【検証】AIに『鉄道唱歌』を聞いたら、存在しないハルシネーション全49番を即興で作詞された話(前編)

AIに鉄道唱歌を尋ねたら、大嘘(ハルシネーション)の歌詞を即興連発!
人間のツッコミと推敲で、全49番が完成した爆笑検証記録。

AIに「鉄道唱歌」の作詞を依頼したら、まさかの強力な(しかも無駄に完成度の高い)ハルシネーションで再現!

AIの大暴走(ハルシネーション)から始まった「偽・東海道篇」の全線開通劇

AI(人工知能)は、時に事実とは異なる情報を極めてもっともらしく語り出すことがあります。
いわゆるハルシネーションと呼ばれる現象です。

AI鉄道唱歌の誕生!ハルシネーションから生まれた「偽・東海道篇」

今回は、明治時代の名曲『鉄道唱歌』の一節についてAIに尋ねたところ、悪気のない創作意欲が大暴走。
実在しない架空の歌詞などを、なんと流れるような七五調で即興連発し始めました。

そもそも鉄道唱歌とは何か?については、以下の記事でも解説していますので、ご覧ください。

鉄道唱歌 東海道編 第1番 新橋を出発!東海道線の鉄道の旅へ
鉄道唱歌 東海道編の歌詞(新橋、愛宕神社など)・観光・歴史について、鉄道に詳しくない方にもわかりやすく解説しています!↓まずは原文から!汽笛一聲きてきいっせい新橋しんばしをはや我わが汽車は離れたり愛宕あたごの山に入りのこる月を旅路たびじの友...

最初は「時空が歪んでいる」「メロディに乗らない」と笑って突っ込んでいた当方。
しかし、AIのその無駄に高い作詞センスと、明治風の語彙力に圧倒されてしまい、次第に火がついてしまうことになりました!

御殿場越えルートを指定!全49番の「偽・東海道篇」が全線開通

旧東海道本線の御殿場越えルートを指定し、音数を推敲して整えていった結果…。
なんと新橋から神戸まで、全49番の『偽・東海道篇』が一本の歌として全線開通してしまいました。

このような、AIの「もっともらしい大嘘」と、それに本気で乗っかった人間による、前代未聞の共創ドキュメンタリーをお楽しみください。

爆笑と驚愕の全49番!AI×人間が紡いだ「偽・鉄道唱歌」歌詞一覧

以下が、そのAIによるハルシネーションデタラメ歌詞です。ただしデタラメですが、完成度がとても高いので驚くばかりです!

