阿蘇から筑紫平野へと流れる筑後川。なぜ地域によって呼び名が変わるのか?急流の仕組みなどを、わかりやすく解説してゆきます!

飛鳥時代の筑後川
筑後川の地理について徹底検証!
筑後川は県によって名前が変わる

飛鳥時代の筑後川
九州の北部を流れる大きな川である筑後川は、流れる場所(県や地域)によって、そのローカルな呼び名が次々と変わる、とても面白い特徴を持った魅力的な川です。
地域によって変わる「筑後川」の呼び名
熊本県(阿蘇エリア)での呼び名は
まず、筑後川のスタート地点である熊本県(阿蘇エリア)においては、田ノ原川・杖立川と呼ばれます。
すなわち、
- 筑後川の最スタート地点は田ノ原川と呼ばれ、
- 源流の阿蘇山から勢いよく流れ出し、
- 大分県との県境に位置する、有名な杖立温泉のすぐそばを流れる頃は、
- この風情ある「杖立川」の名前で呼ばれる
というわけです。
大分県(日田エリア)での呼び名は?
さて、やがて大分県のエリアに流れ着くと、地域によって大山川〜三隈川という名前で、それぞれ呼ばれます。
- 大分県の日田市に入ると、まずは大山川と呼ばれます。
- すなわち、山の間の日田盆地の中心部で、九重連山を源流とする、玖珠川という大きな支流とダイナミックに合流した後は、
- 三隈川というふうに、名前をガラリと変えます。
支流:大きな本流の川に途中で流れ込む、山などから枝分かれして流れてきた、小さな川のことをいいます。
福岡県・佐賀県では「筑後川」になる
そして最後の福岡県・佐賀県エリアにおいては、我々もよく知る最も有名な名前である、筑後川という名前で呼ばれることになります。
- 大分県から福岡県へと入る夜明という激しい峡谷を過ぎて、
- いよいよ広大な筑紫平野へと雄大に出ると、
- ようやく国が指定する公式名称である、筑後川と呼ばれる
ことになります。
公式名称:現代の国や地方自治体が、公式な地図や行政文書などで正式に採用している地名のことをいいます。
筑後川の場合は、江戸時代の1636年に江戸幕府によって正式にこの名前に統一することが決まりました。
ここまで名前は変わる川は、全国的に見ても珍しい
ちなみにこの筑後川のように、ここまでたくさんの名前(異名)を持っている川は、全国的にみても珍しいと言えます。
以下に日本の主な川と異名について列挙してみました。
- 利根川→異名なし
- 石狩川→異名なし
- 荒川→異名なし
- 相模川→上流では桂川
- 信濃川→上流では千曲川
- 富士川→上流では釜無川、笛吹川
- 大井川→異名なし
- 天竜川→異名なし
- 木曽川→異名なし
- 淀川→上流では瀬田川(滋賀県)・宇治川(京都府)など
- 紀の川→上流では吉野川(奈良県)
- 大和川→上流では初瀬川
- 高梁川→異名なし
- 太田川→猿猴川など、下流部においては枝分かれの川がたくさんある
- 吉野川(徳島県)→異名なし
筑後川:なぜ名前がこれほど変わるのか
ではなぜ、筑後川は名前がこれほど変わるのか。
現在は1つの名前で決めておかないと、むしろ国が管理しきれない
それは、
- 遥か昔の時代には、今のように「一本の長い一級河川」として、
- 国や自治体が統合して一括管理していたというわけではなかった
というわけです。
例えば筑後川のような大きな川は、放っておくと大氾濫が起きたりとかするため、国が予算をかけてでも、氾濫がおきないような工事や工夫がなされているというわけです。
昔はそれぞれの地域で、それぞれの名前で呼んでいた
しかし、昔はそういった事情よりもむしろ、
- それぞれの流域に住む人々が、
- 自分たちの目の前を流れる恵みの川に対して、
- 地域に根ざした独自の愛称を付けて、大切に呼んでいたから
というわけです。
特に日田地方(大分県)における三隈川などは、初夏になると風情ある屋形船や鵜飼いが浮かぶ、美しい景勝地として知られています。
そのため、下流の「力強く泥を巻き上げる」筑後川とは、また違った繊細な美しさがあります。
坂東太郎こと利根川、四国三郎こと吉野川
ちなみに、この川の高名な通称である「筑紫二郎」には、日本を代表する大河の兄弟のような存在として、
- 坂東太郎(利根川)
- 四国三郎(吉野川)
という、あと二人(二本)の有名な暴れ川があります。
歴史好きならご存知の方も多いかもしれませんね。
筑後川が多くの土砂を運ぶ理由
阿蘇~日田~夜明に至る、急峻なエリアを削るから?
筑後川が多くの土砂を運ぶ理由は、阿蘇~日田~夜明に至る、急峻なエリアを削るからになります。
すなわち、
- この上流から中流にかけての、地形のダイナミックな高低差の変化こそが、
- 下流に大量の火山性の土砂を生み出す、最強のエンジンになってる
というわけです。
すなわち、
- 筑後川がなぜこれほどまでに、「土砂運搬能力」が驚異的に高いのか
その理由は、地質学的な「劇的な高低差」と「もろい地質」の組み合わせに隠されています。
凄まじい「急流」のエネルギー
阿蘇山の源流山岳地帯から、中流の峡谷である夜明にかけては、非常に短い距離の間に一気に高度を下げて駆け下ります。
大量の水が、ものすごい勢いで斜面を下り落ちる
これはすなわち、
- 標高が非常に高い阿蘇外輪山(標高約1,000メートル弱)の山々から、
- 周囲を囲まれた日田盆地(標高約80〜100メートル)まで、
- 大量の水が、ものすごい斜面を勢いよく駆け降りる
ということになります。
「夜明」という地質の難所(筑後川のボトルネック)
また、
- 山に囲まれた日田盆地から、
- 広大な筑紫平野へと抜ける、県境の夜明付近は、
- 両脇を切り立った硬い山に挟まれた、
- 非常に道幅の狭い峡谷(ボトルネック)になっている
というわけです。
筑後川の地理:削られやすい「阿蘇の地質」
ただ地盤を削る水の力が強いだけでなく、削られる側の山や土の性質にも、広大な平野を作るための意外な秘密があります。
大量の火砕流堆積物(かさいりゅうたいせきぶつ)
筑後川の源流の阿蘇山は、地球の歴史上、
- 過去に何度も世界規模の巨大噴火を起こしており、
- 周辺の山々には、いわゆる「シラス」に代表されるような、
- 比較的スカスカで柔らかく、崩れやすい火山灰や軽石の層が、
- 何十メートルもの厚さで堆積している
というわけです。
火砕流堆積物:火山の噴火のときに、高温のガス・火山灰・軽石などが一体となって、山の斜面を猛スピードで流れ下り(火砕流)、それらが周辺に積もって、冷え固まった地層のことをいいます。
土砂の運びやすさの秘密 非常に水に流されやすい性質
この火山性の土砂は、
- 普通のガチガチの岩石に比べて非常に水に流されやすいため、
- 台風などの少しの増水でも、大量の泥や砂となって、
- 下流へと一気に運ばれる
ということになります。
こうした非常に水に流されやすい砂の性質こそが、下流に広大な筑紫平野や佐賀平野を形作るための、最高の「建築材料」となったというわけです。
「日田」でのトラップと一気の放出
途中に位置する日田盆地は、
- 上流から激しく運ばれてきた土砂が、
- 一時的に大量に溜まるストック場所
でもあります。
天然の沈殿ダム 大量の土砂がここにストックされる
すなわち、
- 周囲を山に囲まれた盆地に出ることで、
- 川の流れが一度急激に緩やかになり、
- 重い土砂が、底にどんどん沈殿して、積もっていく
ということになります。
大雨は台風になると、一気に運び出される
しかし、
- 梅雨や台風で記録的な大雨が降ると、
- この盆地に溜まっていた土砂が、
- 濁流によって一気に押し流され、
- 夜明の狭い出口を突き抜けて、
- 下流の筑紫平野へと、一気にダイナミックに供給される
という、なんとも素晴らしい仕組みになっています。
個人的な考察
このように、
- 大自然の「山を削る力」と「土砂を遠くまで運ぶ力」の、それぞれの見事な連携プレーが、
- あの何世代にもわたって人々を養ってきた、広大な平野を作った
と思うと、筑後川は、まさに九州の大地をデザインしたという、まさに巨大な「建設作業員」のような頼もしい存在ですね!
侵食:勢いよく流れる川の水のパワーや、激しい豪雨などの自然力などによって、地面の土や硬い岩石がガリガリと削り取られていくことをいいます。
地溝帯と筑後川
阿蘇山~日田~夜明の区間が急峻なのと、中央構造線との関係

では、本題に移りましょう。
阿蘇山~日田~夜明の区間がとても急峻なのと、前回も解説した中央構造線は関係あるのでしょうか。
結論から明快に申し上げますと、
- 筑後川の中流域が、山を切り裂くような急峻な峡谷(例えば夜明など)を形成していること
- 日本最大の断層帯である、中央構造線
- および、それに伴う活発な地殻変動
には、地質学的に非常に深い関わりがあります。
「別府―島原地溝帯」がメイン
ただ、地質学的に厳密に言えば、
- 「中央構造線そのもののライン」というよりは、
- そこから派生して、九州の大地を南北に引き裂いている、
- 「別府―島原地溝帯(べっぷーしまばらちこうたい)」という、
- 地球規模の巨大な地面の溝
こそが、今回の主役です。
九州を横断する「巨大な溝」の影響
九州の真ん中のエリアには、
- 地殻変動によって、南北から強大な力で引っ張られ、
- 地面がガクンと、底抜けに沈み込んだ、
- 「地溝帯」という大構造
が走っています。
断層の密集地帯
この地溝帯は、四国から繋がる中央構造線の西側の延長線上に位置しています。
つまり、
- その内部やフチには、
- 非常に活動的な活断層が、びっしりと高密度で密集している
ということになります。
したがって、遥か昔から地面が激しく上下に動いたり、複雑に折れ曲がったりしやすい、日本でも有数の地殻変動の激しい環境にあります。
日田と夜明の「圧倒的な段差」
阿蘇山から日田、そして夜明にかけてのルートは、この地球の引張運動によってできた
- 「標高の高い場所」
- 「沈み込んだ低い場所」
のそれぞれの、ちょうど急激な境目にあたります。
すなわち、この場所には
- 地殻変動がもたらした強烈な高低差(段差)があるため、
- 流れる水の勢いが劇的に加速し、
- 山肌を深く深く切り裂いて、険しい谷地形を作った
というわけです。
阿蘇の火山活動とのセット
中央構造線に関連するこの巨大な地溝帯は、地下のマグマが上昇しやすいため、火山が非常に噴火しやすい場所でもあります。
川の出口を塞いでしまった溶岩流
その大昔、
- 激しい火山活動によって、
- 阿蘇山や、その周辺の火山から噴出した大量の溶岩流が、
- 激しく流れる川の通り道を、完全に塞いでしまい、
- 一時的に大規模な「天然のダム湖」を作った
といったこともありました。
すなわち、
- その巨大な湖が決壊したり、
- あるいは冷え固まった溶岩の上を、
- 水が無理やり削りながら流れたり
することで、さらに複雑で急峻な難所地形が形作られたというわけです。
別府―島原地溝帯とは
別府―島原地溝帯とは、
- 九州の大地を、
- 北東の別府湾から、南西の島原半島(雲仙岳)にかけて、斜めに横断する、
- 地殻の引っ張りによって、地面が大きく沈み込んでいる、
- 帯状の溝地帯のこと
をいいます。
ちなみに有名な阿蘇山や九重連山、さらには由布岳などの巨大火山も、すべてこの溝の中に綺麗に並んでいます。
断層とは
また、断層とは、
- 地下にある巨大な岩盤が、
- 地球内部の強い力によって耐えきれなくなり、
- パキッと割れて、
- 互いに、上下または左右にズレ動いた境界のこと
をいいます。
個人的な感想
このように、
- 九州の背骨を走る、地球規模の巨大な割れ目構造(地溝帯)が、
- 川に対して凄まじい「地形を削るパワー」を与え、
- その結果として、暴れ大河である筑後川が、
- 「大量の火山性の土砂」を下流へと運び、
- 最終的に現代の豊かな広さを誇る、筑紫平野を作り上げた…。
というわけですね。
すなわち、現在の私たちが目にする広大な平野の豊かな実りは、
- 九州の大地を真っ二つに引き裂こうとする、
- 地球規模の、巨大な地殻エネルギーの副産物から生まれている
といえますね。
そう考えると、目の前の穏やかな田園風景が、ものすごくダイナミックで壮大な地球の歴史の上に成り立っていることがわかって、ワクワクしてきますね!
このように、地形の骨格がダイナミックで複雑だからこそ、筑後川は古くから人々に「暴れ川」として恐れられ、畏怖されてきたのかもしれませんね。
ちなみにここまで話してきて、この広大な地溝帯が地域にもたらした「日本一の温泉街」や「豊かな地熱発電」など、地形に関連する別の素晴らしい恩恵についても興味あったりしませんか?
おわりに・まとめ
筑後川がたどる壮大な旅の物語、いかがでしたか?
すなわち、阿蘇の火山が生み出した地質と、山を削り進む川の執念が、この特徴的な地形を作っていたというわけですね。
名前が変わるほどに姿を変えながら、大量の土砂を下流へと運び、肥沃な筑紫平野を育んできたその歴史は、まさに圧巻です。
巨大な溝(地溝帯)と川のせめぎ合いを知ると、次から川辺を歩く景色も少し違って見えるかもしれません。
このダイナミックな大地の鼓動を、ぜひ今後も感じてみてくださいね!
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