木次線の歴史と見どころを徹底解説!
陰陽連絡路線の歩みやスイッチバック、観光列車あめつちの魅力を、わかりやすく解説してゆきます!

木次線(画像はあくまでAIによるイメージです。)
木次線の歴史:中国山地を越える山岳路線の歩み

木次線(画像はあくまでAIによるイメージです。)
木次線は、現在でも島根県と広島県を結んでいる、とても風情ある山岳路線です。
非常に赤字なことで有名な路線ですが、それでも現在も廃線することはなく(もちろん経営は厳しいようですが)、多くの鉄道ファンなどに支えられながら今でも走り続けている路線です。
険しい中国山地を越える路線であるため、木次線には山を越えるための工夫が詰まっていて、乗っているだけでも冒険気分が味わえるという、なんとも素敵な路線なんですよ!
木次線の歴史と開業からのあゆみ
まずは年表から確認

大正から昭和にかけて険しい中国山地を切り拓いて建設された木次線のイメージ図(画像はあくまでAIによるイメージです。)
木次線の歴史を知る上で、まずは年表から確認していきましょう。
- 1916年:私鉄の簸上鉄道として、宍道駅から木次駅の間が開業。つまり山陰側の最初のわずかな区間だけがここで最初にスタートしたわけです。
- 1932年:国が買収して国鉄の木次線となり、南へ向けて延伸工事が進む。
- 1937年:備後落合駅まで開通し、木次線が全通して陰陽連絡路線となる。つまり戦前のこの時点で険しい山岳地帯を越えることはできていたわけですね。
- 1998年:人気のトロッコ列車「奥出雲おろち号」が運行を開始。
- 2023年:車両の老朽化に伴い「奥出雲おろち号」が惜しまれつつ運行終了。
- 2024年:新たな観光列車「あめつち」が乗り入れを開始し、観光路線として歩みを進める。
駅についての基本的な確認

木次線(画像はあくまでAIによるイメージです。)
次に木次線について、基本的な路線名や駅名などについて確認していきましょう。
- 簸上鉄道:木次線のルーツとなった、大正時代に地元で生まれた私鉄会社です。
- 宍道駅:島根県松江市にある駅で、山陰本線と接続する木次線の起点駅です。東は島根県の宍道湖、西は出雲大社という、まさに神の国・出雲にある駅です。
- 木次駅:島根県雲南市にある駅で、先ほどの宍道駅から少し南へ行ったところにある重要な拠点駅です。運行の拠点となる車庫が置かれています。
- 備後落合駅:広島県庄原市にある駅で、芸備線と合流する木次線の終着駅です。
少し東側にある伯備線の備中神代駅(岡山県新見市)などと並んで非常に山奥にあるため、かなりの秘境駅と言ってもいいかもしれません。
周囲にはコンビニ店などはなく、真冬にこれらの駅で取り残されたら大変なことになるでしょうね。
私鉄・簸上鉄道として始まった木次線の原点
木次線は、まず大正時代の1916年、地元の簸上鉄道として、宍道駅から木次駅の間が最初に開通しました。
時代はまさに第一次世界大戦の大戦景気に沸く、物価高(インフレ)の中で建設されたわけですね。
当時は、戦争によって日本の製品が飛ぶようにヨーロッパ諸国へ売れたのでした(ヨーロッパでは戦争が激化していて自分の国だけで工業製品や軍事物資を作る余裕がなかったからです)。
そのため、日本の「モノ」が海外へ大量に流出して国内では深刻な品不足となり、物の価値が上がってインフレーションが起きてしまったのでした。
物価高と資材高騰を乗り越えた地元の熱意
このインフレのため、いざ鉄道を作る時のレールなどの鉄の値段が急に上がってしまい、木次線の元祖の路線を作る時の資金集めにとても苦労しました。
しかしながら、当時はまだ自動車も普及していない時代です。
鉄道がなかったら困るわけです。
そのため、どれだけ資材や材料費などが高騰しても、それでも地元の皆さんが力を合わせて、何とか線路を敷き完成させることができたのでした。
国有化と険しい山々を越える南への延伸
その後、木次線は1934年に国に買い取られて国鉄の路線になりました。
そして、木次線は険しい山を少しずつ切り拓きながら、南へと線路を延ばしていきました。
備後落合駅への到達と木次線の全線開通
先ほどの簡単な年表でも少し述べた通り、木次線は1937年に、ついに広島県側の備後落合駅までつながりました。
すなわち、まだ戦前の1937年でありながら、この時すでに広島県と島根県との間で線路が一つに結ばれることになったのでした。
そして、ここで早くも陰陽連絡路線としての役割を果たし始めたのです。
しかしながら戦前の技術では、長大でまっすぐなトンネルは作れなかったので、三段スイッチバックのような今となっては珍しい方法で、急すぎる勾配を克服するしかなかったのでした。
山陰と山陽を直結する、陰陽連絡路線の役割
陰陽連絡路線とは、日本海側の山陰地方と、瀬戸内海側の山陽地方を結ぶ鉄道ルートのことです。
簡単に言えば山陽地方と山陰地方をそれぞれ結ぶため、頭文字を取って陰陽連絡線と呼ぶわけです。
またこの陰陽連絡路線は、険しい中国山地を貫くため、どの路線も相当な難所であることが多いです。

