
快速みえが走る伊勢湾の線路のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです)
- 特急列車にも負けない凄まじき気動車「快速みえ」
- 近鉄とJR(国鉄)の「伊勢路の戦い」
- おわりに・まとめ
特急列車にも負けない凄まじき気動車「快速みえ」
「快速みえ」の知られざる魅力と工夫
三重県の主要都市を主に素早く結ぶ快速列車である快速みえは、名古屋と伊勢・鳥羽をそれぞれ素早くしかも安く結ぶという、JR東海のまさしく看板列車ですね!
一見すると普通の快速電車に見えますが、実はその裏には熱い歴史と、驚きの工夫が隠されているんです。
鉄道ファンならずとも、「へぇ〜!」と言いたくなるような面白いエピソードをまとめました。
快速みえ ライバルに打ち勝つための「異色のルート」
一番の驚きは、JR社の列車なのに、途中で伊勢鉄道という他社の線路を走ることです。
元々は国鉄の一部だった伊勢鉄道という別の会社の線路を、速達性を上げるためにショートカットとして利用しているというわけです。
伊勢鉄道:三重県の四日市駅のやや南にある河原田駅から、県庁所在地の津駅までを結ぶ鉄道会社です。
もともとは国鉄の路線でしたが、現在は第三セクター線として運営されています。
つまり、この伊勢鉄道の新たな開通によって、それまでは亀山駅(三重県亀山市)経由でわざわざスイッチバックまで必要とされていた遠回りだったルートを、大幅に短縮したのでした。
つまりこれは名古屋〜津の区間において、近鉄特急という強力なライバルに対抗するために編み出された作戦であるというわけです。
普通の電車じゃない?「気動車」の意地
快速みえは、いわゆる電線から電気を取って走る「電車」ではありません。
つまり、ディーゼルエンジンで動く気動車ということになります。
用語解説
- 気動車:車体に搭載されたディーゼルエンジンを動力源として走る車両のことをいいます。
のどかな田園地帯といった電線がない区間でも走ることができるのが特徴です。 - ディーゼルエンジン:軽油を使って動くエンジンです。
エンジンだけど速い「快速みえ」
ちなみに
と思うかもしれませんが、ご安心ください!
最高速度はなんと時速120kmにも達し、まるで特急列車並み・関西地方の新快速(=時速130km)にも迫るような速さで駆け抜けてゆきます!
快速みえは、非電化区間(架線がない線路)を走るディーゼルカーとしては、国内最高峰の速さを誇ります。
その、快速みえのまるでうなるようなエンジンの音を聞きながら、力強くぐんぐんと加速していく様子は、まさに「走る魂」を感じてワクワクしますね!
歴史を変えた「カミンズ社」のエンジン 快速みえ
ちなみにこの列車「快速みえ」の歴史を語る上で欠かせないものが、その驚異的なモーターを作り上げた世界的なエンジンメーカーである、カミンズ(Cummins)社の存在にあります。
カミンズ(Cummins)社の高出力エンジン
かつてのディーゼル列車(つまり電車のような電気ではなく、軽由で動く列車)は、重くて加速が鈍いということが大きな弱点でした。
つまりこれだと、圧倒的な速度を誇る近鉄線に負けてしまいますよね。
そこで、近鉄線の特急列車にも負けない様なエンジンをつくるために、アメリカのカミンズ社製の高出力エンジンを採用したというわけです。
これによって、電車に負けないほどの圧倒的なパワーを手に入れることができました。
この技術革新がなければ、今の「快速みえ」のスピード感は実現していなかったかもしれません。
あるいは、ライバルである近鉄線に負けてばっかりだったかもしれません。
カミンズ社のエンジンがとても強力な理由
カミンズはアメリカに本社を置く、世界最大級のエンジンメーカーです。
世界中の厳しい環境で使われているため、耐久性が非常に高く、メンテナンス性にも優れています。
カミンズ社のエンジンがこれほどまでに強力なのは、もともと「大型トラック」や「建設機械」などの過酷な環境で鍛え上げられた技術が注ぎ込まれているからなんです。
したがって、鉄道用としても、重い車体を一気に加速させる驚異的なパワーを発揮できるというわけですね!