第1番:新橋・品川

汽笛きてきのひびき あとにして
出いづる新橋しんばし 朝あさぼらけ
品川しながは沖おきの 台場だいばには
昔むかしをおもふ 波なみのいろ

鉄道発祥の地・新橋を朝早くに出発します。
品川の車窓からは、幕末に黒船来航に備えて築かれたお台場(砲台跡)の海が広がります。

第2番:川崎・神奈川

多摩たまの川水かはみづ 打うちわたり
すぐる川崎かはさき 大師堂だいしだう
はや神奈川かながはの 宿しゅくちかく
潮風しほかぜかほる 窓まどのまえ

六郷川(多摩川)の鉄橋を渡り、厄除けで名高い川崎大師の門前町を抜けます。
かつての宿場町・神奈川宿をかすめ、東京湾の潮の香りが漂ってきます。

第3番:横浜・保土ヶ谷

異国いこくの舟ふねの 碇いかりおく
横浜よこはま港みなと 見みおろして
汽車きしゃの走はしるよ 本牧ほんもくの
丘をかをめぐりて 保土ヶ谷ほどがやへ

開港以来、国際貿易の拠点として大いに栄える横浜港の賑わいです。
外国人居留地や洋船を遠望しながら、旧東海道の保土ヶ谷宿へと進みます。

第4番:戸塚・大船・鎌倉

保土ヶ谷ほどがやすぎつ 戸塚宿とつかしゅく
左ひだりに高たかき 大船おほふなの
観音くゎんおんの杜もり あとにして
古都こと鎌倉かまくらは 道みちひとつ

箱根駅伝でもおなじみの戸塚の坂を抜け、大船へ至ります。
左手に見える大船の山並みから、源頼朝が開いた鎌倉の古都へ続く分岐の風情を詠みました。

第5番:藤沢・江の島

ゆくや藤沢ふぢさは 遊行寺ゆぎゃうじの
鐘かねのひびきも とほざかり
窓まどのあなたに 江えの島しまの
緑みどりうかべし 相模灘さがみなだ

時宗の総本山・清浄光寺(遊行寺)の門前町である藤沢を通過します。
車窓のはるか南側には、相模湾の青い海に浮かぶ江の島の緑が望めます。

第6番:平塚・大磯

相模さがみの川かはを すぎゆけば
あれは平塚ひらつか 七夕たなばたの
宿しゅくをあとにし 大磯おほいその
照ケ崎てるがさきうつ 波なみの音おと

馬入川(相模川)の鉄橋を越えて平塚宿を抜け、明治の元勲たちが別荘を構えた湘南・大磯海岸へ至ります。
海沿いを走る潮騒のリズムが旅情をかき立てます。

第7番:国府津・小田原

国府津こうづの浜はまを 見みはるかす
蜜柑みかんの山やまの 日ひをうけて
着つくは名高なだかき 小田原おだはらの
城しろの天守てんしゅに 雲くもぞ行ゆく

蜜柑畑が広がる国府津の山すそを抜けると、いよいよ北条五代の城下町・小田原へ到着します。
目の前に立ちはだかる天下の険・箱根山を前に、堂々たる天守閣を仰ぎ見る情景で締めくくりました。

第8番:国府津・山北

国府津こうづをあとに 汽車きしゃ行ゆけば
酒匂さかはの川かはを さかのぼり
補助ほじょの機関車きくゎんしゃ 連結れんけつす
鉄道てつだうの町まち 山北やまきたよ

丹那トンネル越えのない明治期、汽車は国府津から山間部へ進路を取ります。
25パーミルの急勾配に挑むため、後押し用の機関車を連結する基地として栄えた山北駅の賑わいを詠みました。

