鉄道唱歌 北海道編の歌詞を、わかりやすく解説してゆきます!
江別の地理・歴史などについて、初心者にもやさしく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
千歳の川の落口に
おかれて賑ふ江別町
石狩行の汽船あり
さらに読みやすく!
千歳の川の 落口に
おかれて賑う 江別町
石狩行の 汽船あり
さあ、歌ってみよう!
♪ちとせのかわのー おちぐちにー
♪おかれてにぎわう えべつまちー
♪いしかりゆきのー きせんありー
小樽駅→(熊碓トンネル)→銭函駅→手稲駅→琴似駅→札幌駅→厚別駅→野幌駅→江別駅→幌向駅→岩見沢駅→峰延駅→美唄駅→奈井江駅→砂川駅→(神居古潭)→旭川駅
※鉄道唱歌に関係ある主要駅のみ表示
現代語訳

江戸時代の石狩平野と石狩川(画像はAIによるイメージです)
この一節は、札幌からさらに東へと進み、水の恵みを受けた交通の要所である江別の町の活気を歌ったものですね!
川と鉄道、そして船が交差する、当時の物流の賑わいが鮮やかに描かれていて、とてもエネルギッシュです。
以下に現代語訳をまとめました。
- 大河である石狩川に、
- 千歳川が流れ込んでいる、
- その合流地点(落口)にあるのが江別の町である。
したがって、この場所は水運の拠点として非常に賑わっている。 - また、この町からは、下流の石狩方面へと向かう定期的な汽船(蒸気船)も運航されており、交通がとても便利である。
落口とは、ある川が別の川(や海)に対して流れ込む合流地点、すなわち「河口」や「合流点」のことです。
簡単に言えば、石狩川と千歳川の合流地点に、江別の町があるということです。

江別市で千歳川と石狩川が合流するイメージ(画像はAIによるイメージです)
札幌駅から約30分、江別駅へ
北海道江別市は、札幌から約15kmほど東にある街です。
江別は、普通列車だと札幌駅から概ね30分以内に着ける距離にある街です。
また、江別の街は札幌市のベッドタウンとしての機能も大きいでしょう。
札幌に程近い重要都市・江別
札幌駅から普通列車で旭川方面に向かう場合、終点が江別駅または岩見沢駅になっている場合が多いです。
そのため、江別駅は岩見沢駅と並んで、乗り換えのための重要駅となります。
ぜひ、乗り換えの際には時間に余裕があれば駅の外に降りてみましょう。

江別駅(北海道江別市)
石狩川と千歳川の間にある、江別市
江別市は鉄道唱歌の歌詞にあるように、
- 石狩川
- 千歳川
の間に位置しています。
江別の町が栄えてきた理由
江別の町が栄えてきた理由は、石狩川と千歳川の水運がそれぞれ交わる、モノ・人運びの拠点だったからです。
すなわち、宿泊や食事などで多くの人々が集まることになるからですね。

江別市で千歳川と石狩川が合流するイメージ(画像はAIによるイメージです。実際の地形とは異なる場合があります)
すなわち、江別が発展した最大の理由は、石狩川と千歳川がそれぞれ交わる「水運の要所」だったからです。
明治時代、道路や鉄道が未整備だった北海道において、川は最も重要な交通路でした。
すなわち、その2つの大河が合流する江別には、自然とモノや人が集まる、多くの仕組みやインフラなどができあがっていったというわけです。
千歳川とは
千歳川は、千歳市の西約20km先にある
- 支笏湖
を源流とし、千歳市を経由して、江別市で石狩川と合流し、石狩湾に注ぐ川です。
石狩川とは
石狩川は、石狩平野を流れるとてつもなく長く大きな川です(もちろん、余裕で一級河川)。
石狩川は
- 北海道の本当に真ん中辺りから流れ出て、
- 旭川あたりから西へ西へと流れ、
- 函館本線とほぼ並行して、滝川・岩見沢・江別と経由し、
- 江別市で北西に向きを変え、
- 札幌の北にある石狩湾に注ぐ
という川です。

江戸時代の石狩川と石狩平野のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです)
「石狩行の汽船」とは
歌詞の4行目にある「石狩行の汽船」とはかつて江別から石狩(つまり、石狩湾に面する石狩川の河口付近の町)までを、蒸気船が運航していたことをいいます。

明治時代の石狩川の蒸気船(画像はAIによるイメージです)
当時はまだ現在のように自動車も鉄道も発展していませんでしたから、川の上を進む蒸気船が都合が良かったわけですね。
また、明治時代のこの頃には、江戸時代までの帆船とは違って、水と石炭をエネルギーにした蒸気機関で動く、蒸気船が主流になっていました。
また当時は、鉄道と並んで川を走る汽船は、北海道の開拓を支える重要な乗り物でした。
国内2位の流域面積を誇る、石狩川
石狩川の流域面積は、関東地方の利根川(とねがわ)に次いで国内2位の広さです。
石狩平野が国内3位の平野ですから、それだけ大きく産業や農業、交通の発展に重要な川や平野であることがわかります。
そもそも「流域面積」とは
流域面積とは、
です。
これだと非常にわかりにくいですが、降った雨の水というのは、
- やがて地下を経由して、
- 川や海に流れ出る
ことになっています。
群馬県の例
例えば、群馬県はその全域が利根川の流域面積に含まれます。
逆にいえば、
わけです。
つまり、
ということです。
その流域面積が、利根川に続いて国内2位ということです。
そしてその流域面積に含まれる街は、江別市はもちろん
- 札幌市
- 千歳市
- 岩見沢市
- 旭川市
など北海道の主要都市をかなり含んでいますから、凄いですよね。
余談・補足 日本一長い川は「信濃川」
なお、日本一長い川は信濃川、日本一流域面積が大きい川は利根川。
この辺りは、豆知識として覚えておきましょう。
「川」が人類に与えてきた、大きなメリット・恵み
川は古くから、多くの役割を担ってきました。
船で人々や荷物を運ぶ「水運」
昔はトラックや鉄道などがなかったため、大量の人々や荷物を運ぶために、船を通した。
これを「水運」といいます。
飲み水などになる「上水」
また、川は飲み水や、洗濯、お風呂などの生活用水を取るために使われているわけです。
これを「上水」といいます。
対義語は、汚物などを流す「下水」です。
人工的なもので有名な上水は江戸・東京の神田上水や玉川上水などがあります。
詳しくは、以下の各記事でも解説していますので、ご覧ください。


田んぼや畑などに、水を引っ張ってくる「灌漑」
川は農地(田んぼや畑など)に、水を引っ張って作物を育てるのに用いられたのでした。
これを「灌漑」といいます。
うまく川の水を利用する「利水」
このように、川の水を有効活用することを「利水」といいます。
川は人々の生活を脅かす存在でもあった
逆に、川は歴史的に人々の生活を脅かす存在でもありました。
(2)橋が流されてしまう。
(3)橋が沈んでしまう。
(4)川の流れが激しく向こう岸も遠いため、橋が発展していない時代は、向こう側に思うように渡れない。
川の氾濫に備えて様々な対策をする「治水」
そのため、川は高い堤防を築いたり、ダムなどで大雨のときにある程度の水を溜められるようにして、川がバーッと流れるのを防ぐ必要があります。
このように、川が氾濫したときのために様々な対策することを、「治水」といいます。
「あそび」を設けて、氾濫を防ぐ 「バッファ」と同じ
IT系に詳しい人ならわかるかもしれませんが、「バッファ」って言葉がありますよね。
あれは大量のデータが溢れないよう、一時的にどこかの領域に「あそび」を設けておくことで、データが溢れないよう防いでいるのです。
川も同じで、ダムやため池のような広く水を溜めるような場所を確保して、大雨のときに川が溢れないようにした場所を「遊水池」といいます。
バッファと同じで、「あそび」の領域を設けるわけですね。
関東地方の例「渡良瀬遊水地」
このような遊水池の代表例として、栃木県・群馬県・埼玉県・茨城県と実に4つの県境の間にまたがる
- 「渡良瀬遊水地」
があります。
また、渡良瀬遊水地は、遊水池としての機能はもちろん、明治時代に発生した足尾銅山鉱毒事件の対策(銅山から出た鉱毒を沈めて公害が発生しないようにする)として作られたものでもあります。
詳しくは、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

川が流されないような形状
(2)の対策の例として、川が流されないように独特のそろばんの玉のような形となったものが、
- 山口県岩国市の「錦帯橋」
です。
錦帯橋について詳しくは、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

いくら橋を頑強にしても流される場合の対策
(3)の対策の例として、いくら橋を頑強にしても流されるので、どうせなら橋をわざと沈めさせてショックを吸収させコストも下げよう、というのが高知県四万十川流域の
- 「沈下橋」
です。
もちろん安全のため、大雨のときは沈下橋は通行不能になります。
川の流れが激しく、思うように渡れない
(4)の代表例としては、静岡県島田市の大井川です。
昔は
と言われ、昔は人を肩に乗せて渡るか、危険を冒して自力で(泳いで)渡る必要がありました。
逆にいえば、渡りにくいということは敵から攻められにくくもなるため、昔は川は軍事上の防衛の要でもあったわけです。
詳しくは、以下の各記事でも解説していますので、ご覧ください。


以上、鉄道旅行の豆知識として、覚えておくと旅が少し楽しくなるかもしれません。
人々への影響が大きかった石狩川
話がだいぶ長くなってしまい申し訳ないのですが、石狩川も上記のような「利水」「治水」が歴史的に重点的に行われてきました。
石狩平野は日本トップクラスの広さですから、
- この広大な平地を生かすために田や畑に水を供給したり、
- 人々の飲み水や生活用水として使用されてきた
ことでしょう。
江別から石狩川の船も出ていた
歌詞にもあるように、川を利用して船を通し、
- 大量の物資を運ぶため、
- また、人を乗せるため
に石狩川をゆく船も出ていたことと思います。
さらに、石狩川は物凄く大きな川ですから、ひとたび大雨に見舞われたときは洪水や氾濫などの被害も大きかったことでしょう。
川が大きいということは、それだけ大雨で溜まる水の量も多いわけで、それが限界に達して溢れてくるわけですから、襲ってくる水の量が半端なさそうです。
そのため、様々な方法で治水が行われてきたと思います。
近年はAIを利用した川の治水方法も開発されている
したがって、現代では全国どこの自治体も人々の安全のため、河川の氾濫対策には膨大なコストをかけていることでしょう。
今後はAIやビッグデータなどの活用で、治水の技術はより進化していくかもしれません。
次回は、岩見沢へ
おわりに:いかがだったでしょうか。
以上、ほとんどの方が興味ない、つまらない内容でした(^^;
しかし、読んでくださった方は感謝です!
「川と川が合流して、そこから大きな町(江別)ができて、さらに船まで出ていく」という様子は、まさに産業が発展していくワクワクするような光景ですね!
水音や汽笛の音が聞こえてきそうなほど、当時の活気ある江別の町が目に浮かぶ、とても素敵な一節ですね!
北海道の鉄道唱歌シリーズは、当時の風景がとても具体的に想像できて楽しいですね!
次は、岩見沢に止まります!
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