宗谷本線で「ひつじのまち」士別へ!
冷涼な気候を生かした酪農の歴史やアイヌ語の地名由来などを、わかりやすく解説してゆきます!

北海道士別市の景色のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです。実物・実際の景色ではありませんので、ご了承ください。)
ひつじのまち・士別に到着

道北のひつじ牧場のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです)
剣淵駅(北海道上川郡剣淵町)を出ると、やがて
- 士別駅(北海道士別市)
に到着します。
宗谷本線とは何か?や基本については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

「ひつじのまち」として知られる士別市の魅力

北海道士別市の景色のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです。)
北海道士別市は、ひつじの牧場が盛んな地域になります。
ひつじは食肉になったり、布の材料になったりするため、現代人の我々の生活には欠かせない動物です。
また、ひつじは愛くるしい・可愛らしい顔をしているので、人々に癒しを与える役割を果たす存在でもあります。
涼しい北海道で育つひつじ
ひつじは暑さに弱いため、北海道のような涼しい場所でしかなかなか育たないのです。
それは、馬や牛などの動物も同じです。
彼らは暑い夏の地域を非常に嫌うわけですね。
彼らがエサとして食べる「牧草」も、また北海道のような涼しい場所でなければ育たないのです。
かつて寒さで稲が育たなかった北海道 代わりに酪農で栄えてきた

広大な北海道(画像はあくまでAIによるイメージです)
逆に、明治時代の北海道では、稲がまったく育たずに大苦戦しました。
稲は寒さに弱いため、本州と同じようなやり方で稲を育てても全然育たなかったため、開拓で北海道に移住してきた人々を大いに苦しめました。
したがって、
- 彼らは稲作を諦め、
- 先述の通り、北海道の涼しさを生かした牧草・牧場メインにシフト(方針転換)したところ、
- ようやく北海道の食糧事情は安定するようになり、
- むしろ北海道は、現代のような「食の宝庫」へと発展した
というわけです。
アイヌ語由来の「士別」と「標津(しべつ)」の共通点

北海道士別市の景色のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです。)
ちなみに士別と、北海道のはるか東・根室の北にある標津は、語源が同じです。
アイヌ語で「シベツ」とは、「大いなる川」という意味です。

かつて北海道の東部を走っていた標津線(しべつせん)の例(画像はあくまでAIによるイメージです。)
「幌内(大きな川)」も「士別(標津)」と同じ意味?
ちなみに、道内各地にある「幌内」という地名も、アイヌ語の「ポロ・ナイ(大きな川)」が語源なので、意味としては士別とよく似ていますね。
昔のアイヌ民族の人たちは、暮らしを支える川の様子を見て、素直に(ある意味、そのまんまのネーミングで)名前を付けていました。
すなわち、
- 士別の「シペッ」は、本流のような大河を指す
- 幌内の「ポロ・ナイ」は、幅が広くて大きい川を指す
という違いはあります。
しかし、どちらも昔の人々にとって頼りになる「大きな川」だったという点では同じなんですね!
その「大きな川」とは、具体的に何川のことを指す?
士別(しべつ)の場合
まず士別の場合は、北海道を代表する大河「天塩川」のことを指しています。

「士別」の由来となった天塩川(画像はあくまでAIによるイメージです。)
すなわち、町の中をゆったりと流れるこの大きな川(=シ・ペツ)は、昔から人々の暮らしや移動に欠かせない、まさに命の水となっていたわけですね!
標津(しべつ)の場合
また標津の場合は、知床半島の近くを流れる「標津川」のことを指しています。
秋になるとたくさんのサケが元気に川をのぼってくる大河で、昔から食べ物を与えてくれる豊かな恵みの川だったんですよ!
次回は、名寄駅へ

北海道士別市の景色のイメージ(画像はあくまでAIによるイメージです。)
おわりに:次回は、名寄駅に到着します!
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