第9番:鮎沢・小山

幾重いくへの鉄橋てっきゃう 打うちわたり
登のぼる鮎沢あひざは 渓谷けいこくの
巌いはほくだくる 水みづしぶき
越こえて駿河するがの 小山おやま駅えき

酒匂川の支流・鮎沢川の険しい渓谷を幾度も鉄橋で渡りながら登り詰めます。
相模(神奈川)から駿河(静岡)へと国境を越え、駿河小山へ到着します。

第10番:御殿場・富士山

高嶺たかねに近ちかき 御殿場ごてんばは
東海道とうかいだうの 頂いただきよ
仰あふぐ富士山ふじさん 目めの前まへに
裾野すそのの原はらの 雲くもを巻まく

標高450メートルを超える旧東海道本線の最高地点・御殿場駅です。
車窓一面に立ちはだかる富士山の圧倒的な山容と、広大な裾野の原風景を描きました。

第11番:裾野・下土狩・三島

峠たうげを越こえて 坂さかくだり
裾野すそのの原はらを 走はしる汽車きしゃ
伊豆いづの玄関げんくゎん 下土狩しもとがり
三島みしまの宮みやの 杜もり近ちかし

御殿場を過ぎると一転して下り勾配を軽快に駆け下ります。
かつて「三島駅」を名乗り、伊豆箱根鉄道の前身が接続していた要衝・下土狩駅を詠み込みました。

第12番:沼津・狩野川

黄瀬川きせがはわたり 狩野川かのがはの
水みづのゆたけき 平野へいやにて
見みえて嬉うれしき 千本松せんぼんまつ
沼津ぬまづに着つきぬ 汽笛ふえの音ね

黄瀬川・狩野川を渡って駿河湾の平野へ滑り込みます。
名勝・千本松原の松並木が車窓に見え、海と山が出会う風光明媚な大駅・沼津へと無事に結ばれます。

第13番:沼津・千本松原

山やまをくだりて 駿河路するがぢの
沼津ぬまづにつけば 海うみちかし
千本松原せんぼんまつばら 風かぜそよぎ
白しろき砂原すなはら 波なみの音おと

御殿場の山越えを終えて、平野に降り立った旅人が初めて海の気配を感じる場面です。
富士山を背にして広がる名勝・千本松原の白砂青松の美しさを詠み込みました。

第14番:鈴川・富士

鳴なくや小鳥ことりの鈴川すずかはを
あとに見みすてて汽車きしゃはいま
富士ふじの駅路えきろに着つくほどに
心こころもいさむ宿しゅくの春はる

かつて富士の宿場町への玄関口であった鈴川駅(現在の吉原駅)を後にします。
左富士の名所を抜け、雄大な富士山を仰ぎ見ながら次の宿場へと向かう旅立ちの晴れやかさを歌いました。

第15番:富士川

すぐる鉄橋てっきゃう長ながきかな
これぞ名なにおふ富士ふじの川かは
渡わたりて右みぎに仰あふぎ見みる
富士ふじの白雪しらゆき朝日あさひに映はゆ

日本三大急流の一つである富士川の長大な鉄橋を一気に渡り抜けます。
轟音とともに渡る車窓右手には、朝日に輝く富士山の白雪が鮮やかに浮かび上がる絶景が広がります。

第16番:岩淵・興津

岩淵いはぶちおりて身延山みのぶさん
詣まうづるもよろしまたゆけば
興津おきつの宿しゅくに立たち寄よりて
清見きよみが関せきの跡あとをとへ

身延山久遠寺への参詣道が分かれる岩淵を過ぎ、温暖な興津の宿へと進みます。
古代からの名高い関所跡である清見ヶ関や、古刹・清見寺の歴史に思いを馳せる場面です。

第17番:興津・三保・清水

過すぎて興津おきつに至いたるまで
名高なだかき三保みほの松原まつばらは
遥はるかに右みぎに見みえつづけ
はや清水しみづの湊みなと見みゆ

羽衣伝説で名高い三保の松原の美しい砂州を海越しに眺めながら進みます。
駿河湾の穏やかな波間を抜ければ、交易で賑わう清水港がすぐ目の前に迫ってきます。

第18番:興津・三保の松

興津おきつの宿しゅくをあとにして
行ゆけば見みゆるは三保みほの松まつ
煙けむりをのぼす富士ふじの山やま
いづれの浦うらも名高なだかけれ

名勝・三保の松原と、遠くそびえ立つ富士山の雄大な姿が織りなす古典的風景です。
古歌にも数多く詠まれた駿河の浦々の美しさに、旅の心が深く打たれる情景を描きました。

第19番:久能山東照宮

巴川ともえがは あとに渡わたれば
左ひだりに高たかき 久能山くのうざん
神祖しんその霊れいを まつりたる
宮みやの御柱みはしら 雲くものうへ

清水を抜けて南側の海岸沿いにそびえる久能山東照宮を遠望します。
徳川家康公(神祖)を祀る荘厳な霊廟を車窓から仰ぎ、駿府の城下へと近づいてゆきます。

第20番:静岡(駿府)