木次線(画像はあくまでAIによるイメージです。)
代表的な陰陽連絡路線には、以下のような路線があります。
- 伯備線:岡山と米子・出雲市を結ぶ、現在最も利用が多い主要ルートです。
特急やくもが昔から盛んに通っており、現在では揺れの少ない新型やくもが投入されて、この伯備線はさらに充実化が進んでいます。 - 智頭急行・因美線:関西方面から鳥取を最短で結ぶ高速ルートです。
山陽本線の上郡駅からこの智頭急行、さらに因美線へ乗り入れて鳥取方面へと向かう速達列車の特急「スーパーはくと」が走っています。 - 山口線:小郡(現・新山口)と益田を結ぶ、SL運行でも有名な路線です。
新山口駅からこの路線を通って益田方面へ抜け、さらに出雲・鳥取方面へ向かうという、こちらもまた重要な陰陽連絡路線です。 - 木次線:今回メインで解説している、宍道と備後落合を中国山地越えで結ぶ山岳ルートです。
すなわち、木次線は山を挟んだ両側をぐっと近づけるという役割を持っていました。
しかしながらその一方で、いずれの陰陽連絡路線も険しい中国山地を走るため、カーブや勾配が非常に多いことが課題となっています。
そのため、長くてまっすぐなトンネルで山を貫く高速道路を走る高速バスには、スピード面でなかなか勝てないという現状があります。
こうしたことから、広島市街地から松江方面へ向かうには、残念ながら木次線を使うよりも高速バスを使った方が圧倒的に早いという現実もあります。
木次線を彩ったトロッコ列車「奥出雲おろち号」
木次線では、1998年から窓のないトロッコ列車「奥出雲おろち号」が走り始めました。
おろちというのは言うまでもなく日本神話で有名な「ヤマタノオロチ」から来ています。
ヤマタノオロチは首が8本あるという化け物で、スサノオという神様によって倒されました。
そしてそのヤマタノオロチの尾から出てきたのが、三種の神器の一つである「天叢雲剣」であります。

ヤマタノオロチ(画像はあくまでAIによるイメージです。)

三種の神器(画像はあくまでAIによるイメージです。)
話を戻しますが、この「奥出雲おろち号」は残念ながら老朽化のため現在では引退していますが、それでもやはり当時はトロッコに乗って爽快な風を浴びながら絶景を楽しめる列車として、全国のファンに長く愛されましたね!

スサノオ(画像はあくまでAIによるイメージです。)
日本神話のスサノオ(神)によるヤマタノオロチの撃退伝説と、スサノオの妻であるクシナダヒメについては、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

新たな観光列車「あめつち」
先ほど少し述べましたが、木次線では2023年に老朽化のため「奥出雲おろち号」が引退しました。
したがって、現在は新しい観光列車「あめつち」などが乗り入れ、歴史を引き継いでいます。
ちなみに「あめつち」という名前は、日本神話の古事記の冒頭
という一節に由来しています。
すなわち、この観光列車「あめつち」は、神話のふるさとである山陰地方の豊かな自然や歴史、文化を五感で楽しむための特別な列車として名付けられたわけですね。
木次線の大きな見どころ
木次線においては、険しい山を登るため、全国的にも珍しいスイッチバックが作られました。
急勾配をジグザグに進むスイッチバックの仕組み
スイッチバックとは、急な坂を列車が一気に登れないとき、ジグザグに進みながら少しずつ高度を稼ぐ仕組みのことです。
地図や上空から見下ろすと「人」みたいな形をした線路ですね。
つづら折りの道路と同じ原理で坂を克服
これは、車で山道を上るときに、クネクネと折り返しながら登るのと似ています。
つづら折りの道みたいに、わざとカーブを多くして距離を稼ぐ理論と似ていますね。
昔はこうしたスイッチバックは多かったのですが、現在では車両のパワーやブレーキ性能が大きく向上し、急な坂道でも直接上り下りできるようになりました。
そのためスイッチバックは全国的にどんどん減少傾向にあります。
だからこそ現代でも残っている木次線のスイッチバックは非常に珍しく、全国から鉄道ファンが訪れる人気の観光名所になっているわけですね!
出雲坂根駅で体感する木次線スイッチバックの醍醐味
運転士さんが前と後ろの運転席を行ったり来たりしながら進む姿は、見ていて本当にワクワクしますね。
山奥の豊かな自然と、昔の人の知恵が今も息づく、とても魅力的な路線です。
おわりに・まとめ

木次線(画像はあくまでAIによるイメージです。)
木次線は、中国山地の険しい山々を越えて山陰と山陽を結ぶために敷設された、先人たちの知恵と熱意が詰まった路線です。
名物の三段式スイッチバックや、四季折々の雄大な大自然の景色は、訪れる鉄道ファンや観光客を今も魅了し続けています。
「奥出雲おろち号」から観光列車「あめつち」へと受け継がれた歴史のロマンを感じながら、ぜひ木次線ののどかな列車の旅を楽しんでみてくださいね!
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