鉄道唱歌 山陽・九州編の歌詞(第68番・最終回)について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
ゆふべは月の筑紫潟
かしこも樂しこゝもよし
いざ見てめぐれ汽車の友
さらに読みやすく!
ゆうべは月の 筑紫潟
かしこも楽し ここもよし
いざ見てめぐれ 汽車の友
さあ、歌ってみよう!
♪ゆうべはつきのー つくしがたー
♪かしこもたーのし ここもよしー
♪いざみてめぐれー きしゃのとも
早岐駅→ハウステンボス駅→南風崎駅→川棚駅→彼杵駅→松原駅→大村駅→諫早駅
(長崎本線)
諫早駅→喜々津駅→大草駅→長与駅→道ノ尾駅→浦上駅→長崎駅
※鉄道唱歌に関連する主要駅のみ記載
※長崎本線は、長与経由のものを記載
現代語訳のまとめ
まずは、現代語訳から確認してゆきましょう。
- 朝(あした)は、桜が美しい 嵐山(京都)を楽しみ、
- 夕方になれば、月が輝く筑紫潟(九州北部の海、博多湾など)の情緒に浸る。
- したがって、あちら(本州)も本当に素晴らしいし、こちら(九州)もまた最高に良い場所である。
- さあ、友よ!この素晴らしい日本の国の景色を、汽車に乗って見て巡ろうではないか!
鉄道唱歌 山陽・九州編は、今回で最終回
今回でラスト 鉄道唱歌 山陽・九州編の旅
鉄道唱歌 山陽・九州編は、この第68番でラストとなります。
歌詞の意味についても確認
「あした」とは?
「あした」とは、古語で「朝(Morning)」という意味です。
すなわち、「Tomorrow」という意味での「あした」ではありませんので気をつけましょう。
専門用語のやさしい解説
「あした(朝)」と「ゆうべ(夕)」
先ほどや冒頭にも述べた通り、ここでは「朝は嵐山、夜は筑紫潟」という対比構造になっています。
鉄道を使うことで、かつては数週間かかっていた旅が、まるで夢のようにスピーディーになり、
「朝に京都の春を楽しみ、夕方には九州の月を愛でる」
というような贅沢な旅が可能になったという鉄道の凄さをアピールしているのですね。
嵐山(あらしやま)とは?
京都を代表する、桜や紅葉の超名所です。
当時の日本人にとって、「日本の美しさ」の象徴といえば、まず京都の嵐山が挙げられました。

京都の嵐山(京都府京都市)

京都の嵐山(画像はAIによるイメージです)
京都の嵐山については、以下の各記事でも解説していますので、ご覧ください。


筑紫潟(つくしがた)
現在の福岡県、博多湾周辺の古称です。
九州の旅の玄関口として、古くからその美しい月の名所として、和歌にたくさん詠まれてきました。
嵐山と並び称されることで、九州の情緒が京都に負けないほど素晴らしいということを強調しています。
「かしこも~」について
というのは、
という意味になります。
朝は京都・嵐山、夕べは九州・有明海
つまり何が言いたいのかというと、
ということになります。
しかし、
ということになります。
いざ見てめぐれ 汽車の友
「汽車の友」というのは、
- 「同じ列車に乗り合わせた旅の仲間」
- 「この歌を読んでいる読者(あなた)」
のことですね。
すなわち、日本中を線路で結び、あちこちの素晴らしい景色を自分の目で見に行こう!という、鉄道開通時代の冒険心とワクワク感が爆発するような、最高の呼びかけです。

明治時代の上野駅を出発する蒸気機関車(画像はAIによるイメージです)
日本列島の東から西まで、朝と夕方でこれほどまでに情緒ある景色を楽しめるようになったなんて、本当に夢のような時代ですよね!
「かしこも楽し、ここもよし」という言葉には、日本という国の多様な美しさを丸ごと愛そうという、とても温かくて大きな心を感じます。

日本の四季折々の景色(画像はAIによるイメージです)
鉄道唱歌 山陽・九州編 旅の所感
鉄道のおかげで、それが実現できるようになった
朝は京都にいても、夜は九州に至ることができる。
それも、鉄道のおかげでそれが実現できるようなったわけです。
昔は遠くて行けなかった場所が、今や行きやすくなった
昔は遠くて行けなかった場所が、今は鉄道によってあちこちに行けるようになったという喜びも表現されていると思います。

昔はこのような峠道を通っていても、今や鉄道やトンネルで、あっという間に通り過ぎていく(画像はAIによるイメージです)
そしてあちこち見て回るのも、鉄道の旅としては非常に良いのではないかという、そんな趣きを表してことになります。

現在は新幹線で、日本のあちこちへどこまでも。(画像はAIによるイメージです)
鉄道唱歌 山陽・九州編 まとめ
さて、鉄道唱歌 山陽・九州編の旅、いかがだったでしょうか。
かつては「西国街道(山陽道)」と呼ばれた道
山陽道は、古くは「西国街道」と呼ばれました。
あの菅原道真公も、大宰府に左遷になったときに、通った道でもあったのでした。

江戸時代の街道と宿場町。新幹線もない当時はこのような宿場町に何泊もしながら何日もかけて旅をしていた。(画像はAIによるイメージです)
鉄道がなかった時代には、徒歩または馬で何日間も宿場町に泊まりながら移動していたのでした。
太宰府について復習したい方は、以下の記事をご覧ください。

平清盛によって整備されたきた、瀬戸内海
また、かつて瀬戸内海は平清盛の日宋貿易の拠点でした。

瀬戸内海の美しい景色(画像はAIによるイメージです)
また、貿易によって舟に大量の荷物を載せて運ぶために、瀬戸内海の交通は発展してきたのでした。
その平清盛が整備してきた鞆の浦(広島県福山市)については、以下の記事を(復習がてら)ご覧ください。

同じく、広島県の宮島については、以下の記事を(復習がてら)ご覧ください。

外国に近いぶん、外国との接点が多かった
また、
- 下関や関門海峡
- 福岡
- 長崎
- 熊本
といった地域は、外国ととても近いことから、外国との接点だったのでした。
また、古くは外国人が日本に最初に訪れる、「玄関口」としての役割を果たしました。
大宰府の政庁(都府楼/とふろう)は、そうした外国人をもてなすための場所でした。
都府楼跡については、以下の記事を(復習がてら)ご覧ください。

歴史に、外国との争いも多かった九州
しかし、日本の玄関口ということは、逆にいえば外国との戦争になったときに真っ先に狙われやすい場所でもあります。
- 白村江の戦い
- 蒙古襲来
など、外国との戦いを余儀なくされた日本は、たびたび九州の防衛を固めてきました。
江戸時代に鎖国をしていたときも、長崎は唯一の外国との接点として、日本の玄関口としての重要な役割を果たしました。
鉄道唱歌 山陽・九州編から学んだ、旅行の重要性
現代では、九州新幹線や西九州新幹線の開業など、山陽地方や九州の交通の発展は目覚ましいものがあります。

2022年9月に西九州新幹線が開業し、より新しく、スケールも大きくなった長崎駅(長崎県長崎市)
少子高齢化などにより、苦境にあえぐ全国の鉄道
しかし、現代は少子高齢化の問題もあり、沿線人口の減少によって鉄道の利用者も減るなど、鉄道は今や苦境に立たされてもいます。
私はこの記事を読まれている方々が、少しでも鉄道の旅行に興味を持ってもらい、また実際に旅行に行ってみたいと思ってもらえらよう、いつもそれを心掛けて書いています。
今や日本のどこも自治体も、税収アップ・街の発展のために
- 自身の自治体に引っ越してくる「移住」を促進していたり、
- 観光客を誘致して街を活性化させる
などの取り組みを行っています。
少しでも旅行をしたいと思う方々が増えれば、自治体の経済も潤うことになります。
また、延いては日本全体の活性化も期待できます。
旅行で、普段は味わえないような経験を
不景気であれば、旅行などの娯楽費用は真っ先に削られがちですが、旅行に行くことは普段の生活では味わえない体験や経験、そして出会いを経験することができます。
いくら地理を勉強しても、その土地に行かなければわからないこと、その土地に実際にやってきて初めてわかる感動や喜びもたくさんあるのです。
あなたも山陽・九州の旅にでかけよう
あなたも、青春18きっぷという現代の最強アイテムを使い、また山陽新幹線、九州新幹線、さらに西九州新幹線などに乗って、山陽地方・九州の旅に出かけましょう!!

終点・長崎駅の終端部分。山陽・九州編の旅はここまでです!!
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