着つきしは駿府すんぷの 城しろのあと
いまは静岡しづをか 茶ちゃのかおり
徳川公とくがはこうの 面影おもかげを
しのぶ賤機しづはた 山やまちかし

徳川家康が隠居した駿府城と、明治期に一大産業となった静岡茶の香りを詠み込みました。
市街地のすぐ北にそびえる名勝・賤機山を配しています。

第21番:用宗・焼津

用宗もちむねすぐる トンネルの
闇やみを抜ぬくれば 荒磯ありそ波なみ
焼津やいづの浦うらに 船ふね寄よせて
鰹かつをつり干ほす 浜はまべかな

東海道の難所・大崩海岸(石部トンネル)を一気に抜けて、一転して目の前に広がる焼津の漁村風景です。
名物の鰹漁を七五調に綺麗に落とし込みました。

第22番:藤枝・島田

蓮華れんげの寺てらに 鐘かねひびく
藤枝ふぢえだ過すぎて ゆく汽車きしゃは
牧之原まきのはらべの 茶ちゃをながめ
早はやくも島田しまだに 着つきにけり

藤枝の名所「蓮華寺池」の鐘を響かせつつ、日本一の茶処・牧之原台地の緑を車窓に映します。
旅は一気に島田宿へと滑り込みます。

第23番:大井川・金谷

越こすに越こされぬ 大井川おほゐがは
いまは鉄橋てっきゃう ひとまたぎ
金谷かなやの坂さかを 見みあぐれば
緑みどりふかきは 茶ちゃの畑はたけ

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」の有名な馬子唄を本歌取りしました。
文明開化の鉄道の力で川を「ひとまたぎ」にする誇らしさを強調しています。

第24番:掛川

泣なく子この石いしの 中仙道なかせんだう
越こゆる思おもひは 昔むかしにて
掛川城かけがはじょうの 天守閣てんしゅかく
見みえて遠江とほつあふみ 空そらは晴はれ

小夜の中山の「夜泣き石」伝説を引いて、かつての峠越えの苦難を懐かしみます。
名城・掛川城が右手に見えてきて、いよいよ遠江の平野へ抜ける爽快感で締めくくりました。

第25番:袋井・磐田

東海道とうかいだうの まん中なかに
立たつや袋井ふくろゐ 風かぜすずし
磐田いわたの原はらの 見附宿みつけじゅく
国分寺こくぶんじ跡あと 草くさ青あをし

東海道五十三次のちょうど「ど真ん中」にあたる袋井宿からスタートします。
続く磐田(見附)では、奈良時代の遠江国分寺跡が広がる歴史の深さを織り込みました。

第26番:天竜川・浜松

音おともとどろに 落おちあゆむ
これぞ名高なだかき 天竜川てんりうがは
長ながき鉄橋てっきゃう 打うち渡わたり
着つくは浜松はままつ 出世城しゅっせいじょう

暴れ川として恐れられた天竜川の長い鉄橋を豪快に渡ります。
到着する浜松は、若き徳川家康が過ごしたことから「出世城」と呼ばれた浜松城を配しました。

第27番:舞阪・浜名湖

汽車きしゃの窓まどより 見みわたせば
あれは舞阪まひさか 今切いまぎれの
海うみとひとしき 浜名湖はまなこを
行ゆくや小舟こぶねの 白しろき帆ほよ

浜名湖が太平洋とつながる名所「今切口」と舞阪宿の車窓です。
湖の上を滑るように走る汽車から、白い帆を張った漁舟を眺める風光明媚な景色を描きました。

第28番:新居・潮見坂

関所せきしょ残のこれる 新居ああらゐを
あとに見みすてて 潮見坂しほみざか
寄よせては返かへす 遠州灘ゑんしうなだ
白波しらなみたかき 浜はまづたひ

「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まった新居関所を通過します。
車窓右手に広がる太平洋の荒波と、富士山を望む名所だった潮見坂の情景を重ねました。

第29番:白須賀・二川

越こえてゆく道みち 白須賀しらすかの
国境くにざかひをも 知しらぬ間まに
二川ふたがは過すぎて 遠江とほつあふみ
いまは三河みかはの 空そら広ひろし

かつて難所だった白須賀宿の峠越えも、汽車なら一瞬で通り過ぎてしまいます。
本陣が現存する二川宿を抜け、遠江(静岡)から三河(愛知)へと国境をまたぐ高揚感を歌いました。
※本記事に掲載している歌詞は、明治時代の『鉄道唱歌』(パブリックドメイン)を題材に、AIの誤情報(ハルシネーション)を人間が推敲・再構成した完全な創作テキスト(フィクション)です。実在する著作物の無断転載ではありません。

今回はここまで 続き(豊橋〜神戸)は次回

おわりに:今回は長くなったので、残りの豊橋から神戸までの行程は、後編に回します!

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