【三江線の歴史と絶景スポット】天空の宇都井駅から廃線後の観光活用まで、徹底解説!

三江線の歴史や絶景スポット、天空の宇都井駅の魅力から廃線後の観光活用まで、わかりやすく解説してゆきます!

山あいの緑と渓谷を駆け抜ける三江線の列車風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

山あいの緑と渓谷を駆け抜ける三江線の列車風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線の歴史と絶景:江の川とともに歩んだローカル線の記憶

険しい中国山地の山間を切り拓いて敷設された三江線の線路イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

険しい中国山地の山間を切り拓いて敷設された三江線の線路イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線さんこうせんは、島根県と広島県を結んでいた、全長約108kmのローカル線です。
かつてこの地域の中国山地の山奥の川に当たる江の川ごうのかわに沿って走り、この川が作り出す山あいの景色が本当に美しい路線でしたね!

しかし、自動車の普及などによる鉄道の利用者の減少などに伴い、2018年に惜しまれつつ全線廃線となりました。

全通まで45年かかった険しい道のり

雄大な江の川のほとりを穏やかに走る三江線の風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

雄大な江の川のほとりを穏やかに走る三江線の風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線さんこうせんは、中国山地の険しい山々と急流に阻まれてしまうような非常に険しい地形の中にあったため、かつての建設のための工事は難航を極めました。

もちろんこの三江線は全てのルートがいっぺんにできたわけではありませんでした。
はじめは、あくまでも南北両側からそれぞれ工事をスタートして少しずつ線路を延ばしていき、幾多の困難を乗り越えて全線開通を果たすまでには、実に45年もの年月を要したというわけです。

逆に言えば、それだけの長い年月をかけたのに、2018年に惜しくも廃止されたのは本当に多くの人々にとって残念なことだったでしょう。

  • 1930年(昭和5年):北側の江津駅ごうつえき(島根県江津市)から工事が始まり、少しずつ線路が延びていきました。
  • 1955年(昭和30年):南側の三次駅みよしえき(広島県三次市)からも線路が延び始めました。
  • 1975年(昭和50年):途中の険しい山道を越え、着工から45年かけて、ようやく一本の線路につながりました。
  • 2018年(平成30年):利用者の減少により廃止となりました。

こうして見ると全通するまでに45年かかっている(1930年から1975年まで)わけですが、全通したらしたで43年で幕を閉じている(1975年から2018年まで)ので、全通期間が工事の期間よりもわずかに下回っていることになります。
そう考えるとちょっと切ないですよね。

モータリゼーション(自動車の普及)とのすれ違い

すなわち、この三江線さんこうせんは全線が開通したときには、すでに世の中は自動車が普及した自動車メインの世の中になっており、この地域においてもそれは例外ではなく、自動車の利用が広まっていたというわけです。

せっかく45年もかけて難工事の末につながったのに、こうしたモータリゼーションという時代の流れとすれ違ってしまったのは、本当に切ないところですね。

三江線:川(江の川)とともに生きた路線の宿命

雄大な江の川の風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

雄大な江の川の風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線さんこうせんは、中国山地の非常に険しい川である江の川ごうのかわのすぐそばを走っていました。
こうした江の川が作り出す険しくも美しい地形に囲まれた場所を走るため、三江線においては景色が素晴らしい反面、たび重なる大雨や台風による「水害」に何度も泣かされました。

険しい渓谷というものは普段は美しい景色を見せるものですが、ひとたび氾濫や台風などで大雨になると、一気に自然の脅威へと変わるものです。

水害とは?
大雨や台風で川があふれたり、土砂が崩れたりして起きる災害のことです。

2000年代に入っても豪雨の影響などから線路が止まってしまい、復旧までに1年くらいかかったということもありました。
こうした中、三江線は莫大な復旧費用をかけながら、それでも何度も立ち上がってきた姿には胸が熱くなります!

中国山地の深い緑と穏やかな江の川の水面イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

中国山地の深い緑と穏やかな江の川の水面イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

廃線へのカウントダウンとその後の三江線

しかし過疎化が進み、三江線において列車の利用者は年々減少していきました。
若い人はどんどん広島や大阪、東京方面に就職して出て行ってしまうので、人口維持という観点ではなかなか厳しい面もあるでしょう。
また、先述の水害による維持コストの負担も、非常に重くのしかかっていました。
すなわち、水害が起きるたびにそれを防いだり、また起きてしまったものを直したりするのに甚大なコストがかかるため、ものすごく赤字になりやすい構造であったというわけですね。

  • 2016年(平成28年):JR西日本が廃止の意向を正式に表明しました。
  • 2018年(平成30年)3月31日:多くのファンや地元の方々に見守られ、三江線は運行を終了しました。

また、地上から約20mの高さにあってかつて「天空の駅」と呼ばれた宇都井駅うづいえきなど、今でも三江線には観光スポットとして愛されている場所がたくさんあります。
このように、地域の暮らしを支え続けた三江線さんこうせんの物語は、今もあたたかい記憶として語り継がれていますね!

116段の階段を登る「天空の駅」宇都井駅の秘密

三江線の宇都井駅うづいえきは、現在の島根県邑智郡おおちぐん美郷町みさとちょうにあった、地上約20mの高さを誇る無人駅です。
すなわち、田園風景の中に巨大なコンクリート橋がそびえ立つ姿は、まるで秘密基地のようで、本当にワクワクしますよね!

三江線のシンボル!宇都井駅の構造と特徴

三江線の宇都井駅うづいえき(島根県邑智郡美郷町)のプロフィール:

  • 高さ:地上から約20m(これは思っているよりもかなり高いです)の場所に、ホームと小さな待合室がありました。
  • 階段:エレベーターやエスカレーターはなく、116段の階段を自力で登る構造でした。
  • 高架橋:高い山と山の谷間をそれぞれ一直線につなぐため、とてつもなく高いコンクリートの高架橋の上に線路が敷かれました。

高架橋こうかきょうとは?
道路や線路を地面より高い位置に通すために造られた、橋のような構造物のことです。

したがって、宇都井駅はお年寄りにとっては登るのが少し大変な駅でもありました。
しかし、階段の踊り場から見下ろす集落の景色は、息をのむほど素晴らしかったですね!

全通の象徴として誕生した、宇都井駅の歴史

また、三江線の駅である宇都井駅うづいえきは、1975年(昭和50年):三江線さんこうせんの最後の未開通区間である

  • 浜原駅はまはらえき(島根県邑智郡美郷町)
  • 口羽駅くちばえき(島根県邑智郡邑南町)

の間の区間がそれぞれ開通したとき、新しく設置されました。

  • 建設の工夫:当時の最新土木技術を使いつつ、山が険しい地形を避けて、あえて高い場所を突っ切るという設計が採用されました。
  • 駅の特徴:開業当初からもともと駅員がいないという無人駅で、地域の貴重な足として活躍しました。

すなわち、宇都井駅うづいえきは三江線さんこうせんが45年の歳月をかけて一本につながったシンボル的な駅であり「全通の象徴」でもあったというわけです。

廃線後も愛され続ける、宇都井駅の観光スポット

三江線さんこうせんの宇都井駅うづいえきは、2018年3月31日を最後に列車が走らなくなった後も、駅舎やホームは大切に残されています。

  • ライトアップイベント:駅全体を鮮やかにイルミネーションで照らす「INAKAイルミ」などが開催され、多くの人々が集まっています。
  • 見学スポット:今でも(宇都井駅の)116段の階段を登って、地上20mの高い場所から、天空からの絶景を楽しむことができます。
  • 宿泊施設:そして、この駅の近くには、廃線跡を間近に感じられるというコテージなどが整備されました。

このように、たとえ列車が来なくなっても、地域の方々の温かい手によって、駅のぬくもりが今も息づいているのは本当に素敵ですね!

車窓を彩った、江の川の豊かな自然

雄大な江の川に沿って走る三江線の列車風景のイメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

雄大な江の川に沿って走る三江線の列車風景のイメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線さんこうせんは、「江の川本線」と呼ばれるほど、(太田川おおたがわや高梁川たかはしがわなどを凌ぐ)中国地方最大の河川である江の川ごうのかわと寄り添いながら走るという絶景路線でした。
すなわち、車窓から見える豊かな山並みとゆったり流れる川面かわもは、まるで一枚の絵画かいがのようで、旅情がたっぷり詰まっていましたね!

  • カヌーの里:川(江の川)の回りにはカヌーやアユ釣りを楽しむ人々が見られ、川と人々の暮らしの近さを実感できたのでした。
  • 霧の海:朝には、川沿いに深い霧が立ち込めてきていました。そのため、まるで雲の上を走っているかのような、幻想的な体験ができました。
  • 四季の表情:春の桜、夏の眩しい緑、秋の紅葉、そして冬の静かな雪景色と、季節ごとの表情がどれも格別だったのでした。

したがって、三江線は単なる移動手段というだけでなく、まるで乗っているだけで心が洗われるような特別な路線だったというわけです。

物語が宿る三江線のユニークな駅たち

三江線さんこうせんの各駅には、島根県の伝統芸能である石見神楽いわみかぐらの演目にちなんだ愛称がつけられていたのも面白い特徴でした!

ちなみにここで言う石見神楽いわみかぐらとは、島根県西部の石見地方いわみちほうに伝わる、神話などを題材にした迫力ある伝統舞踊でんとうぶようのことです。
江戸時代から石見銀山いわみぎんざん周辺の鉱山町こうざんまちや神社などでも奉納され、楽しまれてきた伝統的な芸能になります。

昔は現在のようにネットやSNSみたいな娯楽があまりなかったため、こうしたお祭りや芸能は人々にとって非常に楽しみでした。
特に鉱山のような危険で厳しい場所で働く人たちにとっては、この神楽かぐらやお祭りというものは、むしろこれのために一致団結して仲間と頑張れる、または家族と頑張れるというような、非常に心の支えになっていたのでした。

石見銀山については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

【世界遺産・石見銀山】なぜ幕府の直轄領に?過酷な労働を支えたグルメとエンタメの歴史を徹底解説!
石見銀山の歴史と魅力。なぜ幕府の直轄領になったのか?過酷な労働環境や独自のエンタメや信仰、グルメまでわかりやすく解説します!本記事に掲載している画像は、あくまでAIによるイメージです。実物とは異なる描写がある場合がありますので、ご了承くださ...

その他、かつての三江線の主な駅は以下の通りです。

  • 潮駅うしおえき:(島根県美郷町みさとちょう)線路沿いに見事な桜並木が続き、春には「桜のトンネル」を列車が通り抜ける絶景スポットでした。
  • 鹿賀駅しかがえき:(島根県江津市ごうつし)駅の目の前を雄大な江の川ごうのかわが流れ、川のせせらぎがプラットホームまで聞こえてくるほどでした。
  • 口羽駅くちばえき:(島根県邑南町おおなんちょう)山あいの拠点となった駅で、現在も線路と駅舎が残され、レールバイクの体験運転などが楽しめます。

廃線跡をめぐる現在の見どころ

広島県側を流れる江の川と緑豊かな沿線の自然風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

広島県側を流れる江の川と緑豊かな沿線の自然風景イメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三江線さんこうせんの沿線では、列車が引退した現在でも、訪れる人を温かく迎える工夫がたくさんあります。

  • レールバイク体験:足こぎのトロッコに乗って、かつて本当に列車が走っていた本物の線路の上を風を切って走るという体験は大人気です!
  • カヌー公園さくぎ:川遊びやキャンプを楽しみながら、かつての鉄橋や川の景色をのんびり眺められます。
  • サイクリングロード:穏やかな川沿いの旧道を自転車で巡り、かつての駅や名所を訪ねる旅も定着しつつあります。

このように、たとえ列車が去った後も、川のせせらぎと地域のあたたかい笑顔がそのまま残っているのは、本当に嬉しいことですね!

おわりに・まとめ

江の川ごうのかわとともに歩んだ三江線さんこうせんの歴史は、大自然の厳しさと人々の温かいぬくもりが詰まったかけがえのない物語です。

全通までの険しい道のりや度重なる水害を乗り越えた記憶、そして「天空の駅」宇都井駅をはじめとする名所は、廃線となった今も地域の手で大切に守り継がれています。

本物の線路を走るレールバイクや美しい景色を味わいに、ぜひ三江線の温かな面影が残る沿線へ足を運んでみてくださいね!

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