鉄道唱歌 北海道編の歌詞について、わかりやすく解説してゆきます!
阿倍比羅夫にゆかりある比羅夫駅の歴史を、やさしく解説してゆきます!
↓まずは原文から!
櫻の如く香らせし
阿部の比羅夫の忠勇を
紀念に殘す比羅夫驛
もう少し読みやすく!
桜のごとく 香らせし
阿部比羅夫の 忠勇を
紀念に残す 比羅夫駅
さあ、歌ってみよう!
♪さくらのごとく かおらせし
♪あべのひらふの ちゅうゆうを
♪きねんにのこす ひらふえき
函館駅→桔梗駅→七飯駅→新函館北斗駅→大沼公園駅→駒ヶ岳駅→森駅→八雲駅→国縫駅→長万部駅→黒松内駅→比羅夫駅→倶知安駅→然別駅→余市駅→蘭島駅→塩谷駅→小樽駅
※鉄道唱歌に関係ある主要駅のみ抜粋
現代語訳のまとめ(比羅夫駅)
まずは、現代語訳から確認してゆきましょう。
- 紅葉のように真っ赤で燃えるような、偽りのない心(赤心)を持ち、
- 桜の花のように、その高潔な精神を全国に香らせた、
- 阿部比羅夫という人物の、国を想う忠実で勇敢な心(忠勇)を、
- 歴史の記念として残すために、この地を比羅夫駅と名付けたのである。
尻別川に沿って、倶知安方面へ
黒松内駅を過ぎて尻別川沿いに山深い区間を行くと、
- 蘭越駅(北海道磯谷郡蘭越町)
- 昆布駅(北海道磯谷郡蘭越町)
- ニセコ駅(北海道虻田郡ニセコ町)
と過ぎていきます。
やがて、
- 倶知安町(北海道虻田郡)
に入ります。
虻田郡は「あぶたぐん」と読みます。
比羅夫駅(倶知安町)に到着
倶知安町に入ると、やがて
- 羊蹄山(標高1,898m)
の麓にある、
- 比羅夫駅(北海道虻田郡倶知安町)
に止まります。

比羅夫駅(北海道虻田郡倶知安町)
阿倍比羅夫(あべのひらふ)に由来する駅
比羅夫駅は、ニセコ駅と倶知安駅の間にある駅で、飛鳥時代にこの地域を平定した
- 阿倍比羅夫
に由来する駅です。
阿倍比羅夫とは?
阿倍比羅夫とは、飛鳥時代に当時の蝦夷(北海道の古い呼び名)を制したと伝わる人物で、「日本書紀」という神話に登場します。

冬の比羅夫駅(北海道虻田郡倶知安町)
飛鳥時代の北海道の様子を、奈良の朝廷に伝えた偉人
阿部比羅夫は、飛鳥時代に活躍した人物で、かつて当時に日本海側から北海道(当時は渡島などと呼ばれました)へ遠征し、北海道あたりの地理や情勢(その地域がどうなってるかなど)を朝廷に伝えたと言われる、伝説的な英雄です。
今の北海道の地に、今から1400年近くも昔の前に、当時の足跡を残した最初期の偉人として、明治時代に開拓が進む鉄道建設においても、彼は人々の尊敬を集める存在でした。
日本の端・蝦夷地を守る必要性
その大昔、北海道は蝦夷と呼ばれていました。
蝦夷地は日本の端にあるため、諸外国からの侵略の危機に常に晒されていました。
そのため、「蝦夷が諸外国からの侵略に遭うかもしれない」という危機感が、本州に住む日本人からは常にあったようです。
なぜなら、蝦夷がもし諸外国に乗っ取られた場合、次は本州を侵略されるのは時間の問題だからですね。
これは九州でも同じで、北九州は歴史的に諸外国からの防衛の拠点でした。
蝦夷地を強い土地にする必要があった
蝦夷や九州を侵略され、そこに本州侵略の基地などを建設されて、そこから本州に攻め込まれたら日本人としてはたまったもんじゃありませんよね。
そのため、大昔から日本人は
と動いてきたわけです。
とりわけ、明治時代から行われたそれを「開拓」といいます。
北海道開拓

明治時代の北海道開拓(画像はAIによるイメージです)
この蝦夷地開拓は、明治時代になって本格化していきました。
また、蝦夷も明治時代になって「北海道」と改められました。
しかし、蝦夷を守る必要があったのは、明治時代も飛鳥時代も変わらなかったことでしょう。
阿倍比羅夫は、そのうちの一人だったのかもしれません。
飛鳥時代に大和朝廷に命じられて、蝦夷地を強く豊かな地域にするために蝦夷に送られたのが、阿倍比羅夫ということでしょう。
阿倍比羅夫については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

歌詞の意訳を考察
なお、歌詞の原文は現代人の我々にとっては少しわかりにくいため、私なりに歌詞の意味(意訳)を考えてみました。
- 「赤心」
- 「忠勇」
- 「紀念」
って、現代ではあまり使わないない言葉ですよね。
私も、少なくとも鉄道唱歌で初めてこうした語句を知りました。
- 赤心→真っ赤に燃える心、偽りのない、誠実な心
- 忠勇→いさましい功績
- 紀念→「記念」とほぼ同じ意味?
以下、私なりに考えた意訳です。
桜のように香らせた男。
その阿倍比羅夫の勇ましき戦績を
記念に残すのは、この比羅夫駅なのだ!
・・・みたいな意味でしょうか。(笑)
もう少しカッコよく訳せればいいんですけどね。
アイヌ語由来の地名が多い北海道の中で、このように歴史上の偉人の名前を駅名にしたことは、当時の方々がいかに歴史を大切にし、また新しい土地に愛着を持とうとしていたかが分かりますね。
次回は、羊蹄山の話題へ
おわりに:次は、羊蹄山(蝦夷富士)の解説です!
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