このカミンズ社製のエンジンは圧倒的なトルク(粘り強さ)を持ち、低回転の時から非常に強い力(トルク)を出すことができます。
つまり、重い列車が動き出す瞬間に、グイグイと背中を押されるような力強い加速ができるのは、この強力なトルクのおかげであるというわけすね!
逆に、地方の気動車にはカミンズ社のエンジンが搭載されない理由
ちなみに、すべての気動車にカミンズ社のエンジンが載っているわけではありません。
むしろ、地方のローカル線では、別のメーカーのエンジンが選ばれることも多いです。
性能がめちゃくちゃいいはずのカミンズ社製が必ずしも採用されない主な理由を整理してみました。
コストの問題 海外メーカーであるがゆえ、円高・円安などの為替に左右されてしまう
まず、カミンズ社は海外メーカーであるため、部品を輸入するためのコストや、為替(例えば円高や円安など)の影響を受けやすいという側面があります。
例えば円安になると輸入品が高くなってしまう性質があるため、コストが跳ね上がってしまいますからね。
しかし、これだと値段が一定しないので、鉄道会社としては困る面があります。
例えば「予算では100万円で買えるはずだった部品が、円安のせいで150万円になった!」という誤算が次々と発生します。
困っても「明日から値上げ」ができない 国の認可が必要になってくる
例えば普通のパン屋さんなどなら、もしも原材料が上がれば
と自分の判断で価格を変えることもできます。
しかし、鉄道の場合はそうはいきません。
電車の「運賃」はあくまでも公共料金なので、もしも値上げするためには国(国土交通省)の厳しい審査と認可が必要です。
この手続きには何ヶ月も、下手すれば1年以上かかります。
地方の路線のメリット 国産のエンジンの方が安上がりだから
だいぶ話がずれてすみません。
一方で、地方の路線においては、初期費用や維持費といったコストを安く抑えるということが最優先されることになります。
そのため、安上がりな国産エンジンの方がむしろ有利であり、コスパが良くなる場合が多くなります。
オーバースペック(性能過剰)になるから
またローカル線でカミング社製のエンジンを搭載すると性能を使い切れずに、持て余すことが多くなります。
ローカル線の多くは、最高速度が時速65キロメートルから85キロメートル程度にそもそも制限されています。
つまり元々スピードがあまり出せない 区間でおいて、快速みえのような時速120kmで走るようなパワーは必要なく、もっと控えめな性能で十分であるというわけです。
メンテナンスが困難になる 国産のがむしろコスパが良くなる
また、国内メーカー(例えば小松製作所や新潟原動機など)のエンジンであれば、国内の近場から運んでくれるために、部品の調達がスムーズになります。
そのため、整備士の方々もそもそもその扱いに慣れています。
すなわち、地方の小さな車庫においては、特殊な構造を持ちハードルの高い海外製よりも、使い慣れた国産エンジンの方が修理しやすくなり、安心というわけですね!
地方の気動車で求められる性能「静かさ」「燃料のコスパの良さ」
- 燃費の良さ:スピードよりも、燃料をいかに節約できるかが経営上とても重要です。
そのため、地方においてはハイパワーなエンジンよりも、コスパがよく走れるエンジンが好まれます。 - 静粛性:最近のローカル線向けの車両は、駅の近くの民家に配慮して、エンジン音が静かなタイプが選ばれる傾向にあります。
このように、例えばカミンズ社製エンジンのような「爆音」とも言える迫力ある音はファンにはたまらないですが、日常的に使う分には静かな方が好まれることもありますね。
要約:適材適所のエンジン選び
快速みえのような都市間を速く結ぶ列車にはカミンズが最適ですが、地方ののんびりした路線には、国産の扱いやすいエンジンが「ちょうどいい」のです。
したがって、エンジンの選択は、その路線がどんな役割を持っているかによって決まるということですね
それでも快速みえは「カミンズ製」エンジンで近鉄に対抗
逆に、そこまでのデメリットがありながら、快速みえがあくまでカミンズ社製のエンジンにこだわるのは、
- やはりそこまでしでも近鉄線に対して対抗したい
という、とてつもなく強い意思があるからですね!
近鉄とJR(国鉄)の「伊勢路の戦い」
この近鉄とJR(国鉄)の「伊勢路の戦い」というテーマは、まさに日本の鉄道史における最も熱いドラマの一つですね!
すなわち、一次は近鉄が国鉄からシェアを奪って圧倒的な王者となり、そんな どん底に陥った国鉄(現在のJR社)が「快速みえ」によって逆襲するまでの流れは、本当に波瀾万丈です。
JR(国鉄)は近鉄に比べて圧倒的不利だった?
国鉄と近鉄は、かつては勝負にならないほどの大差がありました。
まず、路線図を見ると一目瞭然なのですが、近鉄は名古屋と伊勢との間を、ほとんど直線に近い形で結んでいます。
それに対して、当時の国鉄は亀山駅を経由してスイッチバック(進行方向を変えること)が必要になるほど遠回りだったのでした。
すなわち、国鉄から現在のJR社に至るまで、物理的な距離でもスピードでも、近鉄に太刀打ちできない状態が長く続いていた、というわけです。
伊勢湾台風の克服 線路の幅を揃え、近鉄の躍進
このようにして、近鉄が国をはじめ世の中の多くの人たちからの信頼を勝ち取っていった背景には、ドラマチックな理由が重なっています。例えば、
- 昭和34年(1959年)におきた伊勢湾台風によって、線路は水浸しになってしまい、
- まるで水没した廃線のようになり、甚大な被害を受けたときにも、
- 近鉄はこれを驚異的なスピードで全力で復旧させてゆきました。
- 同時に、それまでの近鉄線の悩みであった 「線路幅の広い大阪側(1,435mm)と」と「狭い名古屋側(1,067mm)で異なっており、
- 伊勢中川駅で乗り換えが必須・直通運転できなかったそれぞれ線路の幅を統一するため、
- まるで「どのみち、いずれ線路の工事は必要だった」「ピンチはチャンス!」と言わんばかりに、
- (名古屋側の)線路の幅を広げるという工事までをも完遂した
というわけです。
これにより、近鉄では名古屋から伊勢・大阪までずっと乗り換えが不要になり、スピーディーな特急列車が走れるようになったというわけですね。
当時の国鉄はストライキが連発し、ほとんどまともに走らなかった
一方で、当時の国鉄はストライキが頻発し、ダイヤが乱れることも珍しくありませんでした。
本来の公務員であればストライキは認められないわけですが、そのストライキを認めさせるための、いわゆるスト権ストというものが横行していた時代でした。
国鉄の皆さんが一気に業務を放棄するわけなので、こうなると列車は動かないわけです。
しかし、これだと乗客の皆さんは電車に乗りたい時に電車が止まってしまって動けないということになります。
そのため、住民のみんなとしては時刻通りに出勤・通学したりできないわけなので、これでは困りますよね。
国鉄ユーザーの不満を拾い、進化してきた近鉄線
こうした当時の国鉄に対する不満を拾ったのも、ある意味では近鉄の役割でした。
近鉄は既存の国鉄に対抗するために、
- まっすぐなルートを引き、
- 複線化し、
- 伊勢神宮に参拝する天皇陛下や皇族の方々が乗車されることもできるような豪華な列車を走らせ、
- さらには豪華な観光列車を走らせる
など、国鉄とは徹底した差別化を図って、シェアを奪い込んだのでした。
近鉄と同じように、ストライキ対策で生まれた宇部興産専用道路
また、ちょっとここで余談になりますが、近鉄と同じように国鉄のストライキ対策で生まれた交通インフラに、山口県の宇部興産専用道路というものがあります。
誕生のきっかけ:国鉄の度重なる「ストライキ」
もともと、この会社(当時の宇部興産)は、
- 山口県の内陸部の美祢市にあるセメント工場から、
- 瀬戸内海の海側にある宇部市にある工場まで、
- 頑丈な建築材としてとても需要がある「セメント」の原材料である「石灰石」を運ぶために、
- 国鉄(現・JR西日本)の美祢線を使っていた
といった時代背景がありました。
ストライキで工場が止まる
1970年代の国鉄は、先ほども述べたようにストライキが日常茶飯事でした。
ストライキが起きると貨物列車がピタリと止まり、原材料が届かなくなります。
すなわち、国鉄のストライキのたびに工場が強制ストップさせられるため、会社としては大損害を被っていました。
国のインフラ(国鉄)に頼らず、自前で道路を作った
そのため、当時の宇部興産では、
- 「国のインフラ(国鉄)なんか信用できるか! 工場が潰れてしまう!」
- 「それなら、山から海まで自前の道路を作って、自分たちで運んでやる!」
という怒りと執念によって、この「宇部興産専用道路」という巨大プロジェクトが始まったというわけです。
宇部興産専用道路については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

皇族専用列車の運行 国鉄から確実にシェアを奪った近鉄線
話がまたまただいぶ逸れてしまってすいません。したがって、このように
- 時間通りに走り、
- さらにはお召し列車(皇族専用列車)も運行するほどにまでサービスが充実していた近鉄へ、
- お客様が流れ込んでいく
というのは、もはや時代の流れというか当然の結果だったのかもしれませんね。
お召し列車:天皇、皇后両陛下や皇族方がご移動の際に利用される、特別な仕立ての列車です。
近鉄の執念と国鉄の壁(「快速みえ」に関連する歴史)
はじめはなかなか国から許可が下りなかった近鉄線の建設
また、近鉄が名古屋進出を果たすまでは、国鉄や国からの凄まじい逆風がありました。
すなわち、
- 戦前に近鉄の前身である私鉄会社が名古屋進出を目指したときに、
- 既に明治時代から存在していて、並行していた国鉄への影響(つまり、近鉄が手強い競合相手となること)を懸念した国からは、
- なかなか(近鉄の)鉄道建設のための認可が下りませんでした。
それもそのはずです。
わざわざライバルとなるかもわからないような近鉄線に対して、国鉄を運営している国側から、そうやすやすと許可が降りるわけもありません。
近鉄線の何が何でも線路を建設したいという思い
しかし、それでも
という強い執念で、粘り強く交渉を続け、ついには参入を認めさせたのでした。
近鉄の今の繁栄は、まさに当時の先輩たちの「血の滲むような働きかけ」があったからこそですね!
快速みえは「安さとパワー」の最終兵器!
そんな絶望的な状況の中で、JR東海が誕生してから送り出した刺客こそが、まさにこの快速みえだったというわけですす。
快速みえにおいては、
- 特急並みの速さなのに、特急料金がかからない
という「安さ」を最大の武器にしてきたのでした。
さらに、先ほどお話ししたカミンズ社の強力なエンジンを積み、加速力によって近鉄の電車を追いかけるというわけです。
「もう近鉄には負けられない!」というJR東海の意地とプライドが、まさにあのエンジン音に詰まっていると思うと、なんとも胸が熱くなりますね!
快速みえが走る参宮線については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

おわりに・まとめ
いかがだったでしょうか。
このように、近鉄とJRがそれぞれ歴史的に切磋琢磨してきたおかげで、今の私たちは便利に伊勢へ行けるようになったというわけですね。
すなわち、「快速みえ」が単なる移動手段ではなく、ライバルである近鉄線との競争や技術の結晶であることが分かると、次に見かけた時の印象がガラッと変わりますよね!
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