のポイントにまとめて整理してみました!
そもそも「八千代町駅」は歌詞のあとにできた
一番決定的な理由は、作られた時系列のズレです。
- 『鉄道唱歌(九州編)』の発表: 1900年(明治33年)
- 長崎電気軌道(路面電車)の開業: 1915年(大正4年)
すなわち、鉄道唱歌が歌われていた時点では、まだ長崎に路面電車自体が走っていませんでした。
もちろん「八千代町駅」という駅も、まだこの当時はこの世に存在していなかったのです!
作者さんの見事な「掛詞(かけことば)」
また先にも述べた通り、この歌詞の本質は「長(なが)」という言葉のダブルミーニング(つまり、2つの意味の掛け合わせ)にあります。
作詞者の大和田建樹さんは国文学者(古典の専門家)でした。
したがって、彼はこのような言葉遊びがものすごく得意だったのです。
- 栄え行く御代の「長(なが)き」
- 「長(なが)さき」の港
このように、めでたい時代が「長く」続くことと、地名の「長崎」を綺麗に掛詞にしています。
そのため、ここでの「千代に八千代に」は、純粋に『君が代』にも使われているような「おめでたい修飾語」として使われています。
「八千代町」という地名の由来
では、なぜ現代の長崎に「八千代町」という駅があるのかというと、これは当時の「おめでたい地名ブーム(瑞祥地名)」が理由です。
明治時代、日本全国で新しく町名を作るときに、「千代田」「八千代」「旭」「栄」といった、縁起の良い言葉を付けるのが大流行しました。
長崎の八千代町も、この流行りで生まれた地名です。
つまり、「鉄道唱歌の歌詞」と「長崎の八千代町」は、どちらも元ネタが『君が代(古典)』という同じ場所だったというだけで、お互いに影響し合ってできたわけではない、というのが真相になります。
歌詞「港にぎわう百千船」

江戸時代の長崎。真ん中が「出島」。(画像はAIによるイメージです)
「港にぎわう百千船」とは、長崎の港にとてもたくさんの船でにぎわっている様子を表します。
舷灯とは、船が持っているライトのようなものです。
つまり、夜は沢山の船が照らす灯りで美しいという意味になります。

長崎の港(長崎県長崎市)
日本に初めて鉄道を運転させた、トーマス・グラバー
長崎にはかつてトーマス・グラバーという、日本に鉄道をはじめとしたたくさんの技術をもたらした方がおられました。
グラバーさんは、1865年には長崎に日本で初めてとなる鉄道を運転させました。

グラバーが1865年に長崎で走らせた、日本初の鉄道「アイアンデューク号」(画像はAIによるイメージです)
鉄道は、あくまで営業運転が開始されたのは、ご存じの通り新橋~横浜間の1872年のことになります。
ただし、それよりも7年前には、既に長崎で試運転的なものがなされていたのです。
ただし、人々を乗せるための「営業運転」ではなく、どちらかというとお披露目に近い感じです。
トーマス・グラバーについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

外国人たちが住んでいた「出島」

江戸時代の長崎の「出島」(画像はAIによるイメージです)
長崎には、かつて出島という、江戸幕府が埋め立てて造った島がありました。
現在でも出島という地名はありますが、埋め立てで陸続きになっているため、あまり島という感じではないかもしれません。
なぜ出島が設けられたのか?

江戸時代の長崎の「出島」(画像はAIによるイメージです)
なぜ出島を設けたのかというと、江戸時代に外国人をそこにまとめて住ませるためです。
まとまって管理統括したほうが、セキュリティ的に安心だからですね。
日本は島国であり単一民族の国のため、どうしても外国人に対しては珍しいと同時にアレルギー反応を示しがちです。
幕末近くには「異国船打払令」などをやってのけるくらいですから、外国人への警戒心は強かったのでしょう。
同じ開港5港の1つである函館にも、外国人の街への出入りが多くなったために、幕府が幕末に「箱館奉行所」を設置しました(当時は「箱館」の表記)。
最初は函館山の中腹にありましたが、後にその役割は後に五稜郭に移っています。
異国情緒あふれ、国際色豊かな長崎市
また、こうした外国との交易が盛んになる場所には、キリスト教の教会が多くなったり、西洋風の建築物など異国情緒あふれる街並みが多くなります。
そういう意味では、函館市と長崎市は(個人的には)よく似ていると思います。

「異国情緒あふれる町並み」の例(画像はAIによるイメージです)
というか、函館市と長崎市に共通点が多いと思うのは私だけでしょうか?
長崎市と函館市に、共通点は多い?
どちらの街も、
- 山と海に囲まれた、風光明媚な景色を持っていること
- 開港5港の1つとして、西洋風の建築物や教会が、多く存在すること
- 造船のための設備が、多く存在すること
など、共通点が多くあります。
他にも、
- 山に沿って坂道が多かったりすること
- 市街地を路面電車が走っていること
- 駅が港の方へ向いていて、かつ線路がそれ以上続いていなくて、行き止まりの構造になっていること
- 夜景が、どちらも世界レベルで有名であること
など函館市と長崎市の共通点は多いといえます。
もちろん、神戸や尾道といった地域も、上記の8割方の条件は満たしています。
横浜とも共通点
また、長崎は江戸時代の鎖国中にオランダのみならず中国とも貿易をしていたのでした。
そのため、街中には中華街があり、ここは同じく開港5港の横浜と共通しています。
広島とも共通点あり?
さらに、長崎駅付近はどちらかというと比較的オフィス街的・都会的な雰囲気があらます。
このビルの合間を路面電車が走るので、広島市の
- 紙屋町
- 八丁堀
付近とも似ている気がします。
広島市も、長崎市と同じように1945年8月に原爆投下された街でもあり、両都市は姉妹友好都市の関係にあります。
私は、風光明媚な港町が好きである
個人的な余談ですが、私(筆者)は
「海と山に囲まれた風光明媚な港町」
が好きです。
私は静岡県沼津市、北海道函館市が特に好きなのですが、ここ長崎市もとても好きです。

函館夜景(北海道函館市)

稲佐山からの長崎夜景(長崎県長崎市)
函館山からの夜景も素晴らしいのですが、稲佐山からの長崎夜景もとても素敵です!
函館については、以下の各記事でも解説していますので、ご覧ください。


都会と自然にめぐまれた、長崎市
西九州新幹線の開業により、さらに大きく新しくなった長崎駅
長崎駅は、2022年に西九州新幹線が開通したこともあり、駅前はとても大きくリニューアルして、とても発展しています。
とても都会的な長崎市ですが、海に近く山にも囲まれ、異国情緒あふれる観光地に恵まれるなど、リラクゼーションにも優れた街です。
都会的であり、自然にも恵まれている
長崎市は都会的に店が多く、交通機関も充実しているため、とても便利な街になります。
一方で、自然や風光明媚な景色にも恵まれた、家族で余暇を過ごす場所としても優れた要素もある街、とも感じています。
西九州新幹線も開業し、より便利に

カモメとともに西九州を走る新幹線のイメージ(画像はAIによるイメージです)
長崎駅では、2022年9月に西九州新幹線も開業しています。
また、長崎市は先述の通り都会的要素をふんだんに持ち、また海や山に囲まれた美しい景観を持つ街だなと思います。
休日には、海岸近くには家族みんなで楽しむ親子連れの方々が散見されます。
西九州新幹線については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

次回から、本格的な長崎観光

稲佐山からの長崎夜景(長崎県長崎市)
おわりに:次回からは、長崎の観光などの話題になります!
